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最後の手合わせにトロンとサンが前に出ると、心配そうにこちらを見るモルトの姿があった。

その姿を見て、トロンは笑顔を向け頷いた。

「…貴様。モルトの知り合いか」

不機嫌そうにそう言うサンに、トロンは笑顔のままで大きく頷く。

「ええ。彼は私の大切な人なので」

バチバチと音が聞こえてきそうな二人のやり取りに、若いねとランラは笑う。

「…ランラ殿、トロン神官の腕前は?」

「そりゃ強いよ。織物や染め物、裁縫の才能が無かったら、騎士団に引き摺って来たかったくらいさ」

「なるほど」

ランラが言う程なのだから、トロンの腕も確かなのだろう。

そう思いながら二人を見守る事にした。

「始め!!」

ナームの声が響き、サンは一歩下がると瞬時にトロンに襲い掛かる。

(三人の中では一番早い動きですね。それでも遅いですが)

ガンッ!!!

トロンはサッと剣を構えると、一瞬にしてランラ程の殺気を出してサンの剣を受け止めた。

「…クッ!」

サンはすぐに後ろへ下がり、それを見計らった様にトロンは剣を振り下ろす。

ガァアン!!

凄まじい音が鳴り響き、サンは堪えるのに必死な様子だ。

(勝負あり。ですね)

さらに大きな音で二発目を入れられ、サンは後ろに倒れ込む。

「そこまで!」

あっけなく終わり、それではと休憩所に戻ろうとすると、サンは納得がいかないと騒ぎ立てる。

「ふ、ふざけるなよ!ここまで来て、騎士と手合わせすら出来ないなど。こいつらは本当は騎士なんじゃないのか!?」

見苦しい言葉に、リトは眉を顰める。

確かにランラは元は騎士だが、トロンもリトも騎士では無い。

その相手に負かされたのだから、自分の力量を恥じれば良いのにと。

「納得しないぞ!」

そう騒ぎてて、埒が空かないなとリト達も困ってしまう。

「それならば、今度は私がお相手しましょう」

良く通る声でそう言うと、一人の男性がリト達に歩み寄って来る。

「!!」

美しい短めの金髪を後ろ手に撫で付け、碧眼は鋭くい美丈夫。

黒いサスペンダーとスラックスにショートブーツを履き、白いシャツを着た商人風の男性は、にこやかな笑顔を見せる。

異様なのは、その男性が誰よりも背が高く、逞しく、そして右手に大剣が握られている事だ。

「兄様!」

リトがそう呼ぶと、その男は笑顔で頷いた。

そう。

その男性こそリトの兄であり、次期バーグ公爵のロンドであった。

「兄…様?」

「バーグ公爵家のロンド様だよな…?」

「ザルク団長の…?」

カイドールとショートが、青い顔をしながら囁き合う。

サンも、青い顔をして黙り込んだ。

「兄様、こちらにいらしてたんですね」

「ああ。可愛いリトの顔を見るついでに、妻の剣を取りに来たんだ。こちらには良い職人がいてね。それにしても、リトもムチャをする。まあ、君が負ける事は無かっただろうが」

ロンドに駆け寄るリトの頬を、ロンドは優しく撫でながらそう話す。

リュートもピピも、昨日の大剣以上の剣を軽々持っているロンドを目の当たりにして、ロンドの桁外れな強さを感じた。

「兄様、さすがにその剣で手合わせは危ないですよ。木剣を使わなくては」

リトがそう言うと、ロンドはそうなのかと困った顔をする、

「いや、木剣ではな。すぐに折れてしまうから」

「そうですけど…。私の訓練の時に使用していた、刃を殺した鉄剣はどうでしょう?」

「ううむ。実はあれは特注品なんだ。強い鋼を叩き、とても硬い鉄に更に加護を加えてあるからな。兄様や父様の剣を受けても折れない剣は、中々無いんだよ」

「そうなんですね…」

二人の会話を、周りは驚きながら聴いていた。

木剣と言っても十分訓練に使える強度があるのが普通なのだが、折れてしまう為鉄剣を使用し、更に大剣を軽々使うなど、ロンドは余程の力持ちで腕が良いのだと皆は察した。

そして騎士でも無いリトが、王都の騎士団長の一人であるザルクの息子であり、その剣を訓練として日々受けていたという事実に、周りも顔を見合わせていた。

「ふむ。仕方ない。普通の剣でも良いだろう。ポウル、君の剣を貸してくれないか」

ロンドが後ろを振り向くと、ロンドの友人で王都の騎士であるポウルが立っていた。

黒い短髪と緑の瞳で、ロンドと同じくらいの逞しい騎士である。

サン達はビクリと体を硬らせ、直立する。

ポウルはザルクの部隊の副団長でもあった。

「断る。君が使ったら直ぐ折れてしまうでは無いか。…ハァ。貴様ら。私は全て見ていたぞ。これ以上見苦しい真似はするな。それとも本当にロンドと剣を交える覚悟があるのか。腕の一つや二つ、それ以上が無事で済むと思うなよ」

サン達を鋭い目で睨みつけ、ポウルがそう言い放つと、さすがの三人も黙って項垂れた。

ポウルが後ろに手を振ると、数人の騎士が現れ、三人を囲って連れて行く。

「私の馬車で送ろう。…王都で今まで以上しっかりと訓練を受けるのだな」

ポウルはそう吐き捨て、サン達は青い顔で連れて行かれる。

騒ぎも一区切りついたと周りが安堵した空気になると、モルトがこちらへ駆け寄って来る。

「!」

そして、そのまま連れて行かれるサンには目もくれず、トロンに駆け寄った。

「トロン神官、大丈夫でしたか?」

「ええ。出過ぎた真似をしてしまいました」

「いいえ!…いいえ。とてもカッコ良かったです」

照れた様に笑うトロンに、モルトは花が咲く様に笑った。

その様子を、サンは少し悲しそうな目で見た後、何も言わずに退場して行く。

(今更、そんな目をしても遅いですのに。もう一度、王都でしっかり鍛え直して欲しいものですね)

リトがそう思っていると、ゼルブライト団長がタンタルを連れて、こちらに歩いて来る。

「これはこれはポウル殿。ロンド殿。お久しぶりです」

「お久しぶりですゼルブライト殿。王都の騎士の失態。大変申し訳ありません。お恥ずかしい限りです」

頭を下げるポウルに、ゼルブライトは大丈夫だと頭を上げる様言った。

「いえいえ、血気盛んな年頃ですしね」

「それにしても情け無い。他部隊の騎士が、こんなに弛んでいるとは。我が部隊に引き摺り込んで、一から叩き直しましょう」

その言葉に、リトはザルクがやりすぎないかと少し心配になったが、黙っておいた。

「今後あの様な無礼な騎士がいましたら、遠慮なく切り捨ててください。直ぐにこちらが捕らえに参ります。…いやはや。ザルク団長がこちらに行けば、己の器の小ささに気が付けるだろうからとおっしゃっていたのですが」

どうやらザルクは、一応合格ラインであるが態度やらが悪い騎士達をこちらに送り、更生させるつもりでもあった様だ。

(父様ったら!余計な仕事が増えるでしょう)

リトが呆れた顔をすると、ロンドは笑いながらリトの頭を撫でる。

「父様も人が悪いな。神殿騎士の方々に迷惑が掛かるではないか。それにしても、そちらのお二人の腕は素晴らしい。ランラ殿は元騎士だと存じておりますが、トロン神官の腕は確かですね」

「ありがとうございます。ええと、ロンド殿の腕もお聞きしていますよ。その大剣は実戦でお使いになるんですか?」

トロンが聞くと、これは妻の訓練用ですよと笑顔でロンドは答えた。

「兄様。ハール殿はご懐妊中でしょう?あまり無理をなさらない様に」

リトが釘を刺すと、ロンドは妻の希望なんだよと苦笑する。

「安定期に入ってから、体が鈍ったと言って運動の為に素振りをしているんだ。今ある剣は大き過ぎて危ないからね。少し小ぶりな物を新しく注文していたんだよ。ほら、持ってごらん。前の剣よりは軽いから」

ロンドがそう言ってリトの剣を渡そうとするので、周りは大丈夫かと騒ついた。

そして、このサイズで小ぶりとはと、リュートは遠い目をしていた。

「…本当ですね。まぁ、ハール殿の運動の為でしたら、このくらいで十分ですね」

軽々と片手で剣を持つリトに、ランラも周りも驚いた顔をしていた。

そこに、こそこそとサランとピピもやって来る。

「ね、リトって強いでしょ?」

「本当ですねぇ。あの剣って軽いのでしょうか…」

「とっても重いと思う」

二人はこそこそ話しつつ、サランはリュートの隣に、ピピはタンタルの隣につく。

「タンタル、大丈夫でしたか?」

「ああ、心配を掛けたな」

心配そうにタンタルの体をチェックするピピを、愛おしそうにタンタルは見ていた。

「リトって強かったでしょ?」

「そうだな。しかしあの剣を軽々持てるとは…」

「だってリトだもん」

「コイツ」

サランは自分の事の様に胸を張り、リュートに小突かれていた。

微笑ましいなと思っていると、騒ぎを聞きつけたであろうカキーがこちらに歩いて来る。

「おやおや。騒ぎは収まった様ですが。ロンドではないですか。久しぶりですね」

「カキー大司教、お久しぶりです。すみません勝手に神殿騎士の練習場に入ってしまって」

場所を移動しようと言う事になり、ロンドは神殿へと招待される。

リトも一緒にと言われ、確かに勝手に手合わせをしてしまったので、お説教は免れないなとリトは大人しくついて行く。

「俺達も行ったほうが?」

ランラの問いに、とりあえずタンタルだけでも報告にいらっしゃいとカキーは答えた。

「じゃ、俺達は作業に戻ろう」

ランラの声で、サラン達もリュートに付き添われて作業場へ戻って行く。

その様子を、無表情でベルが見つめており、また一悶着ありそうだなとリトは感じていた。

『リト殿、あの剣を持って歩いているが、重くないのだろうか』

『まさかザルク公爵家のご子息とは…。美しい容姿だが、しっかり剣術を習っているんだな』

大剣を持ったまま歩くリトは異様で、騎士達はヒソヒソと話をしていた。

途中でロンドが気付き、すまないと剣を持つが、剣を持っていた事も忘れていたとリトは笑う。

(周りの視線が異常だったのはコレでしたか…。やっぱり大剣は普通じゃないんですね)

リトは反省しつつ、ロンド達と神殿へと向かったのだった。









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