金継ぎ

有田　シア

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珍客　ー弁二ー

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飯田やすしが厚焼き玉子をじーっと見つめている。
一人で食べるには多すぎるだろう。
大抵他の客はこれを何人かでで分けて食べる。
弁二は飯田をちらっと見ながらなんと声をかけようか考えていた。
「弁二さん、ここの玉子はどこの卵を使っているんですか？」
飯田は顔を上げて弁二の方を真っ直ぐ見て言った。
「えっ？卵？」
弁二は突然の質問に戸惑った。
「あ、すみません。あの、はじめの「たまご」は厚焼き玉子のことだから、球体の「玉」に子供の「子」のことで、後の「たまご」は鶏の「卵」のことです。」
弁二は何のことを言っているのか分からず、怪訝な顔をした。
「もちろんご存知ですよね、そんなこと。で、どこの卵なんですか？」
「いつも大鷹屋さんのスーパーで買ってるけど。普通の卵。いつも特売150円ってやつ。」
弁二は聞かれた事に正直に答えた。
「そうですか。」
飯田は大鷹屋のスーパーの卵に興味を失ったように、黙って玉子を食べ始めた。
「あ、そうだ！」
飯田が急に顔を上げた。
「梶峰ファームの「光輝」っていう卵知ってますか？手で摘んでも黄身が割れないんです。一個500円です。」
弁二は勝ち誇った顔をしている飯田に微笑んだ。
飯田への扱いはもう慣れていた。
「それは美味しいだろうな。」
弁二は優しく言い、飯田の満足した顔を確認した。それから他の客の注文の寿司を握り始めた。

飯田が帰った頃には店には誰も客がいなかった。
金曜日の10時。
いつもならまだ客で賑わっている時間だった。
静かな店内で佳奈恵の咳が聞こえた。
今日、佳奈恵は風邪気味のようだから先に帰した方がいいだろう。
「おい。」
弁二の声が店内に響いた。
その後、佳奈恵。と心の中で続ける。
名前を口に出して言えないので心の中で名前を言って練習しているのだ。
そのうち、口に出る気がしている。
「はい。」
佳奈恵は自分が呼ばれたとすぐわかったように振り返った。
「美奈がいるから今日お前はも帰れ。風邪引いてるんだろ。」
「うん。じゃあそうするね。」
佳奈恵は鼻声でそう言って帰る支度を始めた。

佳奈恵が帰ってからしばらく客は誰も来なかった。弁二が今日はもう店を閉めようかとした時だった。
「いらっしゃい。」
弁二は店の引き戸のガラガラという音を聞いて反射的に言う。
カジュアルな水色のワイシャツにジーンズを履いた男が一人で店に入って来た。
弁二はその顔を見てすぐに思い出した。
里奈が救急車で運ばれたときに、病院まで連れてってくれた男だ。
「あれ、あんた、この間の。。。」
弁二はあの時の自分の壊れた精神状態をとる思い出して恥ずかしくなった。
なんでこんなところに？この店のことは話してなかったはずだが。とりあえず、お礼を言っておこう。
「あの時はありがとう。」
「いや、いいんです。まさかこんなところでまた会えるとは思ってませんでした。怪我はもう大丈夫ですか？」
「大丈夫だ。」
弁二は手首を回して見せた。
「あ、あのう、今日佳奈恵さんは？」
「もう帰ったけど。あんた佳奈恵のに知り合いだったのか。」
「ま、まあ。この間来た時、うちの後輩が失礼なことを言ったもんで、佳奈恵さんに謝ろうと思ったんですけど。また来ます。」
その男はは軽くお辞儀をして慌てて帰ろうとした。
「おい、ちょっと飲んでけよ。あんたには借りがあるから。」
弁二はそう言って男をカウンターに座らせた。
「焼酎でいいか？」
「は、はい。」
弁二はグラスに大きい氷を入れ、焼酎を注いだ。
男は居心地悪そうにカウンターに座っている。
「そう言えば、娘さん、どうだったんですか？大丈夫だったんですか？」
男が思い出したように弁二に聞いた。
「ああ、もう大丈夫だ。ピーナッツアレルギーだったんだよ。」
「そ、そうだったんですか。」
「。。。。」
弁二は常連客以外の客とのこういう会話が苦手だった。
会話が続かない。
あの事故の時のこと以外、二人には何の共通点もない。そう思うと無言のこの空間が急に息苦しくなってきた。
弁二はまな板の横に置いてあるタオルで手を拭く。
「牛すじの煮込み食べるか？」
弁二はわざとらしい笑顔でそう言ってからキッチンに逃げ込んだ。
こういう時に海斗がいれば何かと隣で話題を振ってくれるのに、海斗は今日は休みだ。

「あの人、今日は取材に来たんですか？」
キッチンにいた徹がカウンター席の男をちらっと見ながら言った。
「取材って何だ？」
弁二が徹に聞くと、徹はヤバい。という顔をして美奈を見た。
美奈は首を横に振って「知りません。」と小声で言った。

この男は一体何者なんだ？
キッチンから牛すじの煮込みを持ってきた弁二は男を睨むように見た。
「取材ってのはどういうことだ？」
弁二がそう言うと男は慌ててバックの中に手を突っ込み、何かを探し始めた。
「私は、こういうものでして。街角グルメという情報雑誌の取材をさせていただこうかと思ってまして。」
男は名刺を渡しながら、必要以上に下手に出た。
「そうか。おぅ、いいぞ。」
弁二は、「大神出版新庄達也」と書いてある名刺を見ながらそう言った。

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