ハツカソダチ

夕暮

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あるところに

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  今日の天候は良好で、朝から蝉がわんさか鳴いていていた。いろんな種類の蝉の声が混じり、とても不快だった。それに夏の暑い日射しもあいまって、この時間帯は比較的人の数は少なかった。まぁ、この祭り自体、夜が本番的なところがあるからかもしれないが。屋台では、店のおじさんが蝉に負けじと大きな声で客寄せをしていた。朝からどうしたらあんな大きな声を出せるのか不思議でならなかった。
「待って!椿姉ちゃん、私、簪が欲しい」
ぶらぶらと屋台を眺めながら歩いていたら、柊が私の浴衣の袖を引っ張った。
「お金あるの?」
「ちょっとだけ持ってる」
珍しく柊がもじもじしていた。相当、簪が欲しいらしい。なんだか様子がおかしい。普段の柊はやんちゃで身なりなど気にする方ではないのだ。それなのに、簪が欲しいだなんて、変わっている。
「ちょっとだけなら、止めといた方がいいわ。お母さんに叱られるに決まってる。また、無駄遣いしたってね...お小遣い貰えなくなってもいいの?」
柊は残念そうに顔を伏せ、すぐに顔を上げると小さな声で
「そうだね。また、今度にする」
と、応えた。その声が僅かに震えていたのは、聞き間違いではないだろう。そうは言うものの、まだ簪が気になるようで、しばらく屋台を物欲しそうに見つめていた。その姿に少し胸が痛んだ。柊がなぜ簪なんかを欲しがったのかは、分からないがとても申し訳ないと思った。これ以上は見てるのが辛かったので、柊の細い腕を掴むと足早にその場を立ち去った。
  人混みを掻き分け、どんどん進んで行く。さっきよりも人が増えていて、時々もつれそうになりながら歩いていた。私達は今祭壇へと向かっていた。実は、私達は今晩、舞を踊ることになっている。だから、本番前に拝んで行こうと思ったのだ。柊の汗ばんだ手を外れないように、更に強く握った。柊もぎゅっと握り返した。姉として、絶対に妹を守ろうと思った。その時だった。突如、後ろから、引っ張られる様な感覚に襲われた。振り返ると、柊がしゃがみこんでいた。どうやら、草履の鼻緒が切れてしまったようだ。不吉だと思った。仕方ない。近くの茶店に、柊を置いていくと、私は替えの草履を取りに帰ることにした。
「柊、ここで待ってて。なるべく早く帰ってくるからね」
「うん!ありがとう!」
この頃には、柊はいつもの調子に戻っていた。よかった。このまま、落ち込んだままだったらどうしようかと思った。柊は、茶菓子を美味しそうに食べている。私のおごりだ。さぁ、早く草履を取りに行ってしまおう。時間はまだまだある。空を見上げると、日はまだまだ高い位置にあった。
  早くしなければ...。私は少し焦りを感じていた。予想外の人混みに、思うように前に進まなかったからだ。
「あっ、すみません...」
反対側から来た青年と肩がぶつかった。青年はその勢いで、荷物を落とてしまったようだ。地面に手を伸ばしいくつか拾う。それは、綺麗な色をした硝子玉だった。我を忘れてただただ眺めていたら、
「良かったら、1つ差し上げましょうか?」
「良いんですか?」
こんな呑気なこと言ってる場合じゃないのだが、どうしてもこの場を離れる気が起きなかった。

ーその理由に気が付くのは、まだまだ先のこと...
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