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考紀と出会う

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 ガールズバー、とは言うものの、星來が働いていたところはお触りどころか、合意があれば本番もアリな非合法な店だった。
 しかし、そのぶん給料は良いので女の子は結構在籍していたが、なんせ若い女の子たちは自由だ。
 彼女たちが無断欠勤したり、勝手に辞めてしまう事など日常茶飯事だった。

 その日も皆でイベントへ行くと言って5人の女の子が突然一緒に休んでしまい、店に出る子が足りなくなった。
 片っ端から所属している女の子に連絡を取ったが、来たのはたった二人。
 しかも連休中とあり、店がいつもより混み合う目算で、きっと今の女の子の数では客を捌き切れないだろう。
 すると何故か、裏方の星來が女装して店に出ろと命令された。

 女の子の側で、人数合わせで座っていれば良いと言われたものの、流石に女装するのは星來も嫌だった。
 店長相手にゴネていると、そこへ店の女の子がやってきて「取り合えず女の子に見えるかやってみましょう」と言い、星來に化粧を施したのだ。

「え? 何言ってるの?」
「大丈夫よ。あんた色白いんだし、髪はかつらでも被れば良いし、ちょっと骨っぽいけどこのくらいなら平気だって」
「や、止めて?」
 
 星來が女顔だったせいか、彼女の技が凄いのか、化粧された星來はどこから見ても女性に見えた。
 他の女の子達も面白がって、あれよあれよと言う間に着替えさせられ、その日から、人が足りない時は『セイラ』と言う名前で女の子に混じって店に出る事となったのである。

 星來は最初こそバレるんじゃないかとドキドキしていたが、店内が薄暗いのと、女の子たちがフォローしてくれたおかげで意外とバレなかった。
 中には本番に誘ってきた猛者もいたが、星來は悉く断って事なきを得ていた。

 それに意外な事に、この店へ星來を連れて来た借金取りの若い男――黒永が星來を気に入り良く来るようになった。
 普段の彼は感情の起伏が激しく暴力的で、この店でもそういった振る舞いをしていたので、現れるとあからさまに避けられていた人物である。
 それが無理矢理対応させられた星來に、子供の様に甘えてきたのだ。
 酒を頼むわけでも、本番に誘って来るでもなく、ひたすら甘えて帰って行く。
 星來もそんな黒永が次第に可愛くなってきて、終いには『黒永専属』と言う異名をもらった。
 
 それ以外にも、迷惑な客が来た時は進んで相手をしたりもした。
 星來は身長が170cmある。
 男性としては普通だが、ヒールを履けばちょっとした大きさだ。
 力も男性のものなので、もしもの時は体を張って女の子を守った。
 
 そうして一生懸命働いていると、女性じゃないのにガールズバーで女性に混じって働いている状況を快く思っていなかったスタッフにも、いつの間にか何も言われなくなった。


 暫くすると星來は店の中で女の子と同じ扱いになった。
 給料も上がり、待遇も良くなったので、失踪した長谷川の件で色々聞かれて居辛かった昼間の会社は辞め、夜の仕事のみに絞る事にした。

 
 そんな時に出会ったのが考紀と考紀の母、澪(本名は知らない)だった。

 彼女は若いシングルマザーで、夜になると小学校低学年の考紀を連れて店へやってきた。
 彼女はくりくりと大きな目が印象的な可愛い子で、明るくて気が利いて、直ぐに人気が出たものだ。
 対して当時の考紀は、母親に顔はそっくりだったが、暗くて口数の少ない子供だった。

 
 その頃の星來はいくら女の子として雇われているとはいえ控室は別で、親を待つ子供たちと一緒に、会議室のような場所を宛がわれていた。
 考紀もそこにいて、最初は他の子を交えてお喋りをしたり、ゲーム機を持ち寄って遊んだり、星來が宿題を見てやるくらいだったが、顔を合わせる機会が多くなるにつれて次第に打ち解けていった。
 
 
 ある日の事、いつもは店が終わったらさっさと帰る星來が、客のアフターへの誘いを断るのに時間が掛かり帰りそこなった時だ。
 
 始発が動き始めたら帰ろうと準備をしていると、薄暗い控室で考紀が一人、ゲーム機で遊んでいるのを見つけた。
 どうやら澪は考紀を置いて客とアフターに出てしまったらしい。
 いつ戻って来るか分からないと聞き、こんな場所に子供を一人置いては行けなくて、店長から澪へ連絡を付けてもらい家へ連れ帰ったのが、今のような関係になる切欠だった。
 
 
 
「セイラさんは何であそこで働いてるの? 」
「セイラは止めて。あれはお仕事の名前。俺は星來って言うんだよ」
「ふーん。本当に男の人なんだね」

 いつも店でしか会った事がなかったので、考紀は星來を本気で女性だと思っていたらしく、星來の自宅へ来た時は混乱していた。
 因みに考紀の質問に星來は「借金を返してる」と言った。
 自分が作った借金ではないが間違いはない。
 
 そう言えば、あれ以来行方不明の長谷川は、黒永の仲間がいくら探しても行先が分からないらしい。
 あんなに長谷川の事が好きだったのに、不思議なもので、その頃の星來はもう彼に会いたいとも思わなかった。

 考紀は出来た子で、プライベートの事を深く聞いてきたりはしなかった。
 普段からそうなのか、星來の家でも文句ひとつ言わずせっせと手伝いをしてくれるし、掃除などは率先してやってくれる。
 家にテレビが無いと言うので、見せてやったらやったら楽しそうにしていた。

「家では何してるの? 」
「ゲームしてるかぼんやりしてる。後は近くの公園に行ってる。お母さんが男の人連れて来たら家にいられないし。前に夜中まで公園にいたら変な人に追いかけられた」
「そ、そうなんだ」
 その時に聞いた考紀の生活は思ったよりハードだった。
 
 澪が今の店に来る前の事も聞いた。
 彼女は高校生で考紀を妊娠した事によって家を追い出されたが、結局相手とは一緒にならず、シングルとなる事を選んだのだそう。
 昔は真面目に働いていたようだが、時間が自由になる仕事へ流れて今のようになったみたいだった。
 しかし、奔放な性格は考紀を産んでも変わらないらしく、昔住んでいたアパートでは考紀を数日放置して出かける事もしばしばあったのだと言う。
 そのせいで考紀は一人になるのが怖くなり、今は無理を言って付いて仕事場まで付いて来ているのだそうだ。

「でも、また置いて行かれちゃった……」
 泣くのを堪えるように一点を見詰め続ける考紀を見て、星來は胸が痛くなり、思わず「家ならいつまでいても良いよ」と言ってしまった。
 
「それより学校は? 」
「今日は金曜日だからまだ平気」
「そう」
 その後、そんな話をしたが、澪が考紀を迎えに店へ現れたのは月曜日の夜の事である。
 どうやら小学校から考紀が学校に来ていないと連絡があったらしく、旅行先から急いで戻って来たらしい。
 
 当然、その件で店長と星來は澪に散々注意したのだが、当の本人はどこ吹く風で、その後幾度となく考紀を置いていなくなってしまうのだった。

 
 
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