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しおりを挟むニールが自宅に帰ってから、三日が経つ頃には、他に十数名の婚約破棄が行われていた。
寮に戻るリトは、やはりルーベルトからの贈り物が無い事に胸を痛めたが、どこかで少しホッとしていた。
「リト様、ご実家からお手紙が届いております」
「ありがとうございます」
速達だと分かるシーリングスタンプに、これは兄への贈り物の礼では無いだろうと悟る。
「…リト」
「大丈夫だよ。さ、部屋に戻ろう」
サランにも手紙は届いておらず、サランも日に日に覚悟を決めていた。
部屋に戻りペーパーナイフで封筒を開くと、一枚だけ便箋が入っている。
『王家よりルーベルト殿下との婚約破棄の通知があった。リトは悪く無いので、気にせずに。そのまま卒業したら実家に帰って来れば良い。今後はルーベルト殿下からの誘いも全てお断りして良い。もしも何か不要な事を言ってくる輩がいたら、教えて欲しい。私達は君を心から愛しているよ。
家族より』
殴り書きの様な文章だが、リトへの愛情は十分に感じられる。
「ふふ。母様らしいな」
文章だけの、家族同士で取り決められたであろう婚約破棄の通達。
それでも気落ちしないのは、どこかで諦めていた事と、どこかで期待していたのだろう。
「…リト?」
「あぁ、婚約破棄が決まったそうだ。…家族からの手紙で終わるなんて、周りの方々はまだ紳士的だよね」
ついルーベルトへの嫌味が出てしまうが、これくらいは許して欲しい。
無言でサランに抱き締められ、リトは抱き締め返す。
今後の事は不安だが、どこか開放的な気持ちになったのは、自覚していた。
思いやりも感じられず、虚無的なルーベルトとの結婚生活に、希望など無かったのだ。
「リト。必ず君は幸せになるよ。ルーベルト殿下なんかよりもっとずっと、良い人がいるはずだもの」
「ふふ。サランったら、不敬だよ」
「良いんだよ。見た目はいいかも知れないし、妾妃様の息子だからと自分を卑下してるのは同情するけど、婚約者を大事にしない男は尊敬に値しないもの」
自分の為に怒ってくれる友人がいるのは、幸せな事だろう。
そう思っていると、マーチがニールの帰寮を知らせに来る。
急足で部屋へ向かうと、お茶会の友人達も集まっていた。
「皆、心配を掛けましたね」
「ニール」
自宅へ帰り、話し合いが終わったと言うニールの顔は、とても晴れ晴れとしていた。
婚約破棄を告げられ、悲観していた姿はそこには無い。
「家族と話し合い、私は中央神殿へ行く事に決めました」
「中央神殿!?」
周りが騒つくが、ニールはどこか吹っ切れている様に話し出した。
「本来は王都の教会も考えたんだけれど、父方の叔父が私と同じ黒髪黒目で、南神殿で神官をしているんだ。今回の召喚で王都に滞在されていて、今回の婚約破棄の件で、神殿へ誘ってくださったんだ」
「ニールはそれで良いの?」
サランが聞くと、ニールは笑顔で頷く。
「私を時期当主にと言う声もやはりあったけれど、今まで兄が培ってきた物を無かった事にする訳にはいかないし、公爵家からの婚約がなければ神職を考えていたんだ。私は人よりも魔力があるからね。祈りの力は本来なら神殿や教会で使うべきだと思う」
確かにニールの魔力の高さは知られている。
神殿へ行けば、すぐに高位神官が約束されるだろう。
堅実質素な生活になるが、毎日祈りを捧げて奉仕作業を繰り返す生活ではなく、きちんと休みもある。
王都に比べたら少ないが報酬はあるし、全てが規制される生活になる訳では無いのだ。
「…正直、今まで頑張ってきたものが無碍にされたという気持ちはあるけれど、それ以上に解放された気持ちの方が強くて。皆とのお茶会は楽しかったけど、このまま結婚して貴族の世界に飛び込むのは杞憂だったんだ。神殿の生活は華やかでは無いし、大変な事も多いだろうけど、頑張ってみるよ。もし、婚約破棄をされて行き場が無いと言う人が居たら、神殿行きも考えてみて欲しい」
ハツラツとした笑顔のニールに、皆も希望の光を見た様だ。
ニールは成績も優秀であったし、卒業資格は満たしていると言うことで、このまま卒業式には参加せずに神殿へ入ると言う。
少しでも学び、早く一人前の神職者になるんだと、ニールは言った。
「それにもし、アンドリュー様が聖者様に振られてしまって、またこちらにとなったら嫌だろう?早めに王都を離れて、神殿に根を張ろうと思うんだ」
イタズラっぽく笑うニールは、強がりではなく本気だと分かる。
「…ニール。私は癒しの力くらいしか無いけれど、神殿でやっていけるだろうか」
リトがポツリと呟くと、一瞬で視線が集まる。
「どう言う事!?まさかあの王子!?」
「いや、実家から婚約破棄の知らせの手紙が来たんだ。ルーベルト様とはお会いしていない」
「信じられない…」
ニールはすぐに怒りの表情になり、周りの友人達も憤怒した。
「いくら妾妃様のご子息で継承権が低いとは言え、リト様を婚約者にだなんてこれ以上の待遇は無いでしょうに!」
「そうですよ!あのお方は、もっとリト様を大事になさるべきだったのに!」
マーチ達も憤り、特にニールとサランは激怒していた。
「リトを侮辱するのもいい加減にして欲しいね。殿下だからって、婚約者を蔑ろにして恥ずかしくないのかな。アンドリュー様でさえ本人が謝罪に来たって言うのに」
「本当だよね!今回婚約破棄をするような貴族や王族を、聖者様が選ぶはずが無いよ!…リトも神殿を考えてるの?リトの癒しの力なら、十分重宝されると思うけど…」
サランの言葉に、リトは悩んでいると正直に話す。
「王都を離れた事が無いから…。ニールの強さに心動かされたよ。家族は私に責任は無いから、卒業したら帰って来れば良いとあったけれど、王都に居たらまた縁談が来るかもしれないでしょう?それなら、私も新しい環境に飛び込んでみようかと思ったんだ」
そう言いながら、リトは胸が弾む気持ちになっていた。
こんな気持ちは久しぶりだ。
その表情を見て、サランは少し寂しそうな顔をしたが、友人の新しい可能性を喜んだ。
「リトなら、きっと素晴らしい神官になるよ。癒しの力は十分だしね。もしその気があったら、神殿に来る時に私を訪ねて欲しい。後からくる仲間達が快く迎え入れて貰える様に、私が見本となって働くよ」
ニールの言葉に、婚約破棄に怯えていた周りの空気も明るくなる。
ニールなら、きっと素晴らしい働きで迎え入れられるだろう。
一つの行き先に、頼もしい存在が出来ると言う事だっだ。
「…私も、神殿に入る事になったんです」
マーチが、おずおずと話し始める。
「え!?まさかガン様…」
「いいえ!…ガン様は私を選んでくださいました。…お家は、弟君にお譲りになって、神殿騎士団に志願されるそうです。私は、神殿の食事担当を希望しました」
マーチの発表に、皆が祝福する。
婚約破棄が続いた中では、言い出しにくかっただろうと、ニールに労られ、マーチは嬉し泣きの顔になる。
やはりガンは婚約破棄を親に迫られ、拒否してマーチへの愛を貫いた。
爵位を捨てる選択をしたのだ。
「ガン様ったら思い切ったね!」
「ああ、でもこれで、一つ良い例が出来たと思うよ。神殿騎士団と神殿の職員の夫夫は多いし、こうやって愛を貫いて王都を離れる決意をしたガン様は立派だよ。神殿騎士団は大変だとは思うけど、それを近くで支えるんだね」
マーチも、卒業を待たずに神殿へ移る事が決まったと言う。
卒業資格もあるので、このまま卒業し、すぐにガンと夫夫になって神殿近くに暮らすと言う。
神殿には独身者用の寮が用意されており、夫夫になると近くに家を持つ事を許されている。
「私は神殿の寮を手配して貰ったんだ。狭いけれど神殿勤めなら物も必要ないし、基本的に一人部屋が用意されているから。そうか、マーチが食事担当になるのなら、神殿の生活が楽しみになってきたよ」
ニールの軽口に、周りが和やかな空気になって行く。
そうか、新しい人生の新しい選択肢が増えるって、こんなに胸が躍るのか。
少しずつ、自分の感情を抑えて生きてきたリトは、それが解放されて行く様な感情に戸惑いつつも、嬉しく思った。
「…僕も行く」
拗ねた様にポツリと呟くサランに、周りは苦笑する。
「こらこら。サランは婚約破棄されていないだろう?」
「時間の問題だよ。召喚があってから、手紙も贈り物も無いもの」
「え!?」
いつもサランにデレデレして甘いあのベルが、という顔でニールは驚いた。
「僕も、婚約破棄は怖いと思っていたけど。そんな事無いなって分かった。もしベル様が婚約破棄の話をしにきたら、泣かずにしっかり受け止めて、僕からお別れを言ってやろうって決めたよ」
「サランったら。気が早いよ…。そうだね、その時はリトと一緒にいらっしゃい。私達が待ってるよ」
「うん。まぁ、ギル様の性格を考えたら、すぐに聖者様のお相手が見つかるのではと思って僕をキープしてるんだろうなって思うよ。連絡や贈り物が無いのも、自分の都合の良い様に動けるからだろうよ。だから婚約解消は卒業ギリギリまで待ちそうだなって。聖者様が王都に住われるのか、神殿か。まだ分からないしね。僕が卒業するまでに決まったら良いんだけどな」
サランの現実的な考えに、リトとニールは顔を見合わせる。
サランは一番可愛らしい容姿だが、こう言った割り切りの良さは一番かもしれない。
その後、リトとサランは魔力を込めた宝石と、刺繍を施したハンカチを周りに配る。
「少しでも、ニールとサランを。僕達を守ってくれます様に」
リトの宝石は一つずつだったが、サランはそれぞれに二枚ずつと、ニールには五枚もハンカチを用意していた。
「こんなに?大変だっただろう?」
「気が紛れるからってやり過ぎちゃった。加護もしっかり付与したから。マーチは是非ガン様と使って欲しい」
それぞれにお礼を言い、ニールは明日にでも出発すると支度に入る。
「寂しくなるね」
誰かが呟いた言葉に、皆が頷いていた。
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