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17.「大丈夫」
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「大丈夫」
いつ鬼を祓うことに失敗したが、めぐみ達を守ろうとする何者かの存在を知ることになった。しかし、もうその存在を探し当てるような時間的な猶予は無い。
「今回失敗した事で、想いがより強く、大きくなったわ」
「ごめんね。私のせいで」
「あなたのせいと決まったわけではないわ」
「これからどうなるの?」
月原は少し俯く。何か考えているようだ。恐らく良いことではないだろう。
「教えて、どんな事でも知らないよりは知ってるほうがマシだよ」
月原は溜息をついて口を開いた。
「あんな事になったばかりなのに、以外にタフね」
めぐみも自分が妙に落ち着いている事は気付いている。なぜかと言われると、分からないが――
いや、覚えていないのか。何かを思い出しそうだが、その記憶は浮いては沈んでしまう。
「うーん……タフって訳じゃないけど。何でか分からないけど、何か――」
歯切れの悪い返答しか出来ないが、月原は構わず続けた。
「――想いが強くなると、いつ鬼の力も増すわ。これまで以上に強力に、そして狡猾な手を使って首を吊らせようとしてくるわ。一旦良くなったと見せかけて、拘束を解かせるなんて手の込んだことは力を持たないと出来ないわ」
「じゃあ、これまで以上にお母さんが危ないってことだよね」
「それだけじゃなくて、あなたもね。今は強力なお札が守っているけど、どれだけ持つのかは正直分からないわ。それにあなたを守った蝶化身も、いつ鬼が抑えてしまったようだし、期待もできないわ」
それは何となく分かっていた。今のめぐみは憑き物の気配をこれまで以上に強く感じることが出来た。
きっと、この気配は自分を殺すものだろう。
そして、何より、先程の母の言葉
「家族を皆殺しにしてやる――」
めぐみは小さく呟いた。
皆殺し。そうだ、叔母の望みは家族全員の死。最早、最初から交渉の余地などなかったのだろう。中学生で亡くなった叔母の前に、高校生になれた自分が無神経にも出てしまった。きっと、恨めしかっただろう。
月原に任せておけば状況は違ったのだろうか。しかし、もう済んでしまったことだ。自分で犯した過ちの責任は自分で取らなければいけない。
「家族全員の死。それが願いなら、あなたと、お父さんやおじい様達も危ないわ。どれだけ強く影響がでるか分からないから」
家族全員が危ない。自分のせいで――
自分でどうにかしないと――
「――島岡さん、聞いてる?」
月原の声にはっと我に返り、曖昧な返事をするが、すでにめぐみの気持ちは固まっていた。自分が状況を悪化させたのだから、責任を取る。
たとえ、どんな事がおきようとも。
「ねえ、月原さん。とりあえず、お父さんとおじいちゃん達に、お札を渡してあげてもいい? まだお母さんや私ほど影響が出てないならお札があれば当分は大丈夫だよね」
「そうね。分かったわ」
月原がお札を用意していると、扉をノックする音がした。月原が扉のほうへ向かおうとしたが、めぐみはベッドを素早く降りて扉を開いた。
ノックの主は父でも看護師でもなく、祖母だった。
「おばあちゃん……」
言うやいなや、祖母はめぐみを強く抱きしめた。
「めぐちゃん。大変だったね」
その声は震えていた。
「ううん。私は大丈夫――私は大丈夫だから――」
暫くすると、父と祖父も病室へやってきた。
祖父は心配そうな表情をして、めぐみを抱きしめるが、あまりにも強く抱くので思わず咳き込んでしまった。
空元気だが、もう大丈夫とその場で飛び跳ねて見せると、祖父と祖母もようやく安心した表情を浮かべた。
いつまでもベッドを借りているわけにもいかないので帰る準備をしていると、不意に父のスマートフォンから着信音がした。
「おとうさん! 病院はマナーモードだよ」
「す、すまん。会社からだ。お義父さん、お義母さん、ちょっとすいません」
そういうと父は病室から出て行ってしまった。
「休みなのに大変だね」
「おう、何でも同じ部署の人間が急に辞めたって聞いたぞ?」
「お爺さん、こんな時にする話じゃないでしょ」
祖母が諫め、話は途切れてしまった。そんなやり取りをしていると父が戻ってきたが「急に会社に呼び出されて」とすまなそうな顔をしていた。
「それなら俺が送ってやるよ、幸一君は会社に戻りなさい」
「――すいません、お義父さん。めぐみをよろしくお願いします」
深々と礼をすると父は病室を出て行った。その姿を見送っためぐみ達も帰り支度を始めた。
「めぐみちゃん、今日は色々あったから一旦私達の家にいらっしゃい」
「そうだ、ぶっ倒れたんだからな。幸一君が戻るまで家で休んでいきな」
祖父母の申し出はありがたいが、これ以上自分といると憑き物の影響を強く受けてしまうかもしれない。そう思い、断ろうとしたが、先に月原が口を出した。
「島岡さん、私もそうするべきだと思うわ」
「でも――うん。じゃあお願いしようかな」
月原が行くべきと言うのだ。恐らくいつ鬼が直接憑いていない自分から祖父達に影響を及ぼすことは無いのだろう。それに魔除けのお札を貼って――
そうだ、父にお札を渡し忘れていた。しかし、父からは憑き物の気配を感じることは無かった。叔母からすると、父は身内とはいえ赤の他人だ。きっと後回しなのだろう。強い気配は分かるが、弱い気配までは感じることが出来ないが、どのみち今のところは大丈夫だろう。
それに強い気配を感じたなら月原が渡すだろうが、父が出て行ったとき、引きとめようとはしていなかった。
それよりも、祖父母にいつ鬼の気配が漂い始めていることが気がかりだった。
「おじいちゃん、おばあちゃん。あのね、月原さんも一緒でいい?」
「あら、そういえばどうして月原さんがここにいるの?」
祖母の疑問ももっともだ。しかしその疑問は自分ではなくきっと月原が
「おばさんにはお世話になったので、是非一緒にお見舞いに行きたいとお願いしたんです。勝手な事をして申し訳ありませんでした」
期待通り素知らぬ顔で誤魔化した。
「いやいや、いいんだよ。聖子も喜んでるよ。な、婆さん」
祖父はあっさりと信じたが、祖母は少し複雑な表情をしていたが、それ以上追求も無かった。
祖父の家に着いた頃には日も傾き始めていた。
戻ると祖母は食事の準備をし、祖父は少し用事だと出かけていってしまった。
月原は用意した魔除けの札をダイニングテーブルの下や祖父母の寝室の掛け軸の裏など気付かれにくいが、滞在する時間の長いところに貼って回った。
札を貼ると、文字がほんの僅かに薄くなる。まだ気配が弱い証拠だと月原は言った。
一通り作業を済ませると、ふと桜の部屋の前でめぐみの足が止まった。
「どうしたの」
月原の問いにめぐみは答えられない。ただ、この部屋に呼ばれているような気がする。
いつ鬼の本体、叔母の桜の部屋だ。普段のめぐみならもう入りたくない、と思うのだろう。
しかし、めぐみは不思議な引力にひかれるように扉を開けた。
自分でも何故こんな事を。もう、この部屋に入っても何も無いのに。しかしどうしてもこの部屋に入りたい、いや入らなければ――
そう考えていると、月原がやさしくめぐみの肩に手置いた。
「――何か、あるのね。入りたいと思う、あなたの想いが」
「――そうだね。もう、何も無いのに。叔母さんの、願いも聞いたのに。入る必要なんて無いのに。どうしてかな」
「さあ、それは分からないわ」
いつもの月原だ。分からない事は分からない、知らない事は知らない。しかし
「だから、一緒に行きましょう。分からない事を、知らない事を知る為に」
その月原の言葉を受け、めぐみは静かに扉を開いた。
いつ鬼を祓うことに失敗したが、めぐみ達を守ろうとする何者かの存在を知ることになった。しかし、もうその存在を探し当てるような時間的な猶予は無い。
「今回失敗した事で、想いがより強く、大きくなったわ」
「ごめんね。私のせいで」
「あなたのせいと決まったわけではないわ」
「これからどうなるの?」
月原は少し俯く。何か考えているようだ。恐らく良いことではないだろう。
「教えて、どんな事でも知らないよりは知ってるほうがマシだよ」
月原は溜息をついて口を開いた。
「あんな事になったばかりなのに、以外にタフね」
めぐみも自分が妙に落ち着いている事は気付いている。なぜかと言われると、分からないが――
いや、覚えていないのか。何かを思い出しそうだが、その記憶は浮いては沈んでしまう。
「うーん……タフって訳じゃないけど。何でか分からないけど、何か――」
歯切れの悪い返答しか出来ないが、月原は構わず続けた。
「――想いが強くなると、いつ鬼の力も増すわ。これまで以上に強力に、そして狡猾な手を使って首を吊らせようとしてくるわ。一旦良くなったと見せかけて、拘束を解かせるなんて手の込んだことは力を持たないと出来ないわ」
「じゃあ、これまで以上にお母さんが危ないってことだよね」
「それだけじゃなくて、あなたもね。今は強力なお札が守っているけど、どれだけ持つのかは正直分からないわ。それにあなたを守った蝶化身も、いつ鬼が抑えてしまったようだし、期待もできないわ」
それは何となく分かっていた。今のめぐみは憑き物の気配をこれまで以上に強く感じることが出来た。
きっと、この気配は自分を殺すものだろう。
そして、何より、先程の母の言葉
「家族を皆殺しにしてやる――」
めぐみは小さく呟いた。
皆殺し。そうだ、叔母の望みは家族全員の死。最早、最初から交渉の余地などなかったのだろう。中学生で亡くなった叔母の前に、高校生になれた自分が無神経にも出てしまった。きっと、恨めしかっただろう。
月原に任せておけば状況は違ったのだろうか。しかし、もう済んでしまったことだ。自分で犯した過ちの責任は自分で取らなければいけない。
「家族全員の死。それが願いなら、あなたと、お父さんやおじい様達も危ないわ。どれだけ強く影響がでるか分からないから」
家族全員が危ない。自分のせいで――
自分でどうにかしないと――
「――島岡さん、聞いてる?」
月原の声にはっと我に返り、曖昧な返事をするが、すでにめぐみの気持ちは固まっていた。自分が状況を悪化させたのだから、責任を取る。
たとえ、どんな事がおきようとも。
「ねえ、月原さん。とりあえず、お父さんとおじいちゃん達に、お札を渡してあげてもいい? まだお母さんや私ほど影響が出てないならお札があれば当分は大丈夫だよね」
「そうね。分かったわ」
月原がお札を用意していると、扉をノックする音がした。月原が扉のほうへ向かおうとしたが、めぐみはベッドを素早く降りて扉を開いた。
ノックの主は父でも看護師でもなく、祖母だった。
「おばあちゃん……」
言うやいなや、祖母はめぐみを強く抱きしめた。
「めぐちゃん。大変だったね」
その声は震えていた。
「ううん。私は大丈夫――私は大丈夫だから――」
暫くすると、父と祖父も病室へやってきた。
祖父は心配そうな表情をして、めぐみを抱きしめるが、あまりにも強く抱くので思わず咳き込んでしまった。
空元気だが、もう大丈夫とその場で飛び跳ねて見せると、祖父と祖母もようやく安心した表情を浮かべた。
いつまでもベッドを借りているわけにもいかないので帰る準備をしていると、不意に父のスマートフォンから着信音がした。
「おとうさん! 病院はマナーモードだよ」
「す、すまん。会社からだ。お義父さん、お義母さん、ちょっとすいません」
そういうと父は病室から出て行ってしまった。
「休みなのに大変だね」
「おう、何でも同じ部署の人間が急に辞めたって聞いたぞ?」
「お爺さん、こんな時にする話じゃないでしょ」
祖母が諫め、話は途切れてしまった。そんなやり取りをしていると父が戻ってきたが「急に会社に呼び出されて」とすまなそうな顔をしていた。
「それなら俺が送ってやるよ、幸一君は会社に戻りなさい」
「――すいません、お義父さん。めぐみをよろしくお願いします」
深々と礼をすると父は病室を出て行った。その姿を見送っためぐみ達も帰り支度を始めた。
「めぐみちゃん、今日は色々あったから一旦私達の家にいらっしゃい」
「そうだ、ぶっ倒れたんだからな。幸一君が戻るまで家で休んでいきな」
祖父母の申し出はありがたいが、これ以上自分といると憑き物の影響を強く受けてしまうかもしれない。そう思い、断ろうとしたが、先に月原が口を出した。
「島岡さん、私もそうするべきだと思うわ」
「でも――うん。じゃあお願いしようかな」
月原が行くべきと言うのだ。恐らくいつ鬼が直接憑いていない自分から祖父達に影響を及ぼすことは無いのだろう。それに魔除けのお札を貼って――
そうだ、父にお札を渡し忘れていた。しかし、父からは憑き物の気配を感じることは無かった。叔母からすると、父は身内とはいえ赤の他人だ。きっと後回しなのだろう。強い気配は分かるが、弱い気配までは感じることが出来ないが、どのみち今のところは大丈夫だろう。
それに強い気配を感じたなら月原が渡すだろうが、父が出て行ったとき、引きとめようとはしていなかった。
それよりも、祖父母にいつ鬼の気配が漂い始めていることが気がかりだった。
「おじいちゃん、おばあちゃん。あのね、月原さんも一緒でいい?」
「あら、そういえばどうして月原さんがここにいるの?」
祖母の疑問ももっともだ。しかしその疑問は自分ではなくきっと月原が
「おばさんにはお世話になったので、是非一緒にお見舞いに行きたいとお願いしたんです。勝手な事をして申し訳ありませんでした」
期待通り素知らぬ顔で誤魔化した。
「いやいや、いいんだよ。聖子も喜んでるよ。な、婆さん」
祖父はあっさりと信じたが、祖母は少し複雑な表情をしていたが、それ以上追求も無かった。
祖父の家に着いた頃には日も傾き始めていた。
戻ると祖母は食事の準備をし、祖父は少し用事だと出かけていってしまった。
月原は用意した魔除けの札をダイニングテーブルの下や祖父母の寝室の掛け軸の裏など気付かれにくいが、滞在する時間の長いところに貼って回った。
札を貼ると、文字がほんの僅かに薄くなる。まだ気配が弱い証拠だと月原は言った。
一通り作業を済ませると、ふと桜の部屋の前でめぐみの足が止まった。
「どうしたの」
月原の問いにめぐみは答えられない。ただ、この部屋に呼ばれているような気がする。
いつ鬼の本体、叔母の桜の部屋だ。普段のめぐみならもう入りたくない、と思うのだろう。
しかし、めぐみは不思議な引力にひかれるように扉を開けた。
自分でも何故こんな事を。もう、この部屋に入っても何も無いのに。しかしどうしてもこの部屋に入りたい、いや入らなければ――
そう考えていると、月原がやさしくめぐみの肩に手置いた。
「――何か、あるのね。入りたいと思う、あなたの想いが」
「――そうだね。もう、何も無いのに。叔母さんの、願いも聞いたのに。入る必要なんて無いのに。どうしてかな」
「さあ、それは分からないわ」
いつもの月原だ。分からない事は分からない、知らない事は知らない。しかし
「だから、一緒に行きましょう。分からない事を、知らない事を知る為に」
その月原の言葉を受け、めぐみは静かに扉を開いた。
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