Hope Man

如月 睦月

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高校編

入学式を終えて

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三上のムカつく態度で話す薄っぺらい話しを聞いて、体育館に出ることになった。建築科・機械科・電気科の3クラスだが、一番多い40人が建築科で、他のクラスは20人程度、要するに100人程度の新一年生だった。中学の時は200人を超えていたので、それはそれは少なく見えた。迎える先輩の姿もなく、なんなら父兄の人数の方が多く感じた。



『ヤンキーのくせに父兄くるんかい!』なんて思ったりもした。



校長の話を聞くが、果たしてこの校長とは定時制の校長なのか、全日制との兼務なのか、そんな事を思っていると話なんか入ってこない。形式だけの入学式が終わると教室に戻った。



建築科なのでノコギリや金槌、T定規と製図用のボードを渡され、その後教科書をごっそりと配られる。建築の製図や建築の法律、建築に関わる計算、見たこともない教科書ばかりでちょっとだけ不安になる龍一。ヤンキー達は『なにこれ?こんなのわかんねーし』とざわざわしている。それを耳にして「あぁみんな同じか」と少しホッとした。



父兄が教室に居るので三上の饒舌さは増す。

父兄を笑わせる鉄板のネタ『削ったとか削られたとかで喧嘩になるみたいだけども、建築科なんだからそれはカンナでやれ』を披露すると、狙い通りの爆笑を取り、得意満面の笑みを浮かべる三上。龍一にとっては不愉快で気持ち悪かっただけだった、すると藤谷がボソッと『くだらねぇ』と呟いた。



帰る時間となったが、藤谷が三上に呼び止められる。



『おまえさっきくだらねぇと言ったな、調子に乗るなよ、いつでも退学に出来るんだぞ』と脅してきた。



藤谷は『先生に言ったと言う証拠が無いので退学にはできませんけどね』とさらっと、そして飄々とした態度で返した。三上は『お前藤谷だったな、目ぇつけたからな』と、もはや教師ではなく、ボキャブラリーの欠片もない安いチンピラのような脅しをかぶせて来た。

しかし藤谷は『はいどうぞ』と応えて立ち去った。見ざる言わざる聞かざるの猿の人形のどれかの顔が一瞬変わった様な不穏な違和感を感じると、やはり般若の様な顔になっていた三上。



その横を通って藤谷に声をかける龍一。



『こんだは逃がさないからな!』と三上の捨て台詞が聞こえる。

『こんだ?』三上は「今度」を「こんだ」と言う癖があるようだ。

『アナコンダかよ』と言うと、藤谷が噴き出して振り向いた。



『アナコンダって』



『いやさっきの返し、好きだわぁ』



『先生なんて信用してねーし』『まぁな』



『なんか食っていかない?』藤谷の誘いに『そうだね』と応える龍一。



『あぁ、そろそろ昼か…』



だがこの時代はまだコンビニの数がとても少なく、高校の側にはなかったので、工業高校定時制御用達、道路を渡ってすぐの「田中商店」に脚を運んだ。もちろん御用達とは知らずに、店の看板を頼りに向かっただけ、高校の駐輪場の向かいなので、見回りで先生が歩いている、喫煙者のパトロールだ。学校終わってからこの店で何か食べていても特に注意を受ける事はない。



数人が立ち去った後、店内に入ると金物、歯ブラシ、お菓子、カップ麺、文房具と何でも売っている雑貨屋と呼ばれた見慣れた光景。若干高校生の駆け込み需要を狙って、文房具が強めに展示されているように見えた。



『ハラ減ったのかい?』



アレを売っているかと言う質問をしても居なければ、食べ物に目をやったわけでもないのに、時間帯と高校生と言ういで立ちで大体わかるのだろう、百戦錬磨のババァと言った印象の店主が声をかける。

のちに先輩たちに聞くことになるのだが、この店主は「田中のババァ」と言う愛称で利用する定時制の生徒には愛されている。絵に描いた様なおばぁちゃんのお団子ヘアで、そのお団子には鉛筆が1本刺さっている。前歯1本が抜けているものの、お年寄りと言うカテゴリーで見れば、周囲のお年寄りよりダントツで肌艶が良く、明るく元気、そして何より、綺麗にメイクをしているのだ、これが愛されるポイントの1つなのかもしれない。



『カップ麺買ったらお湯もらえます?』と藤谷が田中のババァに問うと、『そこのポットに入ってるよ』とぶっきらぼうだが一発でわかる的確な答えを返した。三上への反撃を見た限り、藤谷はこう言う大人の雑な態度は嫌いだからキレるのだろうかとじっと見守ったが、どうやらお年寄りには優しいようで素直だが不愛想に『あっそ』と返した。



藤谷は『グレーのねずみ』と言うテレビCMでも有名なインスタントの蕎麦を購入。この蕎麦はあごだしをメインにしており、大量の白髪ねぎと大きめのイワシのツミレが入っている。そのグレーのツミレがネズミに見える事からその名がついたと聞くが、食べ物に付けて「美味しそう」とは思えないネーミングである。だがクセになるほど良い出汁が効いてて美味しいのだ、龍一も好きなカップ麺の1つ。

龍一はチリトマトうどんを選んだ、チリトマトと言えばラーメンをイメージするが、この商品はイタリアの味で楽しむうどんと言う印象。和風だしを強めに使用しているので、トマトの酸味の後にその出汁がフワッと口の中に広がるのがたまらなかった。うどんも太めの平うどんなのでパスタに寄せた感じもする、吸い上げるとズルズル!がカップうどんのセオリーだが、こちらはビロビロっ!である。大きめの平うどんなので吸い上げるときにビブラートがかかり、振動したうどんの先がビロビロと音を立てるのだ。



『トマトうどん?上手いのそれ』



『がっつうめぇよ』



『俺のもやるから一口食わして』



『あぁいいよ』



『ちょちょちょ!藤谷の一口多すぎねぇ?』



『一口は一口でしょ』



『じゃぁ俺も』



『おいおいおい、追加で口に入れるのダメだろ!っておい!ツミレ食うなよ』



『入って来たんだよ』



『ちっ桜坂のは奪い取るメインねぇし』



『出汁が決め手なんだよ、素人め』



『たかがカップ麺でしょ』



『あははははは』『あはははははは』



このテンポよい掛け合いに心地よい空気感を感じた龍一。

友達になれそうな予感がした。



『龍一ぃ、置いていくなよなぁ~』



先に姿が見えなくなった本明が田中商店に来た。



『いやいや、居なくなったからさ、三上に絡まれたし』



『あー三上な、あいつうるせぇな』



『マサ、その2人は?』



本明の隣に直毛に太い眉毛全開でまん丸顔に真っ赤なほっぺ、ひと言で言うと「五月人形」のようなずんぐりむっくりの男【南部 武(なんべ たけし)】



そして小学生にしか見えない身体つきにツンツンヘアー、前髪を顎まで垂らしたヒョロヒョロの男【柳瀬 司(やなせ つかさ)】が立っていた。



『知らねぇ、なんか話しかけてきたんだけど、ついてきたんだよ、お前らなに?』



『湯の河中では喧嘩ばっかりしてた南部(なんべ)なのさ、よろしくなのさ』



『俺も湯中出身で、喧嘩は無敗の柳瀬(やなせ)つんだ、よろしく』



本明が自己紹介のタイミングを与え、口にしたのは明らかな嘘の喧嘩アピール。湯中と言えば金獅子が頭張ってた喧嘩上等学校、そこで五月人形が喧嘩三昧と枝豆が無敗とはよく言えたものだ、そう、龍一の中ではもう五月人形と枝豆として分類されているのだった。まぁきっと舐められて虐められないように虚勢張ってるのだろう、涙ぐましい努力とはこう言う事を言うんだよな…もしかするとこの時の龍一は2人を哀れむような眼で見ていたかもしれない。



『嘘つくなって、そんな眉毛で喧嘩?そんな大豆みたいのが無敗?有り得ないよね、無理すんなって…』



藤谷が歯に衣も着せずにいきなり噛みついた。

しかし喧嘩三昧と喧嘩無敗はブチ切れるどころか、何も言えず「バレた?」と言わんばかりにモジモジとするだけだった。



『食い始めたばっかり?俺も食うかな、お前らは?』



本明が南部と柳瀬に聞くと、空気が変わるなら何杯でもという勢いで『食べる食べる!』と急転直下の方向転換をした。話はここで終ったが、逃げ切ったのではなく逃がしてもらったのである。



結局決してオシャレではなく、寄りかかるだけで足が折れそうなテーブルとイスが置いてあるだけの外の食事スペースで5人でカップ麺を食べる事になった。



なんだかんだ言っておもしれぇかも…



そう感じている龍一だった。
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