【完結】紅の戦女神は世界を変える

斉藤りた

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「シャボンバリアから出るんじゃないよ」

とミコトに釘を刺されたので、シャボン玉に入ったまま砂浜に座っている。

ツバサが外に出ると触手に感知されるので、作戦開始まで動けないのだ。

離れた波打ち際では自衛隊が機材やら何やらを組み立てたり設置したりしている。

先ほどの八尾と犬飼、ミコトら転生組三人もスーツ姿の人らに混じり指示を出したりと忙しそうに動いている。

何か手伝おうとウロウロしていたら、ミコトに離れた場所に座らされ、周りに棒で円を描かれ、シャボンバリアをそのサイズに小さくされてしまった。

後ろの堤防の向こうでは一般市民が近付かないよう警察によるバリケードが作られ避難誘導が行われているらしいが、海水浴客ならいざ知らずオカルト動画を撮りに来た人らにしてみれば警察や自衛隊が動き出したこの事態は願ったり叶ったりだろう。

何とかしてカメラに収めようと揉めている声が時折聞こえてくる。

両親には警察が既に連絡済みらしいが、夜まで山を越えた街の方で仕事の予定だったしまだこっちには帰ってきていないはず。

高校生にもなれば基本的に放置だし、警察の説明ではまさか渦中にいるとは思っていないだろうからそれほど心配もしていないだろう。

「怖いか?」

暇そうにしているのが気になったのか、ユウトが横に座り缶ジュースを手渡す。

「ありがと。う~ん・・・怖くない訳じゃないけど・・・いや、やっぱり怖くはないかな。なんだか他人事みたいな感じで」

「まぁそうだな、お前は試合に勝っても負けてもそんな感じだったしな」

同じ剣道部で一緒に大会にも出ている分、ユウトは普段の様子も知っている。

そう、昔からそうだった。

剣道を習い始めた時から、勝っても負けても、練習中に怪我をした時も、恐怖や痛みは感じるが自分の事じゃないような感覚がある。

仕方ないよね、と諦める癖。

もちろん嫌なものは嫌なのだが、何事に対しても執着心というものがない。

「その辺も、半分魂が無いせいかもしれないな」

そうなのかな?でもそう言われると、そんな気がしてくる。

「あんまり話すとアキラが怒るんだが・・・俺達三人とも、記憶が戻る前から性格は昔のままだったんだ。だが前のお前はもっとこう・・・何というか、熱い奴だったからな」

熱い??無口や冷静だと言われる自分とはかけ離れた形容詞だ。

「魂って取り戻せるの?取り戻せたら、記憶が戻って三人の事も思い出すのかな?」

「どうだろうな、半分だけ術がかかるとか魂が半分になるとか、そういう事例はミコトも知らないらしい。そもそも半分の魂でお前が生まれ変われたのも前例を知らないからその原理がわからないと言ってたな。だが、絶対に記憶を取り戻して欲しいとは思わないんだ。食べられた時の記憶や孤児だった時の記憶もあるからな・・・ココで幸せに育った記憶だけでいいじゃないか、と俺もミコトも思ってる。」

確かに今記憶がなくても不自由はないし、どうしてもという訳でもない。

でも知らぬ間にこんなに大切に思われてたのか、と感動しそうだ。

だが、

「アキラの理由はちょっと違うがな…」

と呟いた声が耳に届いて、ん?と意味を聞き返そうとするのと同時にミコトの大声が耳に刺さった。

「ユウト!上!」

上?見上げようとすると、空から黒い物体が真っ直ぐ目の前に降りてきた。

まさかまた?!と警戒しようとしたが、目が捉えたのは丸いレンズと明らかに人工の骨組みを持った機械。

ドローンが空から2人の目の前に降りてきたのだ。
もちろんカメラはコチラを向いている。

撮られてる!と思った瞬間にレンズは綺麗な半月型に割られ砂浜に落ちた。

何が起こったのか・・・ユウトの方を窺うと、金色の短髪と光り輝く剣先が目の前の見事な二の腕から覗いている。
ユウトも逞しい身体付きをしているが、高校生のそれとは比にならない鋼のような肉体だ。

そうか、ユウトも記憶があるんだから前世の姿になれるのか。

あれ?でも魔術を使えば戻るって言ってたのに、ユウトは騎士団じゃ?騎士って剣使う人の事では??

頭からハテナマークが出ていたのだろう、二の腕の向こうから金髪で彫りの深いイケメンが顔を覗かせた。

「騎士団の使う剣は魔術で出してるからな、俺もこの姿に戻るんだ」

淡く光を放つ剣を軽く振って見せる。

ユウトの髪と同じ金色の剣。

鍔には美しい装飾と剣身には読めないが文字のような模様が彫られている。

なんてカッコいい・・・!!

「ねぇ!コレ、触ってもいい!?」

言うなりユウトの手ごと柄部分を握った。

慌てて来た様子のミコトとユウトが驚いた顔を見合わせて声を出して笑った。

「やっぱり魂が半分になっても変わらないんだねぇ」

「お前は最初から剣が好きだったな」

なんだか親戚に子供の頃の話をされているようで気恥ずかしいが、ペタペタと剣を触る手は止めない。

「コレってどうやって出すの?私にも出せる?」

ツバサの興味は止まらない。

「大丈夫ですかぁ~!?」

八尾が革靴で砂浜を走りづらそうに駆け寄ってきた。

「ドローンを、飛ばしていた、不届者は、捕まえて、映像も消させましたぁ!が、どうも、ライブ配信をしていたようで、もしかすると、配信を見ていた人間が、バリケードを、抜けて、こっちまで来てしまう、可能性があるんじゃないか、と!」

ハァハァと息を切らしているので、読点が多くなっている。

「なので、予定よりは早いのですが、銃火器類の運び入れまでは終わっているし大型の武器類の設置と部隊長達と一連の流れの確認が出来次第・・・」

「来たよ」

八尾の後ろに立つアキラも同じく砂浜を走ってきたはずなのに息も切らしてない。

「団長、バリアも一緒に切っただろ」

ジロリとユウトを一睨みすると短く告げる。

「居場所、バレたよ」

手にした枝が鈍く光りだし、アキラの輪郭がぼやけ始める。

背伸びをするようにその背は大きくなり、黒髪は光を帯びた銀髪に。

長いまつ毛のカーテンが上がると、夜空色の瞳は背後に広がる海と同じ青色へと変化している。

はぁ、やっぱり凄い格好いい・・・!

背後約50メートルは離れているはずの堤防では警察のバリケードにも負けず様子を伺っていた見物客の中から嬌声が上がり、直後に悲鳴に変わる。

沖合にウネウネと動くものが見えたからだ。瞬く間に10本20本と海面から黒光りする触手が生え増えていくのだ。
そりゃ悲鳴も上がる。

本体?とでも言うのだろうか、その根元が水面に出て来た。

まるで大きなウニのようだ。トゲが動いて気持ち悪いウニ。

大きなドーム型の黒い球体にはパックリと切れ目が入り、中は血のような赤色。

まだかなり遠くにいるはずだが、その躯体は大きく直径数百メートル…いや、1キロ以上はありそうで、まるで小さな島のようだ。

細く見える触手が魚などを捕まえて次々と切れ目に放り込んでいるのが見えた。

あぁ、あれは口なんだ。

あの口に前世の自分は食べられたのか・・・そう想像した瞬間、背中がゾワリとした。生まれて初めての感覚。そうか、これが恐怖か。

「おかしくないかい?」

「おかしいな」

「おかしいね」

3人が端的に会話を交わす。

「何がおかしいの?」

「思ってたよりデカいのさ」

「想定の倍どころじゃなさそうだね」

「島くらいはありそうだな・・・何喰ったんだ?」

「え、大丈夫なの?」

「うわぁぁぁ」

声と共に鈍い銃声。

まだ本体はかなり沖にいるはずなのに、砂浜にいる自衛隊員を捕まえようと数本の細く長い手が伸び、既に数人が足を捕まれ宙にぶら下げられている。

銃声って本当にあんな音なんだなぁ、映画と一緒だ、なんて呑気な事を頭の隅で考えつつ目の前の光景を眺める。

遠くから攻撃する予定だったのに突然襲われたからか、パニックに陥り引き金を引いてしまう者、隊列から離れて逃げる者、固まって震える者、泣いてその場に座り込む者、などまさに阿鼻叫喚。

犬飼も大声で指示を出しているが、聞いている隊員は見当たらない。

恐らく殆どが魔物の存在を信じていなかったのだろう。

そういう設定なのだとただの演習のつもりで参加したら現実に魔物が出てきてこの醜態というわけだ。

堤防の方ではギャラリーと化した警察と野次馬が悲鳴を上げたり歓声を送ったりとハリウッド映画でも見ているようなリアクションだ。

それでも自衛隊員の中には果敢にも仲間を助けようと触手に向かって銃を撃っている者もいるようで、銃弾がちょうど触手の関節のような場所に当たったのか、吊るされていた一人が砂浜に落ちると背後からはひときわ大きな歓声と拍手まで聞こえてきた。

「撃てーっ!」

犬飼の声に合わせるように、どぉん!と低く鈍い轟音と共にミサイルが撃ち込まれた。

が、巨体に似合わぬ速さで大きな口がパカリと開き、オヤツをもらった犬のように綺麗にパクリと飲み込んでしまった。

「んなっ…なっ…」

犬飼がワナワナと震えている。

「衝撃が来ます!備えて!」

電話であわただしく話していた八尾が叫ぶ。

空を縦に割るように、光が魔物の本体に刺さった。

後で聞いた話では衛星攻撃兵器と呼ばれるレーザーが宇宙から放たれていたらしい。

が、魔物にとってただの光でしかなかった。

当たったのは確かだが、何の反応もなければ予想されていた衝撃も来なかったのだ。

「師匠、僕らはいつまで待てばいいの?」

ツバサにバリアをかけ直しながらアキラが涼しい顔で尋ねる。

アキラの透明で少し青みのあるバリアはミコトのシャボン玉と違い、ピッタリ身体にフィットするタイプのようだ。

顔も覆われてはいるが、どうなっているのか瞬きも出来るし息も苦しくない。

「・・・ねぇ、幾つバリアするの?」

出来たと思ったらまた重ねてかけられ、終わったらまた作るの繰り返し。

「万が一があったらダメだろ」

とまだ更に重ねがけしている。

もうバリアというよりコーティングだ。
しかも分厚いやつ。

素っ気ないように見えるが、本当に前の私のことを大事に思ってくれてたんだろうなぁ。

でもちょっと過保護過ぎじゃないかな・・・

「三十分は手出しするな~こちらが撃破する~って息巻いてたけど、どうだろうねぇ。予定では合図があったら結界を張って時間稼」

「撤収~!撤収~!」

「ミコトさ~ん!交代です~!」」

ミコトの話に被せるように野太い犬飼と長岡の声。

「大声で人の名前呼ぶんじゃないよ!」

と言うや否や、砂を巻き上げ三メートルほどの高さまでジャンプすると空を踊るように飛んで行く。

堤防の向こうからは驚きと感嘆の声が上がる。

杖から放たれた光が当たると触手は黒い霧となって消え、捕まっていた隊員は声を上げながら浅瀬や砂浜に落ちているが、大した怪我はなさそうだ。

助けられた隊員や助けようと駆けつけていた隊員達の中には胸の前で手を組んでミコトを見上げている者までいる。

太陽を浴び、更に輝くプラチナブロンドの髪を潮風に泳がせながら宙を舞い、触手を軽やかに撃破していく姿は確かに神話の中に登場する女神のような美しさだ。

が、その服装はホットパンツにTシャツ、しかも「ほっ」「危ねっ」「うはは」と麗しさとは真反対の声が聞こえてくるのだが、恍惚とした人々には聞こえていないのだろう。

ホットパンツ女神の相方のユウトはその下で隊員達に避難するよう誘導しながらミコトが逃した触手を切っている。

背後の堤防からは相変わらず歓声が聞こえてくるが、避難させなくていいのだろうか。

「なんか楽しそうだけど、結界張らないの?」

ミコトらの戦いから目を逸らさずツバサを守るように背を向けて立っているアキラに尋ねる。

「多分もう少し近づかせたら師匠が」

ふいに、話しているアキラの声が遠くなった。

それは一瞬だった。

「うわぁっ」

頭がガクンと揺らされ、一気に五メートルほど空中に持ち上げられる。

宙に浮いた状態で一番高い位置にある足首を見ると、さっきよりも一回り太い砂まみれになった触手が掴んでいる。

海中じゃなく砂の下を通ってきたのか。

暴風に晒されながら理解したが、この暴風がツバサを口に放り込もうと触手が海上を猛スピードで沖に向かっているせいだと理解するのに数秒。

状況を完全に把握したのは眼下に真っ赤な口が大きく開いている時だった。

先程は砂浜から見えた大きな口が、今はツバサを食べようと真上を向いている。

あぁ、ダメだったのか。

皆が色々と画策してくれていたのに申し訳ないな・・・足首を掴まれ宙に浮いている状態で、直径十メートルはありそうな大きな口の中に入らずに済む方法は思い付かない。

目の前の口の中を見ると唾液なのか体液なのかヌラヌラと照り光る肉壁が呼吸するように動いている。

うわぁ気持ち悪ぅ・・・と顔をしかめると、肉壁の奥に赤くない物が見えた。何だろう、黒っぽい?

ズバンっという大きな水音と共に水飛沫がかかった。

魔物の本体がゆっくりと揺れ、水が当たった所に真っ赤な切れ目のような30センチ程の傷。

1回、2回、3回、と途切れる事なく続いている。水の出所の方へ顔を捻ると、遠くの波の隙間からこちらに飛んでくるアキラの姿が見えた。

「やめろ!返せ!!」

さっきよりも光り輝く枝をめちゃくちゃに振り攻撃しながら凄まじい速さでミサイルのように向かってくる。

「アキ」言おうとした「ラ」は肉壁に邪魔され声にならなかった。

何とか逃れようともがくが、頭の半分だけしか出せない。

「ダメだ!ダメだ!」

アキラの声がだんだんくぐもってくる。

「姉さん!」

姉さん?姉さんって姉のこと?私はアキラのお姉さんだったの?

気持ちの悪い肉壁に身体を押し潰されながらも思考は止まらない。

ヌチョヌチョと不快な音が耳元でするが、頭の中では最後に聞こえたアキラの声が響いている。

「姉さん!」

身体は自分の意思で動かせず肉壁の動きにされるがままだが、右手にいつ握ったのか球体を掴んでいる。さっき見えた黒い物体か。

―あの声、聞いた事がある―

ソフトボール位だろうか。
表面は硬いが、中は柔らかいような感触がある。
肉壁に潰されてはいるが、手くらいは動かせる。握る右手に力を入れると球体は溶けるように無くなった。

―私、あの声の主を知ってる―

球体が無くなった右手は肉壁に押されて左手の手の平の近くにきている。

―そう、ずっと小さい時から後ろを付いてきて「姉さん姉さん」って・・・―

右手を握りしめ、親指と人差し指を左の手の平に当てる。

―「姉さん大好き」って昔っから言ってた、可愛い私の弟・・・!―

見えなくても出来る。

何百回何千回と繰り返したこの動作。

同時に頭の中に文字列が浮かびあがり、脳内で詠みあげる。そうだ、これが魔術だった。

魔術は学問だ。
生まれつきの魔力の優劣が才能としてありはしても、その原理は学ぶ事しか身に付かない。

脳内で詠みあげた魔術が掌に伝わる。

握りしめた右の掌には堅硬で懐かしい感触。

開いた左の掌には縦に灼けるような熱が帯びる。

肉壁を押し返し左右の手を少しずつ離していくと、両手の間に半身は汚れを寄せ付けない銀白色、半身は全てを呑み込む黒色の剣がゆっくりと現れてた。

ユウトの西洋風の大きく頑丈な剣とは違い、細い刀身を持つツバサの愛刀はいわゆる日本刀に近い形をしている。

発現した刀をクルリと回転させ、肉壁を削り取り更に細かく切り刻んで上半身に小さな空間が出来た。

物理攻撃はダメだと言っていたが、剣魔術でも多少は対抗出来るのだ。

死ぬ前に戦った時の記憶では小さな擦り傷程度だった気がするが、内壁の方が攻撃の通りは良いようだ。

軽く息を吸い込み、ふぅと吐いた。

呑み込まれたのにそれほど痛みや苦しさを感じない。

が、それが身体を包む淡い蒼色のバリアのおかげだと気付き、ふふっと笑みが溢れ暖かさが胸に灯った。

魔物の体内で呑気に笑えるのは、二回目だからかツバサとして生きてきた人生のおかげなのか。

おそらくまだ口のすぐ近くのはずだから、外に出られるはずだ。

王国騎士団副団長、改め高野ツバサ、この世界での初陣だ。


海上では水柱が幾つも立ち上り続けている。

砂浜にいる長岡らにはもはや何が起こっているのかわからないが、水柱の上にそびえる黒い巨体はゆっくり揺れるだけで倒せそうな気配がない事だけは見て取れた。

「返せ!返せ!返せぇぇぇぇ!」

アキラは宙に浮いたまま先程よりも威力のある攻撃を続けるが、表面に傷を付けるだけでぴっちりと閉じて一本の赤線となった口は開かない。

ツバサが飲み込まれて数十秒後、飛んできたミコトが目にしたのは全身を光に包み魔物の口をこじ開けようとするアキラの姿だった。

周囲の触手がアキラを掴もうとするが、光に近づくとジュッと煙と共に消えているせいで周囲をウニョウニョと動くにとどまっている。

「何してんだい!死ぬよ!?」

最早アキラ自身が発光体となり、自爆に近い形で魔術を暴走させている。

「姉さん・・・!姉さんを返せ・・・!」

アキラを羽交締めにするが、熱を帯びた光はミコトの身体も灼こうとしてくる。

「やめな!アンタの方が・・・」

ニョキッ

絶望的な空気の中、アキラがこじ開けようとしていた口から刃先が目の前に生え、2人の動きが止まる。

見覚えのある半銀半黒の刀身。

「あぁ・・・!姉さん・・・!」

アキラの声に歓喜が混じった。
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