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しおりを挟む「来月の遠征がちょっと前倒しになりそうなんだ。聖者様も張り切っていらっしゃるから、浄化も進むと思う」
夕食後の雑談でニールがそう切り出すと、パッドの表情が少し曇る。
パッド達はまだ恋人同士であり外に家も持っていないので、デートを楽しんでお互いの寮に帰るスタイルだ。
やはり寂しいのかなと周りは思ったのだが、パッドは少し言いにくそうに話し出した。
「…聖者様もご一緒なんですよね?」
「もちろん。…ああ、パッドは恋人が聖者様に心変わりしないか心配なのかな?」
ニールの言葉に、パッドは大きく頷く。
確かになぁと言う空気が流れる。
あの後、ルーベルト達は帰路に着き、トーマは神殿の大司教の隣に部屋が用意された。
ジェリ神像への挨拶も滞りなく進み、明日は神殿の皆へのお披露目があるそうだ。
確かにとても美しくて可愛らしい聖者と、遠征に行くとなったら四六時中一緒だ。
王都の貴族達の醜態も広まっているので、心配してしまう気持ちは分かる。
「それなら大丈夫だと思うんだよね」
ニールがそう言うと、どう言う事かとサラン達が首を傾げる。
「うん。実はね、私も気になっている方がいらっしゃるから、その人が前の婚約者の様に聖者様に傾倒してしまうのではと不安だったりしたんだけど」
「ちょっと待って。…ニールにもそんな方が!?」
ガタッと音を立ててサランが立ち上がると、ホクホク顔で楽譜を購入して来たキキが、宥めて座らせた。
「落ち着いてサラン。ニールの話を聞こう」
その様子に、どうやらキキはお相手を知っているんだろうなとリトは思った。
「ふふふ。内緒だよ?ゼルブライト団長なんだけどね」
「え!!」
あっさりお相手の名前を口にするニールは、とても綺麗な笑顔を見せる。
その笑顔を見て、もしかしたらゼルブライト団長も憎からず思っているのではと周りは悟った。
「ま、私の話は置いておいて。今日聖者様と遠征の騎士団の上の方々との面談があったんだ。私も同行するから一緒にね。その時に騎士の方々が聖者様に邪な想いを抱いてしまったらと心配していたんだけど、皆さん信仰深い方々だから、恋と言うより信仰心が強い様に感じたね」
「それなら、安心しても良いのでしょうか」
なおも不安そうな顔のパッドに、ニールはキレイにウインクしてみせた。
「それに、私も驚いたんだけど、カキー大司教がどの様な聖者像を描いているかと聞いたら、聖者様はこう答えたんだ」
「なんてなんて?」
「ゼルブライト団長みたいになりたいって」
「…え?」
皆の思考が一瞬止まる。
ゼルブライトを頭に想像すると、ムキムキで逞しい騎士だ。
可憐で美しいトーマとは、対照的な存在では無いのかと、皆が言葉を失っていると、ニールは楽しそうに笑う。
「驚いたでしょう?私も最初はゼルブライト団長の様な方が好みなのかと焦ったんだけど、違うの。聖者様は、騎士達に混じって体を鍛えて、ゼルブライト団長程になれなくても良いから、逞しい体が欲しいんだって。国々を練り歩き、浄化する為にも体力が必要だし、剣の技術も身に付けたいっておっしゃったんだ。王都でもこっそり体を鍛えていたみたいで、召喚された時より少し背も伸びたそうだよ」
トーマの容姿から想像していた聖者像とは全く違う聖者像に、皆驚いていた。
勝手にジェリ神の様な女性的なイメージを持っていたが、どちらかといえばガラー神の様なイメージが近い気がした。
「確かに、聖者様がジェリ神様に似ている必要は無いですもんね…。いやしかし、聖者様が団長の様に強く逞しいとは、想像が出来ないなぁ」
モルトも驚きながらそう言い、周りも頷いている。
「その話を聞いて、明日から基本的な体作りから始めましょうって言っていたよ。聖者様はとてもやる気だったから、何年か掛かるかもしれないけど、しっかり鍛えるんじゃないかな。聖者様がその道を進む事を、大司教は何となく分かっていたみたいだね。子を成すと言うのも、もしかしたら聖者様が産むのでは無く、誰か愛する人を娶ると言う事だっだんじゃないかな」
ニールは、どこか確信めいた様に言う。
その話を聞いて、リトとサランは顔を見合わせた。
それなら、婚約破棄をした貴族達の思惑は大外れだろう。
彼らはトーマを嫁として望んでいたはずだから、自分が嫁の立場になる事など考えていないはずだ。
(…ルーベルト殿下は、どちらにせよお嫁さんになるのでは)
リトは気付き、それなら今の努力はどうなるのだろうと少し同情してしまった。
「そうなんですね!良かった。後は聖者様がナームを娶りたいって思わないでくれれば…」
ホッと胸を撫で下ろしたパッドに、今度どの様な方が好みかそれとなく聞いておくね、とニールは笑いながら言った。
鍛えられた者同士が良いと言う考えも、もちろんあるからだが、恋人や婚約者のいる相手を選ぶ様な方では無いだろうから、心配なさそうだと周りは何となく思った。
「王都で婚約破棄を言い出した方々は、誰も確認しなかったんだろうね」
ポツリとサランが呟くと、周りも頷いていた。
「初めの印象が、小柄で可憐で美しい美少年だったからね。でもそれで私達を解放して下さったから感謝かな。事実を知るのはいつになるか分からないけど、ご自分で気が付くまでこちらからは何も言わなくて良いんじゃない?神殿もわざわざ王都へ聖者様の動向は報告しないと言っていたから」
ニールにウインクされたリトは、苦笑する。
ちょっと可哀想な気もするが、容姿が変わって心変わりする様ならそれもそれで問題だよなと納得した。
「そうそう、大司教がね。織物部屋に加護の刺繍を施した聖者様用のモンク・ローブとフェロンをお願いしたいって言ってた。騎士を目指すみたいだから、神殿騎士用の服も。それと、リトに聖者様用に祈りの石が欲しいって。大変だけど、明日からはその作業に入って欲しいって」
ニールの言葉に、リトとサランはもちろんと大きく頷いた。
それなら、祈りを織り込めた特別な布で作られた物が数点あるから、それをトロン神官が準備するだろうとパッドが教えてくれた。
「明日からは織物も染め物も、裁縫も製品も忙しくなりますね。でも、聖者様がこちらを望んだって事だから、皆がやる気に満ちています。元々明るかった神殿が、一層明るくなった気がします」
メロが嬉しそうに話し、皆も笑顔で今日の話に移る。
キキは良い楽譜が買えたと喜んでおり、サランの冷やかしにも涼しい顔をしていた。
「カックン神官が教えてくれたカフェのハーブティーはとても良かったよ。購入して食堂に預けたから、明日にでも振舞ってくれると思う。喉にも風邪にも良いみたいだからね」
「わぁ!楽しみ!」
嬉しそうにパッドが言うと、メロも楽しみだと頷いている。
やはり良いお茶なのでお値段はするのだが、キキも貴族出身で演奏会などで給料も支払われていた身だ。
着飾る事を好まない神殿暮らしなのだから、皆で美味しいものを共有する事に使うと笑って言った。
「カックン神官はどんな感じ?僕達は元気な人って思っているけど、やっぱりキキには違う顔を見せているの?」
サランがグイグイ追求すると、キキは苦笑する。
「もう。サランは恋の話が好きなんだから。そうだね、初めは騒々しい人で苦手だと思ったけど、私の事を良く見ていてくれるね。音楽にも精通されていて、私の王都での演奏も観たことがあるんだって。驚いたよ。ピアノも演奏出来るみたいだから、多才なんだろうね」
キキのお眼鏡に適ったと、ニールとサランが喜んでいる。
「演奏会に、王都まで足を運んでいたなんて。そう言えば、キキの音が聞こえなかったって言っていたし、音楽が好きなんでしょうね。キキの事は前から気になっていたんじゃないかな」
モルトも一緒になってキキを揶揄うが、キキも満更では無い様だった。
「実はね。王都では何度か、あの方の瞳の色と同じ花束を頂いた事があったんだ。毎回演奏会の感想がカードに書かれていて、密かに楽しみにしていたんだよね。今日その事を確認したら、照れながら白状したよ。元婚約者は演奏会には興味の無い方だったから、その心遣いが嬉しくて。それで…。正式にお付き合いを始める事にしたよ」
少し恥ずかしそうに話すキキに、周りはワッと沸いた。
「カックン神官ったらやるぅ!」
パッドがそう言うと、ニール達も笑っていた。
「うんうん。良いじゃない。私も頑張らないとな。サランやリトも、きっとこれから良い出会いがあるよ」
「期待してる~。出来れば、刺繍に理解のある人が良いかな」
サランがそう言うと、パッド達は加護縫いに理解の無い人間は神殿にはいないから大丈夫だとフォローしていた。
昼のやり取りでサランがニールへ送ったハンカチの刺繍をして、リトが石に加護を授けた噂は、一気に神殿を回ったそうだ。
王都の貴族出身だが、その時の受け答えも驕りが無く、見た目と違って控えめだと好評だったとメロが教えてくれる。
「…それはリトが一緒にいてくれたからの評判だよ。僕こんなんだよ?ちょっと、おしとやかにしておこうかな…」
サランが眉を下げてそう言うと、周りは吹き出す。
「サランが静かになったら何かあったのかと心配になるよ。今まで通り、笑顔で元気に走り回っていれば大丈夫さ」
「そうだよ。サランの明るさに救われる事もあるし、やっぱり本当の姿を見てもらいたいでしょ?」
ニールとキキが言うと、確かにとサランは頷く。
そう言った素直な所も可愛らしく、サランの長所だとリトも追随した。
「サラン殿は、聖者様の刺繍が終わったら、多分騎士団に出向いて刺繍をする事になると思う。今着ている服をそのまま使えた方が良いから。その時は僕も仕立ての採寸で同行するから、出会いがあるかもしれないね」
パッドがそう言うと、織物部屋以外の仕事もあるのだとサランは頷いた。
神殿に暮らす人達は物持ちも良いので、着ている服に加護が付けられたらありがたいだろう。
もちろん騎士は魔物と戦う事が多いので、服がダメになってしまう事も多い。
神殿騎士の服は基本的に支給品なので、今後はその支給品に刺繍する仕事も多くなるだろうとパッドは説明した。
「ふふ。サランはその様な場では刺繍に集中して、逆に出会どころでは無さそうだよね」
リトがそう言うと、確かとニールもキキも笑う。
「…それが問題なんだよねぇ」
自信なさげに呟くサランに、また周りは笑顔になる。
「焦らずに、今は自分の勤めに集中していれば良いんじゃないかな。私も、まだ先の事は分からないもの」
リトの言葉に、サランもそれもそうだねと笑う。
「明日は、聖者様の挨拶があるそうだから、少し早めに神殿に行かないと。そろそろお開きにしようか」
ニールの言葉にそれぞれ挨拶をし、部屋に戻る。
リトは明日の支度をしながら、聖者の石は何が準備されるのだろうと考えていた。
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