月原さんの憑き物祓い いつ鬼

珈琲妖怪

文字の大きさ
17 / 30

17.「大丈夫」

しおりを挟む
「大丈夫」

 いつ鬼をはらうことに失敗したが、めぐみ達を守ろうとする何者かの存在を知ることになった。しかし、もうその存在を探し当てるような時間的な猶予ゆうよは無い。

「今回失敗した事で、想いがより強く、大きくなったわ」
「ごめんね。私のせいで」
「あなたのせいと決まったわけではないわ」
「これからどうなるの?」
 月原は少しうつむく。何か考えているようだ。恐らく良いことではないだろう。
「教えて、どんな事でも知らないよりは知ってるほうがマシだよ」
 月原は溜息ためいきをついて口を開いた。
「あんな事になったばかりなのに、以外にタフね」
 めぐみも自分が妙に落ち着いている事は気付いている。なぜかと言われると、分からないが――
 いや、覚えていないのか。何かを思い出しそうだが、その記憶は浮いては沈んでしまう。

「うーん……タフって訳じゃないけど。何でか分からないけど、何か――」
 歯切れの悪い返答しか出来ないが、月原は構わず続けた。
「――想いが強くなると、いつ鬼の力も増すわ。これまで以上に強力に、そして狡猾こうかつな手を使って首を吊らせようとしてくるわ。一旦良くなったと見せかけて、拘束こうそくかせるなんて手の込んだことは力を持たないと出来ないわ」
「じゃあ、これまで以上にお母さんが危ないってことだよね」
「それだけじゃなくて、あなたもね。今は強力なお札が守っているけど、どれだけ持つのかは正直分からないわ。それにあなたを守った蝶化身ちょうけしんも、いつ鬼が抑えてしまったようだし、期待もできないわ」
 それは何となく分かっていた。今のめぐみは憑き物の気配をこれまで以上に強く感じることが出来た。
 きっと、この気配は自分を殺すものだろう。
 そして、何より、先程の母の言葉
「家族を皆殺しにしてやる――」
 めぐみは小さく呟いた。
 皆殺し。そうだ、叔母の望みは家族全員の死。最早もはや、最初から交渉の余地などなかったのだろう。中学生で亡くなった叔母の前に、高校生になれた自分が無神経にも出てしまった。きっと、恨めしかっただろう。
 月原に任せておけば状況は違ったのだろうか。しかし、もう済んでしまったことだ。自分で犯した過ちの責任は自分で取らなければいけない。
「家族全員の死。それが願いなら、あなたと、お父さんやおじい様達も危ないわ。どれだけ強く影響がでるか分からないから」
 家族全員が危ない。自分のせいで――
 自分でどうにかしないと――
「――島岡さん、聞いてる?」
 月原の声にはっと我に返り、曖昧あいまいな返事をするが、すでにめぐみの気持ちは固まっていた。自分が状況を悪化させたのだから、責任を取る。
 たとえ、どんな事がおきようとも。
「ねえ、月原さん。とりあえず、お父さんとおじいちゃん達に、お札を渡してあげてもいい? まだお母さんや私ほど影響が出てないならお札があれば当分は大丈夫だよね」
「そうね。分かったわ」

 月原がお札を用意していると、扉をノックする音がした。月原が扉のほうへ向かおうとしたが、めぐみはベッドを素早く降りて扉を開いた。
 ノックの主は父でも看護師でもなく、祖母だった。
「おばあちゃん……」
 言うやいなや、祖母はめぐみを強く抱きしめた。
「めぐちゃん。大変だったね」
 その声は震えていた。
「ううん。私は大丈夫――私は大丈夫だから――」


 しばらくすると、父と祖父も病室へやってきた。
 祖父は心配そうな表情をして、めぐみを抱きしめるが、あまりにも強く抱くので思わずき込んでしまった。
 空元気だが、もう大丈夫とその場で飛び跳ねて見せると、祖父と祖母もようやく安心した表情を浮かべた。
 いつまでもベッドを借りているわけにもいかないので帰る準備をしていると、不意に父のスマートフォンから着信音がした。

「おとうさん! 病院はマナーモードだよ」
「す、すまん。会社からだ。お義父さん、お義母さん、ちょっとすいません」
 そういうと父は病室から出て行ってしまった。
「休みなのに大変だね」
「おう、何でも同じ部署の人間が急に辞めたって聞いたぞ?」
「お爺さん、こんな時にする話じゃないでしょ」
 祖母がいさめ、話は途切れてしまった。そんなやり取りをしていると父が戻ってきたが「急に会社に呼び出されて」とすまなそうな顔をしていた。
「それなら俺が送ってやるよ、幸一君は会社に戻りなさい」
「――すいません、お義父さん。めぐみをよろしくお願いします」
 深々と礼をすると父は病室を出て行った。その姿を見送っためぐみ達も帰り支度じたくを始めた。
「めぐみちゃん、今日は色々あったから一旦私達の家にいらっしゃい」
「そうだ、ぶっ倒れたんだからな。幸一君が戻るまで家で休んでいきな」
 祖父母の申し出はありがたいが、これ以上自分といると憑き物の影響を強く受けてしまうかもしれない。そう思い、断ろうとしたが、先に月原が口を出した。
「島岡さん、私もそうするべきだと思うわ」
「でも――うん。じゃあお願いしようかな」
 月原が行くべきと言うのだ。恐らくいつ鬼が直接憑いていない自分から祖父達に影響を及ぼすことは無いのだろう。それに魔除けのお札を貼って――

 そうだ、父にお札を渡し忘れていた。しかし、父からは憑き物の気配を感じることは無かった。叔母からすると、父は身内とはいえ赤の他人だ。きっと後回しなのだろう。強い気配は分かるが、弱い気配までは感じることが出来ないが、どのみち今のところは大丈夫だろう。
 それに強い気配を感じたなら月原が渡すだろうが、父が出て行ったとき、引きとめようとはしていなかった。
 それよりも、祖父母にいつ鬼の気配が漂い始めていることが気がかりだった。
「おじいちゃん、おばあちゃん。あのね、月原さんも一緒でいい?」
「あら、そういえばどうして月原さんがここにいるの?」
 祖母の疑問ももっともだ。しかしその疑問は自分ではなくきっと月原が
「おばさんにはお世話になったので、是非一緒にお見舞いに行きたいとお願いしたんです。勝手な事をして申し訳ありませんでした」
 期待通り素知らぬ顔で誤魔化した。
「いやいや、いいんだよ。聖子も喜んでるよ。な、婆さん」
 祖父はあっさりと信じたが、祖母は少し複雑な表情をしていたが、それ以上追求も無かった。
 祖父の家に着いた頃には日も傾き始めていた。
 戻ると祖母は食事の準備をし、祖父は少し用事だと出かけていってしまった。
 月原は用意した魔除けの札をダイニングテーブルの下や祖父母の寝室の掛け軸の裏など気付かれにくいが、滞在する時間の長いところに貼って回った。
 札を貼ると、文字がほんのわずかに薄くなる。まだ気配が弱い証拠だと月原は言った。
 一通り作業を済ませると、ふと桜の部屋の前でめぐみの足が止まった。
「どうしたの」
 月原の問いにめぐみは答えられない。ただ、この部屋に呼ばれているような気がする。
 いつ鬼の本体、叔母の桜の部屋だ。普段のめぐみならもう入りたくない、と思うのだろう。
 しかし、めぐみは不思議な引力にひかれるように扉を開けた。
 自分でも何故こんな事を。もう、この部屋に入っても何も無いのに。しかしどうしてもこの部屋に入りたい、いや入らなければ――
 そう考えていると、月原がやさしくめぐみの肩に手置いた。
「――何か、あるのね。入りたいと思う、あなたの想いが」
「――そうだね。もう、何も無いのに。叔母さんの、願いも聞いたのに。入る必要なんて無いのに。どうしてかな」
「さあ、それは分からないわ」
 いつもの月原だ。分からない事は分からない、知らない事は知らない。しかし
「だから、一緒に行きましょう。分からない事を、知らない事を知る為に」
 その月原の言葉を受け、めぐみは静かに扉を開いた。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく… なお、スピンオフもございます。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...