DPO~拳士は不遇職だけど武術の心得があれば問題ないよね?

破滅

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第一章 不遇職の拳士

第25話「嘆きの回廊」

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決戦の日の夜明け。
王都アグウェーの南門には、DPOの世界における最高峰のプレイヤーたちが集結していた。白銀の鎧に身を包んだ者、精霊の力を宿したかのような弓を携えた者、古文書の知識をその瞳に宿す魔術師たち。総勢十五名。トップギルド『疾風雷電』が、その総力を結集した攻略パーティの威容は、圧巻の一言だった。

その一団に、翔とリナは、ギルド『聖域』の二人として、静かに合流した。
彼らの存在は、もはや侮蔑や好奇の対象ではなかった。昨日、疾風雷電の守りの要であるゲイルを、一合も交えずに無力化した翔の実力は、すでにメンバー全員の知るところとなっていた。ゲイル本人が、翔の姿を認めると、巨大な盾をガチャンと鳴らし、無言で頷いてみせた。それは、無骨な彼なりの、信頼の証だった。

「全員、揃ったな!」
パーティの前に立ったジョーが、高らかに声を上げる。
「我々は、これまで何度も『忘れられた王の墓所』に挑み、そして敗れてきた。だが、今日でそれも終わりだ! 我々には、新たに『聖域』という、常識を打ち破る力が加わった。今日こそ、あの忌まわしき王の眠りを、我々の手で完全に終わらせる! いくぞ、お前たち!」

「「「オオォォォッ!!」」」

疾風雷電のメンバーたちが、雄叫びを上げる。その凄まじい士気に、リナは少し気圧されていたが、隣に立つ翔は、いつもと変わらず冷静なままだった。彼の心は、ただ一点、これから始まるであろう未知の戦いにのみ、集中していた。

一行は、目的地である『忘れられた王の墓所』へと向かった。そこは、王都から遥か南の、誰も立ち入らない禁断の渓谷の最奥に、その入り口を構えていた。
巨大な岩壁をくり抜いて作られた、壮麗にして不気味な霊廟。その入り口からは、冷たく、そして深い悲しみの気配を帯びた空気が、絶えず流れ出している。

「…開けるぞ」

ジョーの合図で、ゲイルを含む三人のタンク役が、巨大な石の扉に全体重をかけて、ゆっくりと押し開いていく。
ゴゴゴゴゴ…という重い音と共に扉が開くと、中から、無数の魂のすすり泣きが混じり合ったかのような、甲高い風切り音が響き渡った。

ダンジョン第一階層、『嘆きの回廊』。
内部は、どこまでも続くかのような、黒い石でできた巨大な回廊だった。天井は高く、壁も床も、光を吸収するかのような漆黒の石材でできている。リナが唱えた光の魔法も、普段よりその届く範囲が狭く感じられた。
そして、この回廊を支配しているのは、絶え間なく聞こえてくる、女とも子供ともつかない、悲しげなすすり泣きの声だった。それは、プレイヤーの精神に直接干渉し、不安と恐怖を煽る、悪質な呪いの一種だった。

「全員、精神抵抗のポーションを使え! ヒーラーは、防御結界を!」

ジョーが指示を飛ばす。だが、翔はその必要を感じなかった。彼のスキル【不動心】が、その精神攻撃を完全に無効化し、彼の心は、湖面のように静かなままだった。

その時、前方の闇の中から、すぅ…っと、半透明の人影が十数体、姿を現した。
陽炎のように揺らめく、悲しみの表情を浮かべた亡霊ファントム。それが、この第一階層の主だった。
疾風雷電の一人の剣士が、試しに剣を振るう。だが、その刃は、何の抵抗もなくファントムの体を通り抜け、空を切っただけだった。

「やはり、物理攻撃は無効か…!」

「予定通り、第二陣形へ移行! タンクは前線を維持し、アタッカーはヒーラーとメイジの護衛に回れ! 攻撃の主軸は、リナ君に一任する!」

ジョーの的確な指示が飛ぶ。
ゲイルたちが巨大な盾を構えて壁となり、ファントムたちの前進を阻む。その背後で、リナが杖を構え、膨大な魔力を練り上げ始めた。

「ショウ、私の詠唱が終わるまで、絶対に守り抜いて!」

「ああ、任せろ」

リナが集中力を高める。その魔力の輝きに引き寄せられるように、数体のファントムが、ゲイルたちの守りをすり抜け、後衛にいるリナへと殺到した。実体がないため、物理的な壁である盾を、まるで煙のように通り抜けてくるのだ。

「後衛に抜けたぞ! 誰か止めろ!」

だが、誰もが反応できない、その刹那。
翔が、動いた。
彼は、ファントムとリナの間に、滑り込むように立ち塞がる。

「お前の相手は、俺だ」

翔は、ファントムに拳を振るわない。振るっても意味がないことを、彼は理解していた。
彼は、ファントムがリナを害そうと伸ばしてくる、冷気を纏った霊的な腕を、自らの腕で「受け流し」始めたのだ。
神崎流体術、『流水操手りゅうすいそうしゅ』。相手の攻撃のベクトルを読み、最小限の力でその軌道を逸らし、受け流す防御の技。
彼は、実体を持たないはずのファントムの攻撃を、その魔力の流れ、気配そのものを捉えることで、物理的な攻撃であるかのように捌いてみせた。

「なっ…!?」
「拳士が、ファントムを抑えているだと!?」

その常識外れの光景に、疾風雷電のメンバーたちが驚愕の声を上げる。物理攻撃職は、この階層では無力なはずだった。だが、翔は、ダメージを与えるのではなく、「守る」という形で、最高の貢献をしてみせたのだ。
翔が作り出した、完璧な時間。その中で、リナの詠唱は、ついに完了した。

「天の光よ、我が声に応え、不浄を滅せ!――【アークライト】!」

彼女の杖先から、聖なる光の奔流が放たれる。その光は、嘆きの回廊の闇を切り裂き、ファントムの群れを飲み込んだ。
断末魔の叫びと共に、ファントムたちは聖なる光に浄化され、一掃される。

作戦は、完璧に成功した。
何よりも、疾風雷電のヒーラーたちは、MPをほとんど消費することなく、この第一波を乗り切ることができたのだ。

「…すごい。君たち二人だけで、この階層の攻略法を、完全に塗り替えてしまったな」

ジョーが、感嘆と、そして畏怖の念が混じった声で呟いた。
ゲイルも、サラも、他のメンバーも、もはや二人に疑いの目を向ける者はいなかった。彼らは、この二人組が、ギルドの規模などという陳腐な物差しでは測れない、本物の「切り札」であることを、その身をもって理解したのだ。

回廊の奥からは、未だ、悲しげなすすり泣きの声が聞こえ続けている。
だが、攻略パーティの面々の顔には、先程までの不安はなく、確かな希望の光が宿っていた。
彼らは、この長く、険しいダンジョンを、必ずや踏破できるだろうと。
翔とリナという、二つの規格外の光と共に。
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