如月書店

如月 睦月

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裏世界・無法者の森編

第19話 勝利の宴は黄水仙の中で

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静かに、静かに――。

彼らはぞろぞろと隊列を組み、出口へと向かって進む。

やがて、一筋の光が差す方角へと辿り着き、ついにその向こう側へ抜け出すことに成功した。



黄水仙色に照らされたその広場は、月の光に照らされている。



『ぷはぁ!!! やっぱりここは怖ぇな! ボンボローニよ!』



『ぶはっ……』



喉に溜まっていた血を吐き出し、ボンボローニはうっすらと左目を開いた。

荒い息の合間に、かすれた声で言葉を紡ぐ。



『ふっ……プラガでも怖ぇもんがあんだな……』



『ボンさん! 大丈夫ですか?』



『おう坊主、良くやったな……カヴァルッチは……』



『大丈夫です、ここにいますよボンさん』



プラガは素早く手を上げ、メガチップス所属の衛生兵たちに合図を送った。

兵たちは駆け寄り、ボンボローニとカヴァルッチの応急処置に取りかかる。

重く淀んだ空気の中に、ようやく安堵の気配が満ち始めた。



『仕事にならねぇだろうから、猫車も運んで来たぜ。修理するまで少し時間をくれ』



プラガはそう言うと、側に寄って来たカヴァルッチの頭を撫でた。

背後では、メガチップスの修理担当たちがすでに動き始めている。

へし折れた取っ手、歪んだ車輪、軋む金具――

泥にまみれた猫車が、戦場をくぐり抜けた代償をその身に刻んでいた。



『簡易的でいいから車輪を作れ!軸がズレてる、締め直せ!』



『車輪まだか!』



修理担当達の怒号が飛ぶ。

手際よくボルトが締められ、火花が散り、鉄の匂いが空気を満たした。



ひとりが油を差し、もうひとりが車輪を回す。

きぃ、と短く鳴ったあと、猫車は滑らかに回転を始めた。



プラガは顎を引いて、わずかに口の端を上げる。



『よし……これなら、まだ使えるな』



泥と血の匂いの中で、わずかな鉄音だけが、確かな希望のように響いていた。



『衛生兵がよしと言うまでは帰る事を許さねぇからな』



プラガの低い声が、森の外で唸りをあげる。

冗談めかした言葉の裏に、仲間を想う強い意志が滲む。



『すげぇ統率の取れた組織だな……口を返す元気もねぇよ』



ボンボローニはかすかに笑い、泥にまみれた指をゆっくりと持ち上げた。

そして、プラガに向かって中指を立てる。

血に濡れた頬が、わずかに緩む。



そのときだった。

クラフティが大事に抱えていた白いキノコが、ピョンと軽やかに跳ね、地面へと着地した。

ふわりと土煙が舞い上がり――次の瞬間、キノコは小さな身体で見事な土下座をしてみせる。



白い傘の上面は真っ赤、その中央には白いドクロの模様が浮かび上がっていた。



『そのドクロ…おめぇ……藍あおの森の月夜つきよ族じゃねぇか』



プラガの目が鋭く光る。



『申し訳ありませんでした!』



甲高い声が響いた瞬間、誰もが息を呑んだ。

戦場の静寂を切り裂くように、その声はやけに鮮やかだった。



『ドクロのキノコ、別名死神…噂には聞いていたが……しゃべるとはな』



『そうですねプラガさん、我々は無法者の森を出たことないですからね』

メガチップスの筆頭リーダーであるクリスピーが腕組みしながらうなずく。



衛生兵たちも手を止め、ぽかんと口を開けたまま動かない。

誰もが信じられないという顔で、キノコを見つめていた。



『俺も…ねぇぜ…なぁカヴァルッチ、俺たちぁあの森の瘴気しょうきが苦手だもんな』



ボンボローニは、心配そうに傍かたわらで見守るカヴァルッチへ視線を送る。

その目尻に、かすかな笑みが浮かんだ。

カヴァルッチも安心したように息を吐き、そっとボンボローニの肩に前足を添えた。



『あ、キノコちゃん頭割れてる!』



クラフティが心配そうに駆け寄る。

しかし、キノコはその声に反応せず、静かに頭を上げ――ゆっくりと話し始めた。



『私たちの住む藍の森に、大きな獣が出るんです。

私たちは胞子で増えるので、小さいけど数十万の兵で押し返すのですが……その戦いで私が高く吹き飛ばされまして、落ちたのが無法者の森だったんです。』



『おかしくねぇか? かなりの距離を飛ばされたことになるぜ?』



プラガが眉をひそめ、疑うような声で言う。



キノコはゆっくりと笠を傾けて答えた。



『私たちは笠をある程度、操って風に乗ることができます。

落ちるというよりは――滑空、ですけど。

そうすることで衝撃を避けるんです。私たちは裂けやすいので』



『じゃあ……突風でも吹いて、この長い距離を飛んできたってことか?』



『はい。その通りです。

森の中に落ちたとき――木々が大暴れし始めまして……その時、ここが禁足地だと気づきました』



プラガが腕を組み、ふっと息をつく。

その横で、ボンボローニが擦れた声でで呟いた。



『で……お前の胞子が落ちて――あんなことになったわけか?』



キノコは小さく笠を震わせた。



『あんなことになるはずではなかったんです。

きっと……禁足地の、不思議なチカラが影響したのではないかと』



一瞬、誰も言葉を発さなかった。

森の奥で風が鳴り、木々の間を焦げ臭さが横切る。



プラガが静かに息を吐き、片眉を上げる。



『まぁ……何が起きるかわかんねぇおっかねぇ場所だしな。

神聖な土地とも言われている。――ガキどもは急ぐんだろ?

悪ぃけど、そのキノコ……連れてってやってくれねぇか。

どのみち藍の森を抜けなきゃならねぇからよ』



『はい、わかりました』



オランジェットの返事に割り込むように、クラフティが一歩前へ出た。

瞳がまっすぐにプラガを捉える。



『あの!』



声が張り詰めた空気を切った。

木々のざわめきが一瞬止まり、全員の視線がクラフティに集まる――。



『せめてボンさんとカヴァルッチさんが回復するまで…待たせてください』



上半身を起こしてボンボローニがひとつボホッと咳をする



『おめぇ、自分の命粗末にすんじゃねぇ、時間ねぇだろうーが…ボホッ』



『粗末になんてしてません!このままさよならする方が粗末にしてるって思うんですっ!出会いは市毛良枝です!』



『クラフティ…それはジパングの俳優さんだぞ、一期一会(いちごいちえな)………僕も同じ意見です!お母さんなら絶対同じ事言うと思うんです!』



オランジェットとクラフティの子供とは思えない発言と気迫――

全員が圧倒された。



『ボンボローニ、カヴァルッチ、いい仲間を持ったじゃねぇか』



『ちっ……ガキどもがよ……夜明けまでだぞ、夜が明けたら出発しろ!いいな』



『うん、それまでに治してね!ボンさん!カヴァルッチ!』



『ボホッ……ふっ、ガキのくせに……ありがとよ』

『んなぁあああああああ』



お礼を言うかのようにカヴァルッチがひとつ鳴き声を上げた。



『よぉおおし!給食班!食事の支度をしろ!』



『はい!』



プラガの一声で、メガチップスの給食班がいそいそと準備を始める。

火を起こす者、肉をスライスする者、野菜をカットする者、

まるで踊っているように食事の支度をする、

その様子を見て急にお腹が空くオランジェットとクラフティ。



『あの…プラガさん、森の炎は消えるんですか…』



『おいキノコ、お前のせいなのに気になるんか?』



『もとはと言えば私ですが、燃やしたのはプラガさんの車椅子から出たやつじゃないですか、ボーンってやつ』



『わっはっはっは、そうだったな、お互い様だな、あの森は火がついても森が消滅するなんてことはないんだよ、見た通りあいつら自分で歩くし、なんなら消せるんだろ、枝振り回したりしてよ!さぁ肉が焼けた!喰え喰え!野郎どもも喰え!』



『俺たちの勝ちだー!』



『うおー!!!』



歓喜するメガチップスの面々の姿にオランジェットもクラフティも自然に笑顔になった。



まったく予定外ではあったが、夜明けまでの勝利の宴が始まった。
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