婚約破棄されましたが聖者様は多分悪くありません

叶伴kyotomo

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「わぁ。中央神殿って本当に綺麗だね」

「素晴らしいね。周りの木々も輝いてる」

王都からの馬車を降り、リトとサランは神殿の前に立っていた。

「お荷物はこれだけでしょうか?」

御者に聞かれ、二人はそうですと小さな旅行カバンを受け取る。

サランは、少し細工の豪華な裁縫箱も持っている。

聖者が召喚されてから、一ヶ月が経ち、半月後には卒業を迎える日。

寮に、サランの婚約者であるベルが約束無しに訪ねて来た。

サランは少し顔を強張らせていたが、すぐに応接室へ通す。

「…リト。僕行ってくるね」

「うん。頑張って」

そう言って部屋を出てから、十五分もしないでサランは部屋へ帰って来たのだ。

悲しそうな表情は微塵も無く、とても晴れ晴れとしていた。

予想通り、ベルはサランへ婚約破棄の報告にやって来た。

サランの考えた通り周りの様子を伺っていた様で、まだ婚約者が決まらない聖者に希望を持った様だった。

召喚の日、ベルは人目につかない様に、周りを警戒して隠れて護衛する役目だったのだが、聖者の美しさに心を奪われてしまっていた。

それでも、先に婚約破棄して別の相手を選ばれてしまったらサランまで失うからと、打算的に動いていたのだ。

その情報は、ベルがサランに会いに来なくなってから、連絡を貰ったサランを溺愛する家族が秘密裏に集めてくれたものだ。

もちろんその事はお首にも出さずに話すベルに、サランに残っていた小さな情も吹き飛んだ。

神殿に行くと決めていた為、必要無さそうな宝石類をそのまま返却し、お互い会うことも無いでしょうと別れを告げて来たと言う。

サランに泣いて縋られるかと思っていたベルを一瞥し、そのままどうぞお帰りくださいと部屋を後にしたと胸を張って言うサランに、リトは強いなと感心したのだった。

その後卒業式まで王都で過ごし、二人は家族を説得して神殿へ入る事になった。

それぞれが家族に溺愛されていたので、まさかの一ヶ月も説得に掛かったのだが。

その為今は一月の末だ。

聖者はまだ王都に滞在しているのだが、王家からの発表も無く、婚約者が決まったと言う話も聞かない。

「ベル殿はあれから一度も姿を見せなかったの?」

「実家には手紙が来てたみたいだけどね。送り返す様頼んだけど。あんな態度を取られて、また僕に会いに来たらそれこそ軽蔑しちゃう。あの人の筋書きでは、もし聖者様に選ばれなかったらまたヨリを戻すつもりだったんだよ。本当に失礼だよね」

「本当だね。まあ、私のお相手は姿も手紙も無かったけど。実家にはしっかり慰謝料が払われたからそれだけはありがたいかな」

まさか、婚約破棄された事を面白おかしく話せる様になるとは思わなかった。

そう思いつつ、リトとサランは神殿の待合室に向かう。

二人とも家族が用意してくれた焦茶のモンク・ローブを見に纏い、下にはスラックスと動き易いショートブーツを履いている。

冬になり寒さも増して来たので、手袋をしているが、魔術で服の中を暖める事が出来るので冬場もコートは着用しない。

それも修行の一環なのだ。

袖にはサランが同系色の糸で刺繍を施している。

「綺麗だね。ありがとう」

今から寮へ案内してくれる職員が来るのだが、二人は少し緊張していた。

サランは伯爵家の出身だが、リトは公爵家の次男だし王子殿下の元婚約者だ。

ここでは身分は明かされていないので関係無いだろうが、知ったら相手はやはり気を使うだろう。

嫌な顔をする人も中にはいるだろうからと、あまり目立たないよ様にと二人は話し合っていた。

「お待たせしました。リト殿とサラン殿ですね?案内いたします、案内役のオーサです」

「初めまして」

「よろしくお願いします」

長い金髪を一つに束ね、黒い瞳で二人より四、五歳くらい年上の細身のオーサは、二人の名前を確認して荷物を確認する。

ここでは家名は必要無い様だ。

「荷物はこれだけですね。…そちらの箱は?」

倹約質素な生活には似合わないであろうサランの裁縫箱に、オーサは目を光らせる。

さすがに没収は無いが、心象が悪くなっては困ると、サランは箱を開けて中身を見せる。

「祖母から受け継いだ裁縫箱です。刺繍が趣味で…」

その言葉に、オーサの空気が柔らかくなる。

刺繍で衣服や持ち物に加護を与えるのも、神殿の仕事の一つだからだ。

「なんと。随分と使い込まれた道具ですね。…袖の刺繍もあなたが?」

箱の中の針山や鋏は手入れが行き届いているが、使い込んだ物だと一目で分かる。

そして、サランの袖の刺繍に目が留まる。

「…はい。加護を付与しました」

「加護縫いが出来るのですか!…分かりました。それでは案内しますので、どうぞ閉じてください」

感心した様な声に、悪い印象は持たれなかった様だと目配せして、サランとリトは安堵する。

そもそも、刺繍が得意で加護縫いまで出来る者は限られているので、サランの存在はとても貴重なのだと後に知る事になるが。

そのままオーサの後について行くと、神殿の大きさを益々感じる。

白の大理石で作られたルネサンス様式のスタイルは魔術学校と同じだが、その広さと美しさは桁違いだ。

職員の祈りと手入れが行き届いている様で、どこも光り輝いて見える。

ジェリ神に贈る神聖な音楽も、毎日二回演奏されているので、心地良い音楽が神殿を更に輝かせている。

中央神殿と言う名の通り、この国で一番の神殿である。

中央にホールがあり、その最奥にジェリ神の像を祀っている。

周りには神殿関係者以外も入れる礼拝所があるが、ホールが開放されるのは日曜日のみで、その奥には神殿で働く者しか入れないのだ。

少し離れたところに、三階建ての大きな寮が三棟立っている。

質素とは言え立派な作りで、一棟に三十人は暮らせると言う。

この三棟は主に魔術を使う職員達の寮で、騎士団は少し離れた場所にあると言う。

一つ目の寮に着くと、オーサが扉を開けて中に入って行くのでついて行く。

中は質素な作りで、皆で食事を摂る食堂と、交代で利用する風呂がニヶ所。

トイレとシャワーは部屋にそれぞれ備え付けだと説明を受ける。

「お二人共、こちらの第一棟になります。明日は適正の診断がありますので、その後の礼拝や奉仕は適正によって決まります。多分ですが、リト殿は王都の教会などで治癒をなさっているのを拝見しましたので、癒しの適正でしょう。癒しの適正の方は民間人や神殿騎士の治癒を主に行っていただきます。サラン殿は加護縫いが出来るとの事でしたので、加護の適正でしょう。神殿の職員の衣服や持ち物に、加護縫いをして頂く事になると思います」

オーサの説明を二人は真剣に聞く。

王都での治癒を知られていると言う事は、リト達が貴族だと言う事も知っているのだろう。

周りには誰もおらず、今は仕事の時間なのだろう。

「起床は七時で、朝食は七時半。その後それぞれの場所で仕事を行い、昼食もそれぞれの場所で十二時と決まっています。寮でお昼が出る事は無いので、お休みの時は神殿に食事に行くか、自分で用意します。まあ時間に厳格ではありませんし、場所も限られていますので、少しぐらい前後しても問題は無いです。五時には終了し、六時には夕食です。お休みはそれぞれの場所で決まっていますが、大体が火曜と水曜ですね。他に何か質問はありますか?」

「いえ、今の所は大丈夫です」

「分かりました。今日の夕飯は私が紹介します。明日は、診断の為に中央神殿のホールへ来てください。八時ごろにカキー大司教が行います」

「はい。ありがとうございます」

二人の返事にオーサは頷き、そのまま寮を後にする。

管理人室に向かうと、人の良さそうな四十代くらいの男性が立っている。

青い髪と黒い瞳で、こちらもモンク・ローブを身に纏っていてがっしりしているが、とても優しそうな雰囲気だ。

「ようこそ。私はこちらの寮を管理しているパムです。一回には食堂と風呂と談話室と洗濯室。そして管理人室があり、部屋は二階と三階。お二人は二階ですね。お部屋はお隣同士です。そしてその隣に…」

「ふえええ」

パムが話をしていると、奥から赤ん坊の泣き声が聞こえて来る。

慌てた様に鍵を取り出し、リトとサランに手渡すと中へ続くドアを見る。

「おっと子供が泣き出してしまいました。取り敢えず鍵を渡しますね!お荷物はそれぞれの部屋に運ばれています。お部屋は綺麗になっていますからどうぞ!説明文書も用意されていますから」

「分かりました、ありがとうございます」

「ごめんなさいねっ。それでは!」

「ふえええぇん!!」

可愛らしい泣き声に、リトとサランは顔を見合わせて笑う。

ここは子供連れでも問題は無い様だ。

王都の様に華やかさは無いが、暖かくゆったりした空気が流れているのを二人は肌で感じていた。

「取り敢えず荷解きをして、どちらかの部屋でお茶でもしようか。簡易だけれどお茶会が出来る様に、ティーセットと茶葉も用意したんだ」

「そうだね。僕は刺繍の材料を詰め込んだよ。それと、ニールが好きな焼き菓子もね」

新しい生活に期待と不安を抱きながらも、二人はそれぞれの部屋のドアを開ける。

入り口横には簡易のシャワー室とトイレがあり、一口コンロの小さな台所もある。

吊り下げ戸棚には食器やケトル、お茶なども仕舞う事が出来るなとリトは眺める。

奥にはベッドと壁側に一人掛けの引き出し付きのテーブルと椅子があり、魔力で灯すランプが置かれている。

棚も作り付けられているので、質素ではあるが十分な部屋が用意されている。

作り付けのクローゼットもあり、中には引き出しも用意されていたので、リトは手早く荷解きを始める。

モンク・ローブの下は基本的に自由とは聞いたが、皆同じ様な色合いのスラックスと白い肌着を着ているそうなので、リトもサランもそれに倣って用意した。

魔術で洗濯は出来るのだが、シーツや枕カバー、タオルなどは聖水で洗う方が望ましいとの説明があったので、それぞれの寮には広めの洗濯室が用意されている。

寝具に癒しの力を宿し、体の疲れを取るのだ。

騎士団は忙しい事が多いので、騎士団のシーツなどもそれぞれ洗う仕事の人もいるくらいだ。

クローゼットには、焦茶と若草色のモンク・ローブを三着ずつ用意したので、着ていないものを下げておく。

引き出しには下着やスラックスをしまい、届けられた木箱を開くと、ティーセットと茶葉。

父と兄から手紙用のセットと護身用の剣、母が入れてくれたであろうお茶菓子も入っていた。

「手紙を書かなくてはね…」

家族の気遣いに、しんみりとした気持ちになる。

家族は皆、ルーベルトの愚行に腹を立てていた。

元は王家からの打診による婚約であったし、両親も兄もリトには恋愛結婚をと望んでいたのだ。

特に母親は自分に似たリトを溺愛しており、あんな男と婚約させてしまってすまなかったと泣いていた位だ。

しかし、リトは新しい婚約者を探そうとする家族を止め、神殿行きを熱望した。

自分の癒しの力を使え、そして神の元で自分を見つめ直して新しく生きて行きたいのだと。

その中で、誰が良い人と巡り会えるかもしれないと。

両親と兄も恋愛結婚に近かったので、それもそうかもしれないと、最終的にはリトの意見を尊重してくれた。

王都に残り、婚約破棄された者として新しく婚約者を探すのも、大変だと考えた事も理由ではあるが。

リトに問題は無くても、やはり舐められてしまうのは避けられない。

そんな状態にリトを置きたくないと、兄も賛同してくれた。

『リト。神殿での生活が辛くなったら、いつでも兄様や家族の事を思い出してくれ。私たちはいつでも君の味方だからね』

その言葉に、リトは大きく頷き、長年親しんだ家を出たのだった。







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