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ルーベルトは、何と言うべきかと考えながら、重い口を開く。

「…私は、聖者がとしてトーマが召喚された時に、思い上がってしまった」

ポツポツと話し始めるルーベルトを、リトは優しく見つめる。

「今まで、自分の立場がどれだか恵まれているかなど、知ろうともしなかった。…母上が妾妃である事で、私には王位継承権は無いとまで思い込んでいた位に。君との婚約も、私が王家を出る事が前提であった為、受け入れ難いものだと感じていたんだ」

ルーベルトは王位継承権を持っているのだが、兄であり皇太子として決まっているコーリーが大変優秀である為、ルーベルトには早くから新しい道が準備されたのだ。

もちろんスペア的な考えもあるのだが、その下の弟も大変優秀であった為に、ルーベルトはどんどん居場所が無いと思い込んでいた。

「十分過ぎる程与えられた環境だと言うのに。純血である私こそ王に相応しいなどと言う貴族の甘い言葉に、私は情けなくも気持ちを傾けてしまった。君にあまり良い感情を持てず、婚約者としての勤めも果たさずにいた」

後悔する様に話すルーベルトに、サラン達は相変わらず冷たい視線を送っているが、こちらに気を使わせない様にと他の会話で盛り上がっている。

「そんな中、とても美しく、神秘的で可憐なトーマに、一瞬で心を奪われたしまった。聖者であるトーマに邪な考えを持ってはいけないと思ったが、彼が子を成す許可を得たと聞いた時に、私は他の誰にも渡せないと強く感じた。こんな気持ちは初めてだった」

ルーベルトにとっては、初恋だったのだろうなと、リトは思った。

聖者に初めて恋をしてしまい、その初めての感情にのぼせ上ってしまったのだろう。

「それでも、君との婚約を考え気持ちを押し殺そうとしていた。しかし、その間に多くの者が婚約破棄をし、トーマに愛の告白を始めてしまったんだ。情けない事に、トーマに接近したいが為に警備も疎かになり、王都の騎士学校の生徒まで駆り出す事態になった。その時に、私にトーマの婚約者に立候補し、他を牽制したらどうかと言う貴族が現れた。聖者を娶る事が出来たら、私の待遇も変わるはずだと唆された」

だから、王都の騎士学校の生徒達も忙しくなって、魔術師学校に来れなくなっていたんだ。

情けない話に、リトは眉を顰める。

リトが卒業する頃には落ち着いたのか、騎士学校の生徒達は今まで通りデートの誘いに来たりしていたが、少し頬が痩けていたのはそう言う事だったのだろう。

「私が愚かであった。父や兄は、この事態を静観していた。もちろんトーマにフォローはしつつ、愚かな貴族の行動を、しっかり把握する為に。その愚か者の一人になってしまったんだ、私は」

「殿下…」

ルーベルトは、苦笑する。

「トーマに傾倒する者は多く、一挙に集まり誰かを選んで欲しいと言う事態にまでなった。その時トーマは激怒したよ。平気で婚約破棄など馬鹿げていると。だからこの中にはいないと。王都に暮らすつもりも無いと。そして父が動いた。今回の婚約破棄騒動は貴族の醜態を晒しただけだと叱責し、トーマに好きな場所を選ぶ様にと告げたよ。父様も兄様も、トーマは神殿に行くべきだと初めから分かっていたんだ。それでもトーマが王都を気に入ったら、王都で歓迎するつもりだったと」

「そうでしたか」

やはり、トーマに振られたのか。

そして、やはり王や皇太子は召喚の芯を分かっていたのだろう。

聖者を召喚した最大の理由は瘴気だ。

その為、本来聖者が身を寄せるべき場所は神殿だと。

「父も兄も、トーマだけでなく貴族に一石を投じたかったのだろう。今回の事態で、婚約破棄後に神殿を希望する魔術師も増えた。騎士同士で婚約していた者も、婚約破棄された騎士は神殿騎士への道を選ぶ者が出て来た。王都にばかり拘る貴族に、風穴を開けたんだ」

貴族の醜態を晒す形だったがと、ルーベルトは情けなさそうに話した。

聖者が神殿を選び、神殿に魔術師や騎士が増えれば、瘴気や魔物に対して備えが出来る。

もしかしたら、王達はトーマの人間性を見抜き、この筋書きを考えたのでは無いかとリトは思った。

ニールもそれを感じた様で、そう言う事かと頷いた。

「…ニール達は神殿にとって、とても重要な神官になるでしょうから、この道で良かったのでしょう。私も神殿に根を張るつもりです。…ですが」

そこで、リトは言葉に詰まる。

私は新しい道を与えられ、そしてその道に希望を感じる事が出来た。

しかし、ルーベルト達はどうだろうか。

「…殿下や、婚約破棄をなさった方々は、今後どうなさるのでしょうか」

確かに、間違った行いをしてしまったのだろうが、婚約破棄後の待遇が一気に悪くなると言うのも、こちらとしても心苦しいものがある。

王都の騎士の一員としても立場あるだろうし、高位貴族を一気に失墜させる事を王が望むとも思えない。

リトの問いに、サラン達は勝手に婚約破棄をした相手に優しずぎると感じたが、それがリトなんだと納得する。

「…恥を忍んで元の婚約者に頭を下げるか、新しい婚約者を探すかだろう。私の場合は爵位を授かる話が無くなった」

あっさりと重大な事を言うルーベルトに、ルーベルトの護衛も知らなかった様で動揺が走る。

ルーベルトの爵位の話が無くなったと言う事は、王はリトとまた婚約する道は無いと告げたのだろう。

しっかりと、ルーベルトの婚約が終わったのだと、リトは内心ホッとした。

「トーマが正式に聖者として国に任命されるまで、一年程の猶予がある。それまでにトーマが相手を見つける可能性に、自分が入れる様にと努力する道もある。…一年後のトーマに選ばれる様に私はもう一度、一から鍛え直す事にした」

振られても、あと一年はトーマに振り向いて貰う為に全力を尽くすと言う。

なるほどとリトは頷く。

ルーベルトの話によると、トーマを諦めきれない者達が、神殿騎士を新しく目指し始めているそうなのだが、思った以上にハードルが高く中々合格者がいないのが現状なんだとか。

一年が経つまでに、神殿騎士に合格するより先にトーマの相手が決まってしまうのでは無いかと、リトは思ったが黙っていた。

「…一年後。選ばれなかった場合、私はセンドの第二王子に嫁入りする事が決まった」

「ええ!?」

いきなりの話に、リトは驚いて声を上げてしまい、右手で口元を押さえる。

さすがにサラン達も驚いて息を飲んだ。

護衛達もやはり知らなかった様で、顔が青くなっている。

第二王子の護衛と言う仕事が、無くなるかもしれないのだから仕方がないのだが。

センドの第二王子は短髪の金髪碧眼で、褐色の肌の大変逞しい美丈夫の騎士だったはずとリトは思い出す。

ルーベルトより背が高く、五つ程上で明るく朗らかな人柄だったはずだと。

「何度かお会いした事はあるが、悪い印象は無い。一年自分を見つめ直し、トーマに選ばれ無かった時は王命と受け止め隣国に嫁ぐ。ありがたい事に、その事も納得して頂いた上での打診だった。これが私の今後の道だ」

はっきりと自分に言い聞かせる様に話すルーベルトを、リトはそうですかと頷くしか無かった。

悪い話では無い。

現王妃が隣国から嫁いで来た様に、今回こちらの王族が隣国へ嫁ぐ事はお互い良い関係を築く為に良い話だ。

第二王子は今後公爵の爵位を頂く事が決まっていたし、そこに嫁ぐとなれば悪い条件では無い。

それでも、嫁を貰う立場だった者が、嫁ぐ形になった事に変わりは無い。

ルーベルトの心中は分からないが、これが勝手に婚約破棄をした王族に与えられた道なのだろう。

「リト。長きに渡り、苦労を掛けた。申し訳ない」

ルーベルトはしっかりと、リトに頭を下げた。

王族が頭を下げるなど、公の場であったら許されない行為だ。

周りも息を飲むが、これがルーベルトと自分の関係の終わりだとしっかり受け止めたリトは、頭を下げ返す。

「こちらこそ、ありがとうございました。どの様な結果になろうとも、殿下の行く道が明るいであろう事を祈っております」

これで、ルーベルトとの関係はキレイさっぱりと終わった。

リトが頭を上げると、どこか晴れやかな顔のルーベルトがいた。

「…ありがとう。では、私はこれで失礼する。見送りは必要ない」

「かしこまりました」

ルーベルトが席を立つと、護衛達は急いでその後につく。

パドックが名残惜しそうにキキを見ていたが、キキは気が付かない振りをして目も向けなかった。

そして、ルーベルト達が部屋を出て行くと、リトはゆっくり息を吐いた。

「お疲れ様!」

「ふふ。皆もありがとう」

サランが駆け寄り、リトもようやく終わったと肩の荷を下ろしていたら、ニールは少し笑いを堪えた様な難しい顔をしていた。

「どうしたの、ニール」

リトの問いに、ニールは先程のルーベルトの話を思い出す。

「婚約破棄をした方々が、こちらに接触してきたりするんだろうかと心配になってね。新しい婚約者を見つけてくれれば良いけれど、もしや殿下の様に嫁入りする事になっていたら面白いなと思って」

ニールの答えに、皆少し悪いと思いつつも笑ってしまった。

「もう、ニールったら。…でも、僕も少し心配かな。吹っ切れたとは言え、まだお相手には会いたくないですし」

モルトが苦笑しながら言うと、サランも大きく頷いた。

「僕も。面倒だもの。リトは偉かったよ!殿下の話を最後まで聞いて、しっかり反省させたもの。優しいなって思った」

サランに言われ、リトは苦笑する。

「私は、スッキリ終わった方が良いかと思っただけだよ。それにしても、隣国へ嫁ぐなんて驚いたな」

「あ、やっぱり一年後も振られると思ってる?」

キキの鋭い指摘に、リトが慌てつつも小さく頷く。

「まだ分からないけどね。聖者様はしっかりご自分の道を歩きそうだし、選ぶとしたら神殿の関係者なんじゃないのかなって」

「僕もそう思うな。それか、まだ選ばないか。とりあえず、早上がりになったし寮に帰ろうか?マーチがいるかも」

サランの言葉に、そうだねと部屋を出る事にした。

「私はもう少しだけ勤めてから帰るよ。聖者様がいらっしゃったから、今後の遠征も変わるだろうからね」

ニールはそう言って先に部屋を出て行く。

「私も、今日はこのまま帰って良いと言われているから、帰ろうかな」

キキとモルトも帰宅する事になり、部屋を出ると、廊下の隅にパドックが立っていた。

一瞬でキキの周りの温度が下がった事が分かり、リト達は顔を見合わせる。

「…キキ。僕達も一緒に居た方が…」

サランがそう言いかけた時、場違いな明るい声が聞こえて来る。

「やぁやぁ!ここにいらっしゃったんだね!」

「…カックン神官?」

嬉しそうにこちらに手を振りながら歩いて来るカックンに、リトとサランは何事だろうと驚いていたが、キキは呆れた顔をしモルトは苦笑していた。

「おや、リト殿達もこちらに?」

「はい。カックン神官もこちらにご用ですか?」

リトとサランに気が付いた様子で、カックンが話し掛けた相手は別の人物だと分かる。

すると、キキが呆れた様にカックンを見た。

「カックン神官。まだお勤めの時間なのでは?」

「いやいや、午後の音楽の時間だと言うのに、キキ殿の素晴らしいヴァイオリンの音色が聞こえて来なくてね!心配で来てしまったよ!」

「…音色の違いが分かるのですか?」

「もちろん!他の方々も素晴らしいが、君の音色は今までで一番だね!」

「それはありがとうございます」

どこかツンケンした様に返すキキと、ニコニコと話すカックンに、リトとサランはどう言う事かとモルトを見る。

モルトの少し面白そうに笑った顔を見て、どうやらキキに言い寄っている一人がカックンだと悟る。

そして、キキの感じからして、カックンに悪い感情は無い様にも見える。

「今日は私も早上がりなんだ。キキ殿。良かったら近くのカフェなんかどうだい?」

結界の仕事はどうしたんだろうと、リトは思ったが口にはしなかった。

リトとピピが早上がりしているので、もう終わったのか、はたまた隣の神官にお願いしたのだろう。

「カックン神官。何度もお断りして申し訳ないのですが…」

「カフェの隣の楽譜屋に、新しい楽譜が入ったそうだよ。今回はヴァイオリンの楽譜も新しく入ったと知らせが来た」

あっさり断ろうとしたキキに、カックンが伝家の宝刀と言った感じで楽譜の話をすると、キキの目が輝いた。

(カックン神官ったら、お上手)

そう思いながら、リトとサラン、モルトは顔を見合わせた。

「…楽譜ですか。仕方ないですね。リト、サラン、モルト。私は少し寄り道してから帰ります」

上機嫌なキキに、リト達は笑ってそれではと行こうとするが、そこにパドックが割って入ってきた。












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