如月書店

如月 睦月

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裏世界・古都編

第32話 白くて甘い和三盆

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古都の大通りを外れ、石畳が細くなるにつれて、人影は少なくなっていった。

屋根から垂れ下がる氷柱は、まるで“街が泣いた涙”のように凍り付いている。



『……寒い、ね。さっきよりずっと』



『だって僕たち半袖だもん』



『そう言えば…そうだよね』



オランジェットも吐息で頬がしびれるほど冷えていた。



『ああ……。死神が炎を奪ったって、何の為に。

  街全体がこんなにも……泣いている』



自分の命の炎が消えかけていると言うのに古都の心配をするクラフティに、

オランジェットは心を痛めた。



足元の雪はふわりと白いのに、なぜか“甘い匂い”が混ざっていた。

砂糖菓子のような、それでいてどこか腐りかけた香り。



クラフティは眉をひそめる。



『この匂い……クロワッサンさんさんが言ってた、霧の匂い?』



『たぶん、そうだ。遠くから漂って来るんだね、それと、さんがひとつ多いよ』



大通りを抜けると、線路が道になった。

隙間から見える「下」はそこが見えない。

余程高い所にあるのだろう、オランジェットは岩の道を登った記憶と擦り合わせて納得する。



線路の両脇には巨人が振り回すかのような大きな刀が突き刺さり、その先から貨車や客車を引く大きな人型の何かが見えて来た。その顔はお札のようなモノで伺う事は出来ないが、とても穏やかさを感じた。



街並みの最後の家を過ぎると、景色は急にひらけた。

遠くの丘の上に、白い霧が帯のように流れ、その中心がどす黒く沈んでいる。



風も、音もない。

ただ、甘い匂いだけが濃くなっていった。



『クラフティ…大丈夫かい?』



『言いたくない』



『そんな事言ったらまるでボクが話もしたくないダメなお兄ちゃんみたいじゃないか』



『ちがうの?』



『ちがう!とても妹想いのいい兄貴だ!』



『ふふっ…兄貴って…ありがとう』



『で?どうなの?具合は』



『はっきり言うと死にそう』



『そんな!!!!!』



『だって…明日になったら死ぬんだよ…大丈夫なわけないじゃん』



『そんなこというな!死ぬなんて言うな!』



『うん…ごめん…なさい』



フラフラと倒れそうになるクラフティを咄嗟に支えるオランジェット。

ギュッと抱きしめて心が震える。

『僕にはもう…クラフティしかいないんだよ…だから…』



『うん…――うん…――』



丘へと続く小道は、雪ではなく細かな砂糖の結晶が積もっていた。

踏みしめるたびに「シャリ……シャリ……」と妙な音が鳴る。

『砂糖…だよね』



『うん、お腹空いたね』



『そう言えば何も食べてないもんね、ずっと、これ舐められるのかなお兄ちゃん』



『ね!ね!クラフティ!この雪美味しいよ!!』



『いや食べてんのかい!!!』



2人は降り積もった砂糖の雪を必死で舐めた。



『ねーねー、サトウ・トシオさんって人が居たらさ、続けて呼べば

 さとうとしおだよね』



『さとう と しお か!上手いねクラフティ』



『うん、きっとその人のあだ名はソルティーシュガーだね』



『あはははは、なんかカッコイイ!』



降り積もった砂糖のお陰で少しばかりお腹が満たされた。



『お母さんが言ってた…お腹が空いていたらロクな事考えないって』



『言ってたね』



砂糖の小道に2人の足跡と、食べ散らかした跡が残った。




墓地の入口に近づくと、さらに異様な光景が広がった。



墓石の表面が白く覆われている。

よく見るとそれは雪ではなく――和三盆そのもののような砂糖がびっしりと張り付いていた。



オランジェットがそっと触れた瞬間、



カサ……



と音を立てて崩れ、白い砂糖が舞い上がる。



クラフティは身を強張らせて言う。



『……墓石まで甘くなってるなんて、普通じゃないよ。

まさか…ここも双子のお店みたいに、歴史が変わった的な?』



『クラフティ、ボクもそんな気がしてたよ。もともとは普通の墓地で…』



『死神ってのが…塗り替えられた歴史?』



霧は足元を這うように動き、2人の周りをゆっくりと巻く。

視界が狭くなり、世界が白と灰色だけになっていく。



そして――



ザザァ……ザザザァ………



静寂の中で、霧をかき回すような音がした。



オランジェットは反射的にランプを握りしめる。



『いま……聞こえた?』



『う、うん……何か……動いてる……』



霧の向こう側で、影が揺れた。

大きすぎる、あまりに大きすぎる影だ。

少なくとも人間ではない。



クラフティが小さく息を呑む。



『ねぇ……あれ……』



霧の白がゆっくりと裂け、黒い影がひとつ浮かび上がった。



最初に見えたのは、“光”だった。



揺れる、ゆらぐ、無数の灯り。

それは夜店の提灯のように連なり、宙を泳ぐように円を描いていた。



次に、ぬらり……と、音もなく霧から何かが出てきた。



丸い影。

いや、球のような巨大な塊。



そして――その下に、ゆっくりとうねる“足”が何本も。



クラフティの喉がひとりでに震えた。

やがてその小さな震えはガクガクと膝を揺らす。



『……これが…タコ……?お、おおきすぎるよ……』





それは、丘の半分を覆うほどの異形のタコだった。

触腕の一本一本がランプを握りしめ、8つの灯りが吊り下がっている。



その灯りがゆらゆら揺れ、霧の中に螺旋の光の道を作り出している。



だが――本当に恐ろしいのは、その上だった。



巨大なタコの頭。

その上、長い黒い外套がいとうをまとった者が立っている。



顔は見えない。

だが、覗き込むようにこちらを向いた瞬間、墓地全体の空気が震えた。



『はふぅうううううう』



その声は、霧の甘さに混じって溶けるように響いた。



『隠れてクラフティ』



2人は無数にある墓の1つに身を隠した。



死神は、微動だにしない。



だが、タコの触腕が1本だけゆっくりと持ち上がり――

吊り下がっていた灯りが、冷たい音を鳴らす。



カラン……カラン……



それはまるで、“魂を呼ぶ鐘”のように。



死神が低く呟いた。



『誰かおるのか、だとしたら、かりんとうが3本くっついてるくらいうれしいんだがのう…』



墓場の後ろで身を隠す2人。

「嬉しさのレベル低くない?」



「しっ」



甘い霧が、生き物のように2人の足に絡みつく。



逃げ場など、もうどこにもない。

でも、二人に逃げる気などない。



ただ、どうしたら良いのかも今はわからない。



『誰かおるのではないのか?』



明らかに気配に気づき、探している死神。

大きい、あまりにも大きい死神の姿には恐怖しか感じない。



タコの方は感じると言うより、闇雲にランプの灯りで照らしているだけのようだ。



『フラフティ落ち着いて、ボクらのランプの灯りには気づいていない、だってそうならとっくに見つかってるはずだよ』



『そうだよね』



『ボクらの声とか息とか体温じゃないんだ…』



『照らされなければ大丈夫って事?』



『うん、きっとそうだ』



『でも、炎を奪い返す時は絶対照らされるんじゃ…』



『う…うん…考えなくっちゃね』



『そうだね、照らされた時は吸い取られる時だもんね』



『怖い事言うなよ』



『伏せて!!!!!』



カラン…カラン…
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