恋っていうのは

有田 シア

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買い戻しの罠

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みずきの携帯が着信を知らせていた。携帯の画面に赤田と出た瞬間、嫌な予感がして出るのを躊躇った。
三日前にクリーニングの仕事は首になったはずなのに、今さら何の用事だろう。
「もしもし。あのさ、この前あげたあのブローチのことなんだけど。。。。あれ返して。」
申しわけなさそうにそう言う雄二の声が聞こえた。
「え、でももう売っちゃったんですけど。」
「売っちゃったの?じゃあ買い戻してよ。あれね、結構高価なものらしい。琴美がおばあちゃんから譲り受けた大事なものなんだ。俺、知らなくてさ。」
雄二はいつも通りの優しい声だった。
「わかりました。」
そう言って面倒くさいなと思いながらもゴールドラッシュへ向かった。

みずきはゴールドラッシュの入ってすぐに、あのブローチがどこに置いてあるかを探し始めた。ジュエリー系のものが置いてあショーケースを端から覗いていった。時計。指輪。ネックレス。その横にいくつかのブローチが置いてあったがあのブローチは置いてなかった。
みずきは店内を見回して前回対応してくれたスタッフを探した。
カウンターで他の客の接客をしている貫禄のあるスタッフを見つけ、この人だった。と思い近づいていった。
胸元の名札には「珠希」と書いてある。
背が高くて、肩幅が広く、どっしりとカウンターに構えている。
艶のある黒髪はきっちりまとめられて頭の後ろに綺麗に収まっていた。

「すみません。3日前に売ったブローチを買い戻したいんですけど。」
みずきは買取明細書を握りしめながら珠希に聞いた。
「3日前ならもう倉庫に行っちゃってると思うけど、10分くらい待っててもらえば出せますよ。販売価格で買ってもらうことになりますが、よろしいですか。」
「はい。」
みずきが珠希に買取明細書を渡すときびきびとした動きでカウンターの奥に消えた。


「いくらなんですか?」
みずきがそう聞くと、珠希は買取証明書とみずきを見比べてから複雑な笑顔を返した。
「50万です。このカメオはアントニオパルラーティという作家のカメオなんです。」
「えっ、でも私これ4万で売ったんです。」
「そうだとしても、買い取った時点でこれはもううちの所有物です。いくらで販売するかは私達が決めれるんです。金額に納得いかなければ売らなければよかったんですよ。あなたは4万で承諾したし、買い戻しには応じられませんとここに書いてありますから。」
珠希は買取証明書の細字部分をペンで指した。
「でも50万ってそんな。。」
みずきは言い返そうとするが、言葉が出てこない。
珠希の落ち着きと貫禄がみずきを圧倒した。
「また来ます。」
「オンラインでも販売してますよ。カメオ、ブローチで検索したら出てきます。」

みずきはゴールドラッシュを後にしてすぐに雄二に電話した。
「もしもし。あのー。あのブローチのことなんですけど、買い戻そうとしたら、50万って言われたんですけど、私、そんなお金ないんです。」
「え?お金ないって、まさか売った時のお金使っちゃったの?」
「いいえ。。4万で買い取られたんで。」
「はぁ~?それ騙されたってことじゃないの?」
騙された?
「責任持ってお金なんとかして買い戻してもらうからね。」
みずきは雄二の脅すような声に恐怖を感じた。
「は、はい、わかりました。」

みずきは家に帰ってすぐにひばるに駆け寄った。
「ねえ兄ちゃん聞いて~。」
みずきはひばるの顔を見た途端に涙目になっていた。
「私、騙されちゃったみたい。」

ひばるはみずきの話を聞いた後、頭をなでなでした。
「仕方ないよ、みずきはそんな高いものだって知らなかったんだから。」
みずきはひばるの大きい手の平の温かさを感じた。
ひばるは誰にでも優しいけど、このなでなでは妹のみずきだけのものなのだ。
「お金なら何とかするから。」
ひばるはそう言ったが、そう簡単ではないことをみずきは知っている。
ひばるには迷惑をかけたくない。どうやってお金を用意すればいいんだろう。売れてしまう前になんとかしなければいけない。
あのブローチはネットでも販売していると言われたからの確かめて見ようとみずきはパソコンを開いた。
言われたとおりに検索したらすぐに見つかった。
「カメオアントニオパルラーティ」
あのカメオが45万で売っていた。
みずきが買い戻そうとして店に行った時は50万って言われたのに。また騙されそうになったのではと思ったみずきに急に怒りが込み上げてきた。



高崎クリーンの事務所からおばちゃん達の馬鹿でかい笑い声が聞こえる。
事務所のドアを開けるとおばちゃん達に混ざって藤木が缶コーヒーを飲んでいるのが見えた。
テーブルの上にはお菓子が並べられ、週間雑誌が開かれていた。
「整形だってー絶対。」
「単に大きくなったんじゃない?」
「写真が加工されてるだけよ。そんなの簡単に出来るんだから。」
おばちゃん達はいつも仕事終わりに事務所でお茶を飲みながら世間話をする。
高崎クリーンは主にハウスクリーニングを中心とした定期清掃を行う小さな会社だ。
事務所はいつもアットホームな雰囲気で溢れている。

「みずき、お疲れーコーヒー飲む?」
藤木は缶コーヒーをみずきに投げる。
反射的にそれをキャッチしたみずきを見て藤木は満足そうにした。
「ちょっと座って、座ってー。」
みずきは藤木に言われるままに藤木の隣に座る。
「さっき聞いたんだけど、首になっちゃったんだって~」
藤木は心配というよりも面白がるっているようだった。
「うん、そうなんだ。まぁ、それはどうでもいいんだけど。厄介なことになっちゃってさー」
みずきはカメオのブローチ売ったこと、それを買い戻さなければいけなくなった一部始終を藤木に話した。
「それ、ムカつくな~。」
藤木は腕を組んでみずきに共感する。
「そうでしょ。藤木、お金貸してよ。」
「お金ー?うーん。。。そうだなぁ。」
藤木はそう言って天上を見て、窓の外を見て、それからテーブルの上じーっと見ていた。

しばらく考え込んだ後、何か閃いたような顔で目を見開いた。
「残念ながら俺にはお金はないんだけど、アイデアならあるよ。」
藤木はこめかみののあたりを人差し指でコンコンと叩いて得意げな顔をした。
藤木にはいつもアイデアがあった。
問題の解決方法になってるかとか、それが効果的かどうかについてはあまり期待できないが、悩んでいるみずきが前に進むのを助けてくれているのは確かだ。
幼なじみというのはいつも困った時に助けてくれるものなのだ。
「どんなアイデア?」
みずきは期待を込めて藤木に擦り寄る。
「ちょっとそいつ懲らしめてやろう。」
藤木はテーブルの上に広げられた週間雑誌を見ていた。
さっきからおばちゃん達が騒いでいた水着姿の若い女の子が挑発的な顔でポーズをとっている。

「ひばる君に力を貸してもらわなきゃいけないから今からみずきんち行っていい?」
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