恋っていうのは

有田 シア

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裸の珠希

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「あの子また来てる。3日前にカメオのブローチを買い戻そうとしてたけどお金用意できたのかな。」
珠希は隣にいた絵里に小声で話す。
「え、どの子?」
「あのパーマのハーフこの子。今日は黒人の男の子と一緒に来ているみたい。」
珠希は絵里に目で合図した。
「あの子達何してるんだろ。」
珠希はウロウロしてしているみずき達を目で追った。小動物のように周りを警戒して早足で歩いていたみずきは珠希と目が合った瞬間目をそらした。珠希は挙動不審なみずきを怪しいと思いカウンターの外へ出た。
盗難防止のために声をかけておこうと思い、みずきに近寄る。
「何かお探しですか?」
みずきは携帯をいじりながらちらっと珠希の方を見上げると、また携帯の画面に目を落とした。
みずきは携帯カバーを珠希に見せるように顔の前まで持ちあげた。携帯カバーの黒猫が珠希を見ていた。目がギョロッとしていて可愛いのか気味が悪いのかわからない不思議な猫だった。
珠希は携帯の猫に気をとられていたが、やっと自分が写真を撮られていることに気づいた。「ちょっと、あなた。。。」
珠希がそう言ったらみずきは逃げるように店から出て行った。

珠希はみずきを追いかけようかとしたが、
別に万引きをしたわけでもない人を追いかけてもしょうがない。
写真を撮って消費者センターに訴えようとしてるんではないかという思いがよぎる。
たまに買い取り価格に不満を持った客が苦情の電話をかけてきたり、店までやって来ることがある。消費者センターに電話しますよ。と脅す人もいるが、そうやってどんなに叫んでいても、実際は本当に電話しないだろう。
たとえ、したとしてもこっちは違法なことをやってるわけではないから、珠希はそんな脅しも全く怖くない、
堂々としているのが一番なのだ。


3日後

「珠希ってキアヌリーブス好きじゃなかったっけ?」
礼二が手にしてるのはキアヌリーブスの「スピード」のDVDだった。
「好きだったけど、そんなのだいぶ前のことでしょ。今は別に何とも思わないよ。」
好きな俳優なんて時が経てば変わって当然だ。
「じゃあ、今は何が好きなの?好きな映画とか、俳優とか。」
チャーミーは宅配買取で送られてきた段ボールの箱をを開けながら珠希に聞いた。
珠希は考えたが、そう聞かれてすぐに答えれるほど好きな俳優も好きな映画もなかった。
「特にないけど。」
そう言ってから、珠希は最近見た映画を思い出した。「リンダと私の秘密」というラブコメディだった。話がよくできていたし、共感できるところもあってなかなか面白かった。でも好きな映画がラブコメディだと言ったら、浅い人間のように聞こえてしまう気がする。
珠希は人を持ち物や趣味や見た目で判断してしまう癖があるため、自分のことも人にどう思われるかが気になってしまう。
「お前はスターウォーズだろ。あと、ももクロ。おまえはわかりやすいもんなぁ。」
礼二がチャーミーに向かってそう言った。チャーミーのももクロ好きはここのスタッフ全員が知っている。
「あーほんとあーりん可愛いんだよね。」
チャーミーはももクロの歌を歌い出した。
チャーミーの好みはチャーミーらしい。その隠す必要のない素直さが羨ましかった。
「じゃあ、珠ちゃんはどういう音楽聴いてるの?」
素直で鈍感なチャーミーはさらに珠希を困らせる質問をする。好きな音楽だってこれと一言で言えるものがない。邦楽全般に。そんなつまらない答え言わない方がマシだ。
「そうだ、ネットのスタッフ紹介のところにそういうの書いてなかったっけ?」
パソコンの前に座っている礼二がそう言って、ゴールドラッシュのホームページのスタッフ紹介のページをクリックした。
スタッフ紹介のページには買い取りスタッフに親近感を持ってもらおうと、スタッフの個人的な趣味や特技が記載してある。
「趣味:ケーキ作り好きな本: スティーブジョブズ自伝好きな音楽:洋楽ロック。」
礼二は珠希の自己紹介の部分を読み上げた。
「へぇー。そうなんだ。」
チャーミーはそれだけ言ってやっていた仕事に戻った。
「でも、これ1年前のことだから。」
珠希は1年前に載せたその内容に恥ずかしくなり、そんな言い訳した。

この趣味がケーキ作りというのは一度料理が得意な友達と一緒に誕生日ケーキを作ったのだが、それがあまりにも楽しかったから、その時ケーキ作りを趣味にしようと決めてそう書いたのだ。でもその後、一度も自分でケーキを作ったことはない。
最近読んだ本で印象に残っているのは「ホントに使える女の武器」だった。そんなタイトルを好きな本にあげるわけにはいかない。こういうの種類の自己啓発本を読んでますと言うのには抵抗があった。
昔グリーン•デイにはまったことがあったから洋楽ロックと書いたけど今は特に好きなわけではなかった。
この統一性のない趣味を見て人はどんな人間を想像するんだろう。
全て嘘ではないが、珠希の一部を切り取って都合のいい風に載せたもの。
スタッフ紹介なんてきれいごとが並べられているだけだ。人に読まれることを意識して書いた珠希はそう思った。
パソコンにはスタッフ紹介のページが開かれたままになっていた。
珠希はそこに載っている自分の写真を見ながら思った。写真だって完璧な珠希を撮ったものなのだから、気になっている太ももも、目の下のくまも隠れている。

チャーミーと礼二はもうスタッフ紹介の話題にはもう興味がないようだ。大量のDVDをテーブルに並べて一つ一つにコメントしている。
「あーこれ懐かしいよね。」
宅配買取では見飽きたDVDや聴き飽きたCD、読み終わった本などがよく送られて来る。珠希にとっては全く価値のないものも以外と需要があることに驚かされる時もある。珠希が聞いたこともないようなアイドルのコンサートで使われた銀テープがゴールドラッシュのネットオークションで10万で売れたりするのだ。

成人向けのコミックやボーイズラブ系の本、またはアダルトDVDなどを宅配買い取りで送りたい気持ちはよくわかる。
恥ずかしいものでも宅配買取で売って、ネットで中古を買えば、スタッフに対面せずに済むのだ。
みんな珠希のように人から判断されるのを気にしているんだろうか。

チャーミーは段ボールの中から、マグカップとお皿を取り出した。
「こんなの売れるかよー。」
「たまに、ガラクタみたいの入れてくる人いるからそういうのには時間使わずに、お金になりそうなのだけ査定してね、チャーミー。」
珠希は仕事をしていると言うよりも宝探しをして楽しんでいるように見えるチャーミーに忠告した。
「おわぁ~!!」
チャーミーは段ボールから取り出したフォトフレームを手にして急に甲高い声を出した。
そのL版のフォトフレームは遠目からでも安物にしか見えないが、チャーミーの興奮した様子からだだのフォトフレームではないことがわかる。
礼二は言葉を失うチャーミーの隣に駆け寄った。
「うわぁっこれ。。」
礼二は大きく目を見開いて固まっていた。
二人の目はフォトフレームの中に入っている写真に釘付けだった。
そして二人がほぼ同時にに珠希を見た。
珠希は二人の意味ありげな笑みに嫌な予感がした。
「何?」
礼二がフォトフレームの写真をゆっくり珠希の方に向けた。

フォトフレームに入っていたのはただの写真ではなかった。裸の女の人の写真。その写真の裸の女は珠希に似ていた。
珠希は近づいてその写真をよく見た。
似てるというか、珠希だった。
「珠ちゃんってこういうこともやってたの?」
チャーミーはからかうように言った。
珠希は写真を奪い取るようにして取り上げた。顔は珠希だったがが、くびれたウエストに綺麗な形の胸はどう見ても珠希のものではない。下半身には赤いパンツが申し訳のようにまとわりついていたが、もちろん珠希はそんな下着など持っていない。着たこともない。
自分の裸ではないことなどわかるけど、実際に自分の裸を見られたような恥ずかしさで
体中を血が駆け巡り頭まで登っていくのを感じた。
「私じゃないから。合成してあるのよ、これ。」
珠希はそう言ったが、体のバランスと光と色の加減画完璧で自分の体なのではないかと思わされるほと上手く出来ていた。
「これいくらで売れるの?」
礼二は真顔を装ってそう言ったが、笑うのを堪えていた。
珠希はその写真が入っていた段ボールの中のものを全て出してみた。
商品送付書には名前と住所と電話番号がちゃんと書いてあり、本人確認書類として運転免許証が入れてあった。
30歳くらいの男の人だった。神田ひばる。無表情でも整った日本人離れした彫の深い顔だというのがわかる。
「珠ちゃん、こんなイケメンのファンがいるんだ~。」
「やめてよ、チャーミー。」

少し怖かった。自分の裸を知らない間に見られているような何か見えないものに操られているような感覚だった。
その人にやめてくださいと電話しようかとも思ったが、そんなの時間の無駄だ。こういう嫌がらせは気にしない方がいい。珠希はその写真のことを忘れようと、デスクに座ってパソコンに向かった。パソコンの画面を見ていたが、全く集中していなかった。
やっぱりあの裸の写真のことが気になってしまう。正確には、その写真を送りつけてきた男の人が気になっていた。
なぜこんなことをしたのかが知りたかった。
珠希は商品送付書と運転免許証を取り出して住所と男の人の顔をしばらく見ていた。
たまたまその住所が近くだった。
歩いてすぐのところだから休憩中に横を通ってみようと思った。
その人の家まで行ってどうしようかは考えていなかった。
ただ、知りたいと言うだけが好奇心が珠希を動かしていた。
珠希は携帯で位置を調べながら細い路地に入っていった。

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