恋っていうのは

有田 シア

文字の大きさ
上 下
12 / 21

プレゼント

しおりを挟む
クリスマスの音楽が流れるデパ地下はいつもより活気があった。カラフルな色とチカチカするクリスマスツリーの光と人々の陽気な話し声をすり抜け、珠希は「パティスリーローラン」の前まで来た。
「パティスリーローランのモンブラン最高!あの濃厚なクリーム!本当に食べると幸せになるの。」
という絵里絶賛のモンブランを売るこの店。
珠希は特に甘いものが好きなわけではなかったが、絵里がそのモンブランがいかに美味しいかをみんなに話してるのを聞いてから、急にそこのケーキが食べたくなった。
クリスマスに一緒に食べる人がいるからこそそれを食べたいと思うのであって、去年のように家族で食べるのであれば、どんなケーキでもよかった。
珠希はそれほど食にこだわりのあるタイプではなかったが、今年のクリスマスは特別にしたいと思っていた。
珠希は既にひばるが一度行ってみたいと言っていたレストランを予約していた。
そこでデザートを食べずに、うちに美味しいケーキがあるからと言って珠希のアパートで一緒に食べるのはどうだろう。
珠希がそんな計画を練りながら芸術品のようなケーキ達に見惚れていると、店の女の人が近づいて来た。
50代後半くらいだろうか。白いおしゃれなデザインのコックシャツにハンチング帽を被っているからか、それより若くも見える。
「クリスマスケーキですかね。」
にこにこしながらその人は話しかけてきた。
「クリスマスケーキの予約はオンラインでのみでの受付けですので、こちらからお願いします。」
珠希は戸惑いながらその人からパンフレットを受け取った。
「どうして私がクリスマスケーキ探してるってわかるんですか?」
「クリスマスの準備かな、と思って。」
店の人は珠希が手にいっぱい抱えている、チラシを指して言った。それらは、他のケーキ屋のクリスマスケーキ予約票や「クリスマス特集」のデパートパンフレットだった。
「恋人と食べるのでしたら、二人サイズのケーキもありますよ。」
恋人?
その人のその表現に珠希は顔を赤らめた。
「この洋梨とマロンの美味しそうですね。」
「それ、人気商品なんですよ。早くしないと売り切れちゃいますので、お早めに!」
売り切れては大変だ、せっかくのプランが台無しになってしまう。そう思った珠希は携帯を取り出し、その場でオンライン予約した。

今日の一番の目的はひばるのクリスマスプレゼントを買うことだった。
香水売り場を通り過ぎて、バック売り場で立ち止まり、シンプルな黒の財布を手に取ってみるが、珠希の心はもう決まっていた。
目当ての時計を見つけるのは簡単だった。何日も前からリサーチしていたし、電話をかけて聞いておいたからこの店にあるのは知っていた。
珠希はHamiltonと書いたショーケースに迷わず歩いて行った。


クリスマスのデザインがされた紙袋を下げて珠希はデパートを出た。
珠希はふと立ち止まり、もう一度紙袋からプレゼントを出してみる。
ひばるの喜ぶ顔を想像しながら上品な艶のある赤いリボンをそっと撫でてみた。
ショーウィンドウに満足そうに微笑む自分が映っている。
珠希はその自分に笑顔を返してからまた歩きだした。

家に帰る途中、ゴールドラッシュのみんなにもクリスマスケーキの差し入れしようとか思い、いつも行くコンビニに寄った。
珠希が予約票を記入していると、聞き覚えのある声がして後ろを振り返った。
「みずきちゃん!」
みずきは珠希に気づくと気まずそうに目を伏せた。
「あーひばる君の彼女!?」
隣にいた藤木が珠希を指差した。
「こんにちは、僕、藤木と言います。みずきの友達です。今日はお買い物ですか~?」
「そう、クリスマスの買い物。」
珠希はデパートの紙袋を指した。
「あーひばる君のプレゼントかな~。いいですね、何買ったのかな。」
「藤木、余計なこと聞かなくてもいいから!」
みずきは藤木を肘で突く。
「実は、時計買ったの。あ、これ、秘密だからね、ひばるに言わないでね。」
珠希は陽気な藤木のテンションにつられてつい言ってしまった。
「時計?」
興味なさそうに外を見ていたみずきがそれに反応した。
「そう、腕時計。気に入ってくれるといいんだけど。」
「兄ちゃんはそんな時計なんかしませんよ。」
「えっ、でも、どんな時計かまだ見てないでしょ?」
「そういう問題じゃないんです。もう、兄ちゃんのこと何にもわかってないんですね。」
呆れた顔でみずきはその訳を説明してくれた。

ひばるが腕時計をしていないことは知っていた。だからこそプレゼントしようとしたのに、ひばるが腕時計を付けることが嫌いだなんて知らなかった。
意気揚々とみずきにプレゼントの中身まで言ってしまったことに後悔したが、知らずにひばるにあげないでよかった。
珠希はみずき達が去った後、その場で考えた。
時計をデパートに返品しようか、ゴールデンラッシュで売ろうか。
結局そのまま、家に帰る前に礼二の家に寄ることにした。

「誕生日おめでとう。」
珠希は礼二に腕時計の入った紙袋を差し出した。
「え、何?誕生日ってまだ3か月先だけど。」
「うん、早めのプレゼントってことで。」
「そうか。あ、ありがとう。まぁ、とりあえず入って。」
珠希が中に入って行くと娘の優香が駆け寄ってきた。
「タマちゃん~。」
「優香ちゃん~元気だった?髪伸びたねー」
珠希が優香の髪を撫でようとしたが優香はすり抜けるように珠希から離れていった。
「パパ、これ何?もうサンタさん来たの?」
優香はサンタやツリーのデザインがされたデパートの紙袋を指していた。
「違うよ、タマキおばちゃんがパパにプレゼント買って来てくれたんだよ。」
「えっ、でもこれクリスマスのプレゼントだよ、パパ。」
優香は紙袋からクリスマスのギフトラッピングがされた箱を取り出した。
上品な包装とリボンだが、子供にもクリスマス仕様だとわかるだろう。
「もうすぐクリスマスだからこういうラッピングになるんだよ、きっと。」
「でも、今日はパパの誕生日じゃないでしょ?」
「早めの誕生日プレゼントなんだって。」
「なんで早めなの?」
珠希は子供の質問に答える大人も大変だなあと思いながら見ていたが、礼二はそこで答えに詰まる。
「それはね、えーと、なんでかな。」
礼二はそこで珠希の方を見た。
なぜ珠希が3か月も早く誕生日プレゼントを渡したかというのは子供でなくても不思議に思うだろう。
本当のことを言うべきか?
彼氏にクリスマスプレゼントで腕時計買ったんだけど、実は彼は腕時計するの嫌いだったんだ。
そう言ったら、笑われるだろうか?同情されるだろうか?
珠希が優香に「彼氏」をどう説明しようかと考えていると礼二が先に優香に話し始めた。
「パパね、このクリスマスの包装紙でプレゼント欲しかったんだよ。優香はサンタさんからクリスマスプレゼント貰えるけど、パパは誰からもクリスマスプレゼント貰えないんだよ。だから、タマキおばちゃんにお願いしたんだ。今の時期じゃないと、こういうのは。。」
「タマちゃん!」
優香が急に礼二の必死の説明を遮って珠希に言った。
「優香ね、サンタさんにバービーファッショニスタと、ようせいのおしろぶどうかいと、ラブリーメイクアップボックスとプリキュアなりきりセットもらうんだ。」
「いっぱいあるね。そんなにたくさん、サンタさんくれるかな?」
「いい子にしてたらくれるはず。」
優香はそう言ってにっこり微笑んだ。
珠希が礼二の方を見ると、礼二は参ったなあというような顔をしていた。

礼二はクリスマス仕様のプレゼントを丁寧に開けた。
「優香、この模様トナカイさんじゃないかな、おしゃれな包装紙だねぇ。」
礼二は優香に包装紙に興味を示す振りをしていたが、中身がハミルトンの腕時計だとわかった途端、表情が変わった。
「これ、俺が欲しかったやつだ!」
礼二は時計に釘付けになっている。
「さすが、珠希!わかってるね~。」
その時、珠希は礼二の喜ぶ顔を見ながらやっと気付いた。
そうだ、これは礼二が欲しかった時計だった。

「これ、優香用に作ったケーキなんだけど、よかったらどうぞ。」
早苗がお茶とケーキを運んできた。
小さくて丸いケーキの上にはクリームがちょこんとのっていた。
「これ、ケーキっていうより蒸しパンじゃない?」
礼二がケーキを頬張りながら早苗に言う。
「そう、野菜入り蒸しパン。優香、ケーキって言ったら食べてくれるから、ケーキって呼んでるの、フフフ。」
早苗は優香に聞こえないように小声で言った。
珠希もそのケーキを一口食べてみる。
まずくはないが、特に美味しいわけでもなかった。手作りの味がした。
「そういえば今年のクリスマスケーキどうするんだ?」
礼二がふと思い出したように言った。
「明日ショッピングセンター行くから予約しとこうか。」
と早苗。
「そうだな。またショートケーキのでいい
んじゃないか。シンプルなのが一番美味しいからな。」
珠希も今日ケーキを予約したことを言おうとしが何という名前のケーキだったかが思い出せなかった。マロン・ア・ラ。。
名前さえ覚えられないそのケーキ。
でもなんでマロンと洋梨のケーキにしちゃったんだろう。
ひばるが栗嫌いだったらどうしよう。
珠希はマロンを選んだことを後悔し始めていた。

「タマちゃん、またクリスマスの時サンタさんとイチゴのケーキ一緒に食べようね。」
優香が無邪気にそう言った。
毎年、クリスマスは実家にみんなが集まってクリスマスケーキを食べるのが恒例となっていた。
でも今年は。。。。
「タマちゃんは24日は忙しいんじゃないかな。」
すかさず早苗が気を使って優香に言う。
「えーそうなのー!?」
優香のがっかりした表情を見て珠希は心が痛む。
彼氏とクリスマスイブを過ごすのになぜこんな罪悪感を感じなきゃいけないんだろう。

「ごめんね、優香ちゃん。今度優香ちゃんに何かクリスマスプレゼント買ってくるから。」
優香がサンタにもらうと言っていた物のうちの何かをプレゼントしよう。
「本当に?じゃあ、サンタさんにお願いするのと違うものにしてね。」
「そうだね、じゃあ、もう一回サンタさんに願いするの何だったか教えてくれる?」
「えーと、バービーファッショニスタのは、ディスコミニのやつなんだけど、トイランドには売ってないんだよね。サンタさんどこで買うのか知らないけど。あとようせいのおしろぶどうかいのはね。。。」
目を輝かせながら話す優香に相槌を打ちながら、珠希は密かにその情報を携帯にメモしていた。





しおりを挟む

処理中です...