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28. 黒竜ゾーンの想い
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『逃げて、アルフォンソ様!』
唐突に脳裏に響いた『声』に、アルフォンソは、思わず、目を開けた。
眼前に迫りくる黒い刃。
それは、動きを封じられたアルフォンソの心臓の真上を確かに直撃した。打ち下ろされる刃の衝撃を予想して、アルフォンソは歯を食いしばった。
胸当てに鋭角に食い込む硬い異物の感覚。しかし・・・それだけだった。
不審に思う間もなく、続けて何度も刃が胸に叩きつけられた。が、冷たい刃の感覚も肉を切り裂く痛みも一向に訪れようとはしなかった。その代わりに、アルフォンソは、胸元に広がっていく、硬質な、それでいて暖かな感触に気が付いた。そう、それは、遠い昔に触れたあの鱗の触り心地を思い出させた。
その何かが衝撃をはじき返し、刃の侵入を毅然として阻んでいるようだった。
「ばかな・・・この刃を跳ね返すなんて」
すぐ真上に、呆然とした女の顔が見えた。
気を取り直したのか、今度は女は刃を胸当てに沿って滑らせた。黒い刃が、アルフォンソが身に着けていたオリハルコンの胸当てをいともやすやすと切断する。
その下から現れたものは・・・
一目見て、女は目を丸くした。
「これは・・・何なの?この黒い物質は・・・」
何とか首だけ動かして胸元へ視線を向けたアルフォンソも、自分の肌を覆う、思いもかけないものに驚く。
首にかけていたのは、肌身離さず身に着け続けた輝石のペンダントだったはず。それが、その見慣れた黒い石が、完全に姿を変えていた。
金色のチェーンの先から下に広がるのは、硬質な輝きを放つ漆黒の薄い板とでもいうべきもの。それが、アルフォンソの胸部全体をすっぽりと盾のように覆い、凶器がアルフォンソの肌に直に触れるのを阻んでいたのだ。
転生するたびに、時を超えて持ち続けた唯一の形見。黒竜ゾーンの残した魔石の欠片。それは、今なおその形を変えて、『リーシャ』を守ろうとしていた。
ならば、自分はここで殺されるわけにはいかない。絶対に。
アルフォンソは、大きく息を吸い込んだ。肺から一気に空気を吐き出すと同時に、戒めから逃れようと、巻きついた鎖を全身全霊を込めて、引っ張った。皮膚に鎖が食い込み、血がにじむ。骨がきしみ、激痛が走る。
戒める力が微かに緩んだように感じた。
痛みを無視して、上半身を前かがみにしてさらに抗う
女が慌てて拘束の呪文か何かを口にしかけた時、閉じられた空間全体が大きく揺らいだ。
礼拝堂を覆っていた結界が、加えられた巨大な圧力に大きく弛む。屋根が、壁が震えだし、床が隆起したかと思うと、ぷちんと何かが弾けたようだった。
結界の一部が耐え切れず、消滅したのだ。
窓ガラスが砕け散り、壁に幾重も亀裂が入る。通路の天井が崩れ落ち、流れ込んだ夜気に、炎が火勢を増して吹き上がった。
続いて、ドンという爆音とともに、礼拝堂の横手の壁が吹っ飛ぶ。すさまじい爆風が祭壇の前の女を吹き飛ばした。
濛々とした土煙。
礼拝堂は結界ごと、その壁の大半を失っていた。
ほぼむき出しになった祭壇につながれたまま、アルフォンソは呆然と目を瞬かせた。
「リーシャ、どこだ?」
高く澄んだ女性の声が燃え盛る炎の中、響き渡る。
この声は・・・シャル嬢?でも、この口調は・・・まさか?
かすむ目が捉えたのは、漆黒のオーラに包まれたシャル・ベルウエザーの姿だった。
* * * * *
薬の影響下から目覚めたばかりのシャルは、黒竜ゾーンは、どうしようもなく怒り狂っていた。朦朧とした意識には、状況を考える余裕などありはしなかった。
力の制御など思いもよらず、強大な力を垂れ流しながら、ただ進む。
愛しい者の『魂の匂い』を頼りに。その者を救う。思うのはそれだけだった。
荒れ狂うオーラが『結界』を叩き壊し、遮断物を、行く手にある邪魔ものを、次々と容赦なくぶち壊した。その先で見た光景は、彼女/彼を更に怒らせるのに十分なものだった。
祭壇に囚われ、縛られて血を流しているのは、あれは、あの方は、そう、アルフォンソ皇子だ。自分を、リーシャルーダ・ベルウエザーを望んでくれた初めての人。
悲惨な彼の人の姿に、シャルの意識が表面に現れた。かと思うと、すぐにもう一つの意識が取って代わる。
突如シャルの内に現れた『黒竜』は、アルフォンソにもう一人の人物の姿をダブらせていた。
「リーシャ」
その唇が、愛しい少女の名を呼んだ。
リーシャルーダ。黒竜ゾーンの何よりも大切な養い子。命を懸けて守った存在。
たとえどんな姿になろうと間違えはしない。その存在を、これ以上傷つけさせてなるものか。
ブチ切れたシャル/ゾーンの中にあったのは、その想いだけだった。
* * * * *
『力』を体中から放出しながら、リーシャルーダ・ベルウエザーであり、黒竜であった者は、燃え広がる炎を意にも介さず、一歩一歩祭壇に近づいた。怒りに双眼を煌めかせ、渦巻く風に銀の髪をなびかせて。
その歩みとともに周囲の大気が波打ち、渦巻き、床に、壁に、めきめきと大きな割れ目を広げていく。
そこには、いつものちょっとドジで優しい少女の姿はない。そこに存在するのは、もっとも神に近い魔と呼ばれた究極の生物、黒竜の現身だった。
黒い刃を手に、女が瓦礫をかき分けて、よろよろと立ち上がった。
「ベルウエザー嬢・・・まさかそんな・・・」
予期せぬ姿を目にして、女の目が極限まで見開かれた。
気圧され、じりじりと後ずさる女を一顧だにせず、シャルでありゾーンであった者はアルフォンソが囚われた祭壇に手を伸ばした。そして、そっとその中心あたりを撫でた。
すると・・・
手が触れたあたり、その表面がボコりと沈む。そこから下へ向かって線が走ったかと思うと、まるで見えない手に引き裂かれたかのように、巨大な祭壇は、左右に分かたれて崩れ果てた。
アルフォンソの四肢を戒めていた鎖が力を失って、ジャラジャラと床に落ちた。
「シャル嬢?いや・・・ゾーン?まさか・・・本当にゾーンか?」
床に座り込む形で解放されたアルフォンソが、呆けた顔で呟いた。
シャル/ゾーンが、その手をアルフォンソに向かって差し伸べた。アルフォンソは、なんとか足を踏みしめて立ち上がると、その存在を確かめるように、その指におずおずと触れた。
微かにほほ笑みがシャル/ゾーンの顔に浮かんだ。その全身から、ふっと力が抜ける。頽れた身体を、アルフォンソが、しっかりと受け止めた。
「黒竜ゾーン・・・そうだったの。ベルウエザー嬢が」
場違いに平坦な声が響いた。
はっとして、アルフォンソが声の方に視線を投げた。次の瞬間、身を伏せる。シャルの身体を抱きしめたまま、自らの身体で庇うようにして。
女が放った短剣は、アルフォンソの左肩に突き刺さった。
かろうじて残っていた祭壇の上の天井が、一斉に崩れ落ちた。
唐突に脳裏に響いた『声』に、アルフォンソは、思わず、目を開けた。
眼前に迫りくる黒い刃。
それは、動きを封じられたアルフォンソの心臓の真上を確かに直撃した。打ち下ろされる刃の衝撃を予想して、アルフォンソは歯を食いしばった。
胸当てに鋭角に食い込む硬い異物の感覚。しかし・・・それだけだった。
不審に思う間もなく、続けて何度も刃が胸に叩きつけられた。が、冷たい刃の感覚も肉を切り裂く痛みも一向に訪れようとはしなかった。その代わりに、アルフォンソは、胸元に広がっていく、硬質な、それでいて暖かな感触に気が付いた。そう、それは、遠い昔に触れたあの鱗の触り心地を思い出させた。
その何かが衝撃をはじき返し、刃の侵入を毅然として阻んでいるようだった。
「ばかな・・・この刃を跳ね返すなんて」
すぐ真上に、呆然とした女の顔が見えた。
気を取り直したのか、今度は女は刃を胸当てに沿って滑らせた。黒い刃が、アルフォンソが身に着けていたオリハルコンの胸当てをいともやすやすと切断する。
その下から現れたものは・・・
一目見て、女は目を丸くした。
「これは・・・何なの?この黒い物質は・・・」
何とか首だけ動かして胸元へ視線を向けたアルフォンソも、自分の肌を覆う、思いもかけないものに驚く。
首にかけていたのは、肌身離さず身に着け続けた輝石のペンダントだったはず。それが、その見慣れた黒い石が、完全に姿を変えていた。
金色のチェーンの先から下に広がるのは、硬質な輝きを放つ漆黒の薄い板とでもいうべきもの。それが、アルフォンソの胸部全体をすっぽりと盾のように覆い、凶器がアルフォンソの肌に直に触れるのを阻んでいたのだ。
転生するたびに、時を超えて持ち続けた唯一の形見。黒竜ゾーンの残した魔石の欠片。それは、今なおその形を変えて、『リーシャ』を守ろうとしていた。
ならば、自分はここで殺されるわけにはいかない。絶対に。
アルフォンソは、大きく息を吸い込んだ。肺から一気に空気を吐き出すと同時に、戒めから逃れようと、巻きついた鎖を全身全霊を込めて、引っ張った。皮膚に鎖が食い込み、血がにじむ。骨がきしみ、激痛が走る。
戒める力が微かに緩んだように感じた。
痛みを無視して、上半身を前かがみにしてさらに抗う
女が慌てて拘束の呪文か何かを口にしかけた時、閉じられた空間全体が大きく揺らいだ。
礼拝堂を覆っていた結界が、加えられた巨大な圧力に大きく弛む。屋根が、壁が震えだし、床が隆起したかと思うと、ぷちんと何かが弾けたようだった。
結界の一部が耐え切れず、消滅したのだ。
窓ガラスが砕け散り、壁に幾重も亀裂が入る。通路の天井が崩れ落ち、流れ込んだ夜気に、炎が火勢を増して吹き上がった。
続いて、ドンという爆音とともに、礼拝堂の横手の壁が吹っ飛ぶ。すさまじい爆風が祭壇の前の女を吹き飛ばした。
濛々とした土煙。
礼拝堂は結界ごと、その壁の大半を失っていた。
ほぼむき出しになった祭壇につながれたまま、アルフォンソは呆然と目を瞬かせた。
「リーシャ、どこだ?」
高く澄んだ女性の声が燃え盛る炎の中、響き渡る。
この声は・・・シャル嬢?でも、この口調は・・・まさか?
かすむ目が捉えたのは、漆黒のオーラに包まれたシャル・ベルウエザーの姿だった。
* * * * *
薬の影響下から目覚めたばかりのシャルは、黒竜ゾーンは、どうしようもなく怒り狂っていた。朦朧とした意識には、状況を考える余裕などありはしなかった。
力の制御など思いもよらず、強大な力を垂れ流しながら、ただ進む。
愛しい者の『魂の匂い』を頼りに。その者を救う。思うのはそれだけだった。
荒れ狂うオーラが『結界』を叩き壊し、遮断物を、行く手にある邪魔ものを、次々と容赦なくぶち壊した。その先で見た光景は、彼女/彼を更に怒らせるのに十分なものだった。
祭壇に囚われ、縛られて血を流しているのは、あれは、あの方は、そう、アルフォンソ皇子だ。自分を、リーシャルーダ・ベルウエザーを望んでくれた初めての人。
悲惨な彼の人の姿に、シャルの意識が表面に現れた。かと思うと、すぐにもう一つの意識が取って代わる。
突如シャルの内に現れた『黒竜』は、アルフォンソにもう一人の人物の姿をダブらせていた。
「リーシャ」
その唇が、愛しい少女の名を呼んだ。
リーシャルーダ。黒竜ゾーンの何よりも大切な養い子。命を懸けて守った存在。
たとえどんな姿になろうと間違えはしない。その存在を、これ以上傷つけさせてなるものか。
ブチ切れたシャル/ゾーンの中にあったのは、その想いだけだった。
* * * * *
『力』を体中から放出しながら、リーシャルーダ・ベルウエザーであり、黒竜であった者は、燃え広がる炎を意にも介さず、一歩一歩祭壇に近づいた。怒りに双眼を煌めかせ、渦巻く風に銀の髪をなびかせて。
その歩みとともに周囲の大気が波打ち、渦巻き、床に、壁に、めきめきと大きな割れ目を広げていく。
そこには、いつものちょっとドジで優しい少女の姿はない。そこに存在するのは、もっとも神に近い魔と呼ばれた究極の生物、黒竜の現身だった。
黒い刃を手に、女が瓦礫をかき分けて、よろよろと立ち上がった。
「ベルウエザー嬢・・・まさかそんな・・・」
予期せぬ姿を目にして、女の目が極限まで見開かれた。
気圧され、じりじりと後ずさる女を一顧だにせず、シャルでありゾーンであった者はアルフォンソが囚われた祭壇に手を伸ばした。そして、そっとその中心あたりを撫でた。
すると・・・
手が触れたあたり、その表面がボコりと沈む。そこから下へ向かって線が走ったかと思うと、まるで見えない手に引き裂かれたかのように、巨大な祭壇は、左右に分かたれて崩れ果てた。
アルフォンソの四肢を戒めていた鎖が力を失って、ジャラジャラと床に落ちた。
「シャル嬢?いや・・・ゾーン?まさか・・・本当にゾーンか?」
床に座り込む形で解放されたアルフォンソが、呆けた顔で呟いた。
シャル/ゾーンが、その手をアルフォンソに向かって差し伸べた。アルフォンソは、なんとか足を踏みしめて立ち上がると、その存在を確かめるように、その指におずおずと触れた。
微かにほほ笑みがシャル/ゾーンの顔に浮かんだ。その全身から、ふっと力が抜ける。頽れた身体を、アルフォンソが、しっかりと受け止めた。
「黒竜ゾーン・・・そうだったの。ベルウエザー嬢が」
場違いに平坦な声が響いた。
はっとして、アルフォンソが声の方に視線を投げた。次の瞬間、身を伏せる。シャルの身体を抱きしめたまま、自らの身体で庇うようにして。
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