月原さんの憑き物祓い いつ鬼

珈琲妖怪

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11.「桜の日記」

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「桜の日記」


「聖子さんの部屋を見てみたい」月原は祖母に断りを入れ、めぐみが母の部屋へ案内した。
 母はこの家に結婚するまで住んでおり、時折戻ってきて掃除をしているので、綺麗に片付いている。別に問題ないだろうと思いながら廊下を歩いていると、ある部屋の前で月原の足が止まった。
「ここは――」
 この広い家には沢山の部屋がある。中には高価な調度品が置いてある特別な客室もあり、そのいくつかは母に「入ってはいけない」と言い付けられているので、めぐみも全ての部屋を知っているわけではない。
月原が目をつけた部屋は何の変哲へんてつもない、客室の一つに見えるが、確かこの部屋も母に入ってはいけないと言われていた。
 小さな頃はその約束を破って何度か入ったこともあるが、見つかってとても怒られた記憶がある。そこは確か――
 めぐみが何かを思い出そうとしていると月原は断りもなくその扉を開けた。
「つ、月原さん! ちょっと、ここは勝手に入っちゃ駄目――」
 めぐみが言い終わる前に、月原は部屋に入ってしまった。祖母に見つかっても面倒なので、めぐみも追いかけるように部屋に入り、扉を閉めた。
「もう! 月原さんいきなり入ったら駄目だよ。ここはね、誰も使っていないけど、入っちゃ駄目ってお母さんから言われてるの!」
 抗議の声をあげるが、月原はまるで聞いておらず、部屋を眺めている。まるで何かを探しているかのようだ。
 めぐみもこの部屋に入るのは本当に久しぶりだった。最後に入ったのは小学生の時だろうか。不鮮明な記憶しか残っていないが、ベッドに本棚。そして机の上には綺麗な花が添えられた花瓶が置いている空間は、あの日見た部屋と何も変っていない気がした。
「綺麗な部屋ね」
「うん。お婆ちゃんがたまにお掃除してるんだって」
この家には使っていない部屋は無駄に多く、普段は簡単な掃除くらいしかしないと祖母が言っていた。なので、こうして部屋の中が変わっていない事は特に珍しい事ではない。
 しかし月原には疑問に思うところがあったようだ。
「……随分と綺麗ね」
「え、うん。さっきも言った通り、お婆ちゃんが――」
「誰も使っていない部屋よね」
「う、うん。お母さんの部屋はこの奥だし、お爺ちゃん達の部屋はもう通り過ぎたから。そういえばこの部屋って誰の部屋なのかな? 客室ではないし……」
「……まあ、桜さんの部屋でしょうね」
「え、そうなのかな? でも、桜叔母さんって亡くなった時中学生だったんだよ? それにしたら何と言うか……殺風景っていうのかな?」
 めぐみはあらためて部屋を見回した。机はいわゆる学習机ではなく、大人が使うような落ち着いたデザインだ。ベッドのシーツも濃いグレーだ。どちらかと言えば、男子の部屋だと思えた。唯一の女の子らしさと言えば、机に置かれた花瓶とその花だけだ。
「あらそう? 私の部屋もこんなものよ」
「え! そうなんだ……」
 めぐみの部屋はいかにも子供が使うような学習机、シーツはピンクの水玉模様。そこらじゅうにお気に入りのぬいぐるみが置かれ、本棚には少女マンガが所狭しと並んでいる。たまに遊びに行っていた友達の家も多かれ少なかれそんなものだった。しかし、良く考えれば、月原のようにシンプルな部屋を好む女子がいてもおかしくは無い。のだろうか。そんな事を考えていると、月原はおもむろに本棚に指を差した。
「……あまり漫画は読まなかったみたいね、小説ばかり。それも本格的なミステリーばっかりね。中々いい趣味してるわ」
「ええー、じゃあやっぱり叔母さんの部屋じゃないと思うよ?」
「どうして?」
「だって、中学生の子がミステリー小説なんて読むの? しかも女の子だよ?」
 めぐみは疑問をぶつけると、月原は小さく溜息をついた。
「全国のミステリー小説好きの中学生女子から怒られるような発言は止しなさい。女の子だからって少女マンガや恋愛小説ばかりって訳じゃないでしょう?」
「そうだけど……」
 発言が矢継ぎ早に否定されると、流石に面白くない。現在のところ、この部屋が叔母の桜のものであるという証拠は無い。そう月原に告げるとまた小さな溜息をついた。
「この家にはたまに来るんでしょう? 一度もこの部屋に入った事は無いの?」
「あ、あるよ……私、まだ小学生の……小さい時だったけど、こっそり入って……えっと、その椅子に座って、くるくる回っていたらお母さんに見つかって……すごく怒られたの。入っちゃ駄目だって。その時のお母さん、凄く怖くて……それからここには入ってないよ」
 普段温厚な母があれだけ怒るなんてただ事ではなかった。怒られてから祖母に泣きついたが、確かあの時も――
「そういえば、お婆ちゃんもここは入らないでって言ってた……でもなんでだろう」
「桜さんの部屋だからでしょう」
「うーん……でも分からないじゃない」
 めぐみはまだ首を傾げていたが、そんなめぐみを無視して月原は部屋にあった机の引き出しを開け始めた。
「ちょっと! だ、駄目だよ」
「ほら、あるじゃない」
 驚くめぐみに差しだされたのは、何の変哲も無い学習ノートだ。そこには当たり前のように『島岡 桜』と書かれていた。
「あ、本当だ」
「調べたらすぐに分かることじゃない。今までの問答はまるで無駄だったわね」
 月原は冷たく言い放った。
たしかにその言い分は正しい。ここが叔母の部屋なら名前を書いているものくらい探せば幾らでも出てくるだろう。しかし、めぐみにはまだ分からない事があった。
「……ここが叔母さんの部屋だって事は分かったけど、なんで私が入ったら駄目だったのかな?」
 ここが亡き叔母の部屋だとしてもだ、なぜ母はあれだけ怒ったのだろうか。めぐみはそれが不思議でたまらなかった。いつも悪さばかりしていたというのなら分かるが。小さい頃から悪戯いたずらをするタイプではなかったので余計に分からない。
「……見られたくない物があったのかも知れないわ」
「例えば?」
「そうね……人に見られたくない物の筆頭ひっとうといえば、日記じゃないかしら?」
「日記?」
「たんなる推測だけどね」
そう言うと、月原は二段目の引き出しを開けた。めぐみも一瞬止めようかと思ったが、好奇心に負けてしまった。すると、引き出しの手前の大きな無地の本が目に入った。
「これは――」
 月原はその本を取り出してから開くと、中がくり抜かれており、その中にはもう一冊本が入っていた。月原はその本を手に取った。表紙にはdiaryと書かれていた。
「それって……叔母さんの日記?」
 めぐみは思わず口にした。
「ええ、そうみたい」
「なんで分かったの?」
「そこに本棚があるのに、わざわざ大きな本を引き出しに入れないでしょう」
 めぐみは振り返って本棚を見ると、まだ何冊か本が入る余裕がありそうだ。たしかにわざわざ嵩張かさばる本を引き出しに入れるのは少しおかしく思えた。
「それにこの手の隠し方する人、意外に多いのよ」
 背中に月原の言葉を受け、また振り向く月原はその日記を開いていた。
 めぐみは思わず顔をしかめた。まさか個人の日記を勝手に読む気ではないか。それはいくらなんでも、叔母である桜に申し訳ない。

「人の、それに亡くなった人の日記を勝手に読むの?」
「見るわよ。お行儀が悪いけど」
 言葉とは裏腹に、月原に悪びれた素振りは見えない。普段温厚なめぐみもこれには黙っていられなかった。
「そ、そんな――それは駄目だよ! 叔母さんが可哀想じゃない」
 めぐみの頬は紅潮し、自然と語気も荒くなる。手も震えている。
 助けてくれている人間に対して失礼な態度なのは百も承知だ。しかし、若くして亡くなった叔母のプライベートを根掘り葉掘りするなんて出来ない。
 めぐみ自身も日記をつけているが、たとえ死んでも人には見られたくは無い。
 月原はめぐみの抗議を無視し、更に読み勧めていた。
「ちょっと! 月原さん! 私の話を――」
「島岡さん、ここに来たのは何故? 憑き物を祓うのでしょう」
 そうだ、憑き物を祓うのだ。それに桜の日記が何故関係するのだ。確かに無念の死であっただろう。しかし、それで姉である母や、祖父母に危害を加えるほど恨むなんてめぐみには信じられない。
「そうだよ、憑き物祓いの為だよ。それは分かってる! でも叔母さんが――お母さんを恨んでるなんて」
「それを調べているのよ」
 月原は次々とページを捲っていく。
「――疑ってるんだ、叔母さんの事」
 自分の身内同士で、憎しみあう。考えただけでもぞっとする。違う、そんな事は無い――。そう答えて欲しい
「可能性の一つよ」
 しかし、月原の答えは容赦ようしゃが無い。まだ可能性の一つ、とにごしてくれているのだろうか。
「叔母さんはもう、ずっと前に亡くなってるんだよ」
「ずっと想いを残し続けていて、何かのきっかけで最近憑き物になった可能性もあるわね」
「そ、そんな――」

 めぐみはこれ以上言葉が出てこない。頭の中は嫌な、悲しい思いで絡み合っている。
 母と叔母がいがみ合っていた、もしくは、叔母が一方的に母を恨んでいた、とでも思っているのだろうか。そうでないと、個人の日記をああも堂々と、身内であるめぐみの前で読めはしないだろう。
 謎だらけで近寄りがたいが、クラスメイトというだけで、自分には関係ないのに助けようとしてくれている。そんな優しい一面もある。そう思っていた。しかし、故人の気持ちも考えず、必要だからと、日記をめくっていくその姿は
「――冷たいよ」
 おもわずめぐみは呟いていた。
 命が掛かっている。どんな可能性でも潰していかなければならない。そんな事は分かっている。自分が甘いこと言い、月原の行動のほうが正しい。
 そう思いながらも、めぐみは言わずにはおれなかった。

 月原は日記から目線を外し、めぐみを見て口を開いた。
「そうね」
 月原の声につられ、顔を上げためぐみの瞳には、少し微笑んでいるような、悲しんでいるような。それでいてどこか優しい、月原の表情が映った。

「ごめんなさいね。確かに私は冷たいのかもしれない」
 そっと、月原は呟いた。
「でも、私はたとえ桜さんに、あなたにどう思われても構わない。たとえ冷たいと思われ、軽蔑けいべつされようとも、やらなければならないと思ったらやる――覚悟しているから」 
 その言葉にめぐみは何も言えなかった。きっと月原も、人とは違う事で沢山辛い目や悲しい目に合ったのだろう。それを乗り越えてきたから、きっと覚悟と口に出来るのだ。
 ぬるま湯のような世界でしか生きていない、自分とは違う。助けた人に冷たいなどと非難されてたら――
「――ごめんなさい」
 めぐみの口から、自然と言葉が零れた。
「私やお母さんの為に頑張ってくれてるのに、酷いこと言って……ごめん」
 うつむいて、一言ずつ、しぼり出していった。
「いいのよ」
 良くない。悪いのは、ここまで来て、何の覚悟も無い自分なのだから。
 めぐみはもう一度、しっかりと月原の目を見て謝ろうと顔を上げると――
「構わず読んでるから」
 月原はさも当然の如く再び日記を読んでいた。
 唖然あぜんとするめぐみは、なんと言っていいか分からないが、何か言わなければ。そう思い、口を開こうとすると、突然月原の手が止まった。
 日記のある一文に目が留まったようだ。
「ど、どうしたの、何か――」
 月原はその一文に指を指し、めぐみの眼前に突きつけた。
『雅史君はお姉ちゃんの事が好きみたい。私じゃなくて、お姉ちゃん。お姉ちゃんなんて死んじゃえ』
 めぐみの言葉は胃に落ち、消えていった。
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