恋っていうのは

有田 シア

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社長争い

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珠希は指輪の入っているショーケースを丁寧に拭き、指輪を綺麗に並べ直した。
その後、書類を整理してファイルをアルファベット順に並べ直す。

珠希は空き時間があればいつもこうやって整理整頓しているのに、誰にも気づかれることも褒められることもない。
影で努力しても誰にも気づかれないのでは意味がないような気がした。
  
礼二が毛皮のコートを着た上品なおばさんと話しをしているのを横目で見ながら通り過ぎ、珠希は礼二宛の郵便物を礼二のデスクに乱暴に置いた。
礼二のデスクは散らかっていた。付箋があちらこちらに貼ってある。
「高崎さんミーティング12月4日3時から」
と書いた付箋が机の下に落ちていた。
珠希は少し考えてからそれをゴミ箱に捨てた。


月曜日の夜9時30分。閉店30分前の店内は静かだった。
チャーミーと礼二の笑い声が聞こえてきた。
またあの二人は遊んでいるんだろう。   
珠希がカウンターの裏にまわると礼二とチャーミーは仕事中にもかかわらず、レーシングカーで遊んでいた。
「珠ちゃん、このレーシングカー宅配買い取りで送られて来たんだけど、タイヤが一つなくって、こんなの売れないってなって、廃棄物置き場に捨てに行ったんだけどね。ちょうど同じ型のレーシングカーが捨ててあってさー。すごくない~?そのタイヤを付ければこのとおり、普通に動くんだー。どうする?これ売る?俺もらってもいいかな。」
もう35歳になるくせに子どもみたいだ。
チャーミーの本当の名前は総一郎だが、絵本のキャラクターのくまのチャーミーにそっくりだからということで小学生の時からみんなにチャーミーと呼ばれている。
ふざけた名前だけどあの顔はどう見ても総一郎というよりチャーミーだ。
丸い顔は絵本のチャーミーと同じで今でも変わっていないが、35歳になったチャーミーは長髪に髭というだらしない性格を反映した見た目になった。
「チャーミーまた廃棄物置き場あさってたの?そんなことしてないでちゃんと仕事しなさいよ。お客さん来るから。」
「はい、はい、ボス!わかりましたぁ~。」
チャーミーはおどけて珠希にそう言った。

幸の薄そうなスーツ姿の男の人が買い取りカウンターにまっすぐ歩いて来るのが見える。その人生に疲れたような顔と歩き方を見て珠希は興味を失った。
この人はどうせ大したものを持ってないだろう。

「あの、珠希ちゃん、礼二君、ちょっと話あるんだけど、ちょっといいかな。」
絵里がちょこんとカウンターの隅に立っていた。
「いいよ。じゃあ、オフィスで。チャーミー、あの客頼んだぞ。」
礼二はチャーミーにそう言って肩をポンポンと叩いた。
珠希と礼二はカウンターをチャーミーに任せてオフィスに向かった。
珠希は礼二よりも早くオフィスに入ろうと早足になる。
礼二もそれを感じて歩く足を早めた。
礼二の肩が珠希の肩にあたり、「ちょっと、やめてよ。」珠希はそう言って礼二を突き飛ばした。
礼二はバランスを崩したが体制を立て直して素早くドアハンドルに手をかけようとした。珠希はその前に強引に体を押し入れて先にオフィスに入った。
子供の頃の喧嘩のような行動だと二人ともわかっているが、二人の負けず嫌いの本能がこういう行動になってしまう。
珠希は社長椅子に座って足を組んだ。
「それで、絵里ちゃん、話って何かな。」
珠希は勝ち誇った顔で絵里に言った。
この椅子に座るのは珠希でも礼二でもいいのだ。この大人気ない行動は二人の社長の椅子をかけた戦いの一部なのだった。

「私、妊娠したんです。」
そう言った絵里の頬が少しピンク色だった。
「えっ、また?」
珠希は思わず言ってしまった。
絵里には子供が一人いたはずだ。ついこの間赤ちゃんを抱っこして来て、また働かせてください。と言いに来て仕事復帰したばかりのような気がした。
「そうなんだ、おめでとう。何カ月、今?」
絵里の横にある椅子に座っている礼二が聞いた。
「まだ3ヶ月なんだけど。」
「体調は大丈夫なの?」
「今回はつわりが全くないから、出来る限り働きたいんだけど。」
「もちろん。大変だね、まだゆいちゃんも小さいのに。何才になったんだっけ?
「2歳3ヶ月。イヤイヤ期始まって大変よ。」
「でも可愛い時期だね。もういろいろ喋るよね。」
4歳になる娘がいる礼二はお父さんの顔になっていた。
珠希は礼二と絵里の会話を聞きながら、自分も何か言わなければいけないと思いながらも、何も言葉が出てこなかった。
今、社長椅子に座っているのは珠希なのに。
「じゃあ、またカウンターのところに椅子置こうか。働く時間とかも減らしたければまた相談して。無理しないようにね。」
礼二は珠希に発言の隙を与えないままそう言って、話を締めくくった。
「ありがとう、礼二君。」
そう言って絵里はオフィスのドアを閉めた。
「こういう話は俺に任せとけばいいから。」
礼二は珠希にそう言ってオフィスから出て行った。
珠希は唇を噛み締め、屈辱感に耐えた。

「このCD、千円で買い取ったんだけどいくらで売れると思う?」
カウンターに戻るとチャーミーがCDを1枚手にして珠希にと礼二に聞いてきた。
赤田雄二という歌手のCDアルバムだった。
「そんなCD、百円でも売れないよ。」
珠希は呆れてCDを詳しく見ようともしなかった。
大して人気のない歌手のCDなど今さら売れるわけがない。
「お前やらかしたな~」
礼二は笑ってチャーミーの頭を小突いた。
そう言いながら礼二はチャーミーの愚かさを楽しんでるようにさえ見える。
「このCD売りに来た人ね、この歌に救われたんだってさ。歌ってくれたんだけど、俺もその歌知ってるーってなって盛り上がっちゃってさ。」
珠希はチャーミーの呑気な態度に腹が立ってきた。
「そんな大事なCDならなんで売るのよ?自分がその歌知ってただけで価値があるとでも思ったの?」
珠希がそう言ったら礼二が反抗的な目で珠希を見た。
「そんな言い方しなくてもいいじゃないか。」
礼二とチャーミーの目が冷たかった。
珠希はこの店のことを思って言っているだけなのに、なぜか珠希はいつも嫌われ役なのだ。
「赤田雄二のサインでもしてもらえれば価値が上がるんじゃない?」
「なるほどね~!それいいかも!赤田雄二ってどこにいるんだろ。ネットで検索すればなんか手掛かりあるかな。」
礼二とチャーミーは珠希を無視するように二人でそう話し始めた。
「そんなことしても無駄だから!兄ちゃんもふざけた事言わないでよ。」
珠希は呆れてそれだけ言うと深いため息をついた。
忙しい日ではなかったのに疲れで体が重く感じて軽く偏頭痛がした。珠希はこめかみを押さえて、目を瞑った。


「珠希ちゃん、一緒に帰ろう。」
閉店後、帰ろうとしてバックを肩にかけた瞬間、絵里が後ろから声をかけてきた。
絵里と珠希は帰りの電車が同じなので同じ時間に仕事が終わる時は一緒に帰っていた。
でも今日だけは一緒に帰りたくない。
珠希はそう思いながらも絵里と店を出て駅まで歩き出した。
珠希は歩きながらさっき、オフィスで一言も発言しなかったことを思い出した。
妊娠について触れるべきだと思った珠希は
「妊娠おめでとう。」
笑顔でそう言った。
「あ、ありがとう。」
絵里は無理に作った笑顔でそう言った。
珠希はそれ以外妊娠について何とコメントすればいいのか考えていると、
「チャーミーが赤田雄二のサインもらうって必死に情報検索してたけど、どう考えても無理だよね。」
絵里は早口でそう言ってさりげなく話題を変えた。

近くで何かのイベントがあったらしく、電車はいつもより混んでいた。
珠希と絵里はドア付近に位置を確保してで手すりにつかまった。
珠希は無言で電車の窓から夜の暗闇に流れる明かりを見ていた。
「あんた達!何してんの、ここに妊娠がいるの見えないの⁈」
隣にいたおばさんが急に叫び出した。
「そこ優先席でしょ、妊娠がいたら席を譲らなきゃいけないの!あなた達そんなこともわからないの?」
おばさんは優先席に座っている人達にそう言ったが、その人達は戸惑った様子であたりを見回していた。正確にいうとお腹の大きい女の人を探していた。
珠希も同じく、お腹の大きい人を探していたがどう見ても見当たらない。太った女の人がいるけど、ただ太ってるだけだろう。お腹の出たおばさんもいたが、その年で妊娠はないだろう。
「マタニティーマーク付いてるでしょ!」
おばさんは絵里のバックに付いてるマタニティマークを指した。
周りのみんなが、絵里の「お腹に赤ちゃんがいます。」と書いたピンクのキーホルダーに注目した。
優先席に座っていた3人が一斉に席を立った。中年のスーツのおじさんが、私が席を譲るからというようにあとのの二人に手で合図した。
そして絵里に「どうぞ。」と優しく言った。
「ありがとうございます。」
絵里は控えめにそう言って優先席に座った。
「ほんとにあなたたちは。。。」
おばさんはまだぐちぐちと誰に言うでもなく独り言を言っている。
絵里の隣の優先席に座っている若い女の人が、「ここからじゃ、キーホルダー見えなかったんです。」
とおばさんに反抗的な強い口調でそう言って呆れた顔で目を逸らした。
珠希は妊娠しているというだけでここまで特別扱いされる絵里を羨ましく見た。
絵里は恥ずかしそうにしていたが、その表情に優越感が見えてしまうのはただの気のせいなのか。
どんなに精神的に肉体的に疲れている人よりも妊婦の方が偉いような扱いなのだ。
珠希が社長になったとしても、社長のストレスをわかってくれる人はいないのかもしれない。
女の幸せは結婚して子供を持つこと。
そりゃあ、珠希はだって結婚したい。子供が欲しい。自分の家族を持ちたい。でも相手がいなければ、できないことなのだ。
珠希の同級生はほとんど結婚して子供がいる。
他のみんなが当たり前のようにしていることがなぜ出来ないのかと焦りを感じる。
珠希には仕事があるから。珠希はキャリアウーマンタイプだから。珠希は家庭に収まる器じゃないから。
みんなそう言ってくれるけど、そんなの言い訳だ。
絵里は結婚も子供も仕事も全てを手に入れているではないか。
美人で頭の切れる才色兼備の絵里はみんなから頼られている。
「ごめんね、私だけ座って。」
そう言った絵里の言葉を嫌味と取るのはただの珠希の嫉妬心だった。
醜い。

相手が見つからないことの不運を嘆く方が健全だろう。
そう。出会いはただの運なのだ。
珠希は車内にいる男の人を見回した。
疲れ切ったスーツ姿のサラリーマン。
Fuck you! と書いたトレーナーを来て音楽を聴きながら頭でリズムをとる若い男の子。
ダサいジーンズを履いてリュックを背負っている秋葉系。
どの人にも惹かれるものがなかったが、人を見た目で判断するのはよくない。
この秋葉系だっていい人そうだから、付き合ってみたら以外と上手くいくかもしれない。
そう思いながら見ていたら秋葉系と目があった。
思った通りの優しい笑顔だったが珠希には気まずく笑い返すことしかできなかった。
ここには何の運も転がっていない。
珠希はそう思って暗い窓の外に目をやった。
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