金継ぎ

変化の風 ー海斗 ー

「弁さん、タジンって知ってますか。」

海斗は仕込みを始めようとする弁二に近づきながらそう聞いた。

「たじん？」

ねじりはちまきに白いTシャツの弁二が言うと「多人」とか「他陣」みたく聞こえる。

「タジン鍋のことですよ。モロッコ料理なんですけどその鍋さえあれば色々煮込み料理作れますよ。アレンジ可能だしここの新しいメニューに加えたら絶対受けますって。」

5年居酒屋弁二で働いている海斗はここのメニューに飽きていた。

「そんなモロッコ料理なんかここの居酒屋に合わんだろうが。」

弁二の眉間の皺が深くなる。

「でも角のところのあのビル出来てから若い人達よく来るようになったから。。」

「だめだ。」

ぴしゃりと途中で会話を終えられた感じだったが、海斗のエネルギーは阻止されたことで火花を散らした。

「。。。はっきり言ってここのメニューは古いと思うんです！」

海斗は弁二が何か言い返すのの待ったが、弁二は何も言わなかった。

弁二の表情からは何の感情も読み取れない。

海斗は緊迫した空気に耐えられなくなり何も言わずに自分の位置に戻った。

「石頭」「堅物」というような単語を含んだ後に続く発言は自分の心の中で消化した。


「海斗君、来週の月曜日ここの店の10周年記念パーティしようと思うんだけど、来れるよね。」

佳奈恵の明るい声とパーティという言葉で一気に海斗の煮え切らない思いが吹き飛ぶ。

「もちろんですよ。パーティですかー誰が来るんですか？」

「ここのスタッフと金二さんだけなんだけどね。」

「みんないつもここの賄いばっかりで飽きてるでしょ、たまにはちょと変わったものでもデリバリーで頼もうかな。」

佳奈恵は携帯でUberEatsのアプリの画面を海斗に見せる。

UberEatsなんてとんでもない。

海斗はこう言う機会を待っていた。

「僕作りますよ」そう言って海斗は頭の中で「レシピノート」のページをめくった。

「お酒飲みますよねー、つまみ系も作れますよ。」

「ほんとーじゃあお願いしようかな。」


海斗が料理に興味を持ったのは料理番組でジェイミー高田を見てからだ。

「ここをバンとこうね、こういくの！」

ガーリックがバンと勢いよく潰される。

「最後にざっとテキトーにかけて。」

ハーブを振りまくように散らす。

海斗の母が見ているようなお昼の料理番組みたいに「人参をいちょう切りにします。」なんて悠長なことを言わない。

料理はセンスなのだ。発想力で材料を選んで勢いで材料を刻み感覚で盛り付けする。

海斗はジェイミーの豪華な調理スタイルがカッコいいと思った。

ジェイミーは料理を盛り付けた後、皿の縁に飛び散ったソースをさっと布巾でふく。このさりげなくされるこの作業にジェイミーの繊細な部分がちらっと見えるようだった。ただの乱雑な盛り付けではなく、全てが計算された乱雑なのだ。

ジェイミーはイギリス人のハーフということもあって、斬新な料理を作る。

「普通じゃつまらないないでしょ、だからこれをガーっと入れるの！」

ジェイミーはいつも「普通じゃつまらない」と言う。

「普通じゃつまらないでしょ、だからこれを自分の好きな果物でアレンジして見て！そしてみんなをびっくりさせてみて！」

ジェイミーは持っていたキッチンタオルをシュッと肩にかけて笑顔を見せた。

ジェイミーの動作全てが料理ってこんなにシンプルなんだよ。と言っていた。




(海斗の父)

あいつの料理に対する情熱はすごいよ。あの自分で作った「レシピの本」とやらもなかなか良くできてるし。昨日作ってたケーキも確かに美味しかったんだけど、名前が覚えられないくらい長くって。流行りのものばっかり追いかけてるんだな。若いってそんなもんか。