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第六章
天覧(2)
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仕合の当日はうららかに晴れた良い日和だった。
いつものように集まった、という様子を取り繕ってはいるが、皆が皆今日の天覧仕合に緊張を隠せない面持ちだ。
それにおびただしい数の武装した衛士が仕合場を取り巻き、警戒の眼を光らせているのも異様な雰囲気を助長している。
やはりミカドの輿が見えても、あくまでも偶然通りかかったうえでの御観覧という体裁のため、気付かぬふりをして仕合を続けるようにとの命も正式に下っていた。
いつもと違うのはそれだけではない。
非公式とは名ばかりで半ば公然の催しのため、普段はスマイの仕合を見ることのない官人の妻妾や、宮中の女官たちも大勢押しかけており、彼女らの色とりどりの衣が会場に華を添えている。
仕合の差配には衛門府と左右衛士府、左右兵衛府の役人があたり、貴志麻呂の顔も認められた。さらには左右大衣のサシヒレとソバカリまで臨席している。
「大ごとになってしまいましたな。カザトどの」
そう言って苦笑しているのはオオヒコだ。彼も東方の遣い手として選ばれ、カザトの隣に陣取っているのだ。
他の面々もカザトが一度は手合わせをしたことのある顔なじみだった。いずれも一騎当千の猛者ぞろいで、さすが貴志麻呂の人選に誤りはない。
カザトが何気なく観衆を見渡すと、最前列に貴志麻呂の姉の姿を見つけた。
眼が合うと彼女は軽く手を振って、小さな握りこぶしを突きだす真似をした。唇が「がんばれ」の形に動いている。
ふとその横を見やると、なんと大伴旅人が何食わぬ顔で立っているではないか。
秦家の従者のふりをしたつもりだろうか、粗末な衣をまとって変装までする念の入れようだ。こちらはカザトに向けて、くいっと盃を傾ける仕草をしてみせた。
あまりのことにカザトは思わず笑ってしまう。一息に緊張がほどけていく。
「西方がおいでなさったようですな」
オオヒコの声に対面を見やると、西方の組とおぼしき男たちが五人そろってこちらに向かってくるのが見えた。
いずれもカザトの知らない顔ばかりだが、体つきといい、面構えといい、東方に負けない手練れぞろいなのが見て取れる。
他の四人に一歩遅れるように、少し俯き加減に歩を進める長身総髪の若者がいた。
大隅のヒギトだ。
カザトの思ったとおり、彼もこの仕合に選ばれたのだ。
東西の差配役に導かれて、横一列に並んだそれぞれの組の遣い手たちが向かい合った。
「各々方、眼を突かぬこと、金的を狙わぬこと、どちらかがまいったと言えばただちに攻撃をやめること。また、地面に投げつけられれば勝負ありとする。鍛錬の成果を存分に発揮し、力の限り立ち合われよ」
東方差配役の貴志麻呂が簡単に仕合の決まりごとを説明し、両組は距離をとって対峙した。
これから男たちが戦いを繰り広げる空間が、不気味なまでの圧力となって迫ってくるように感じられる。
カザトの正面にはちょうど大隅のヒギトが立っている。最端に並ぶカザトとヒギトは、ともに勝ち抜き戦の大将格だ。どちらかの四番手が最後まで勝ち抜かない限り、二人は戦うことになる。
差配役によって第一の仕合をする者の名が呼び上げられた。
観客から歓声が湧き起こり、進み出た両者がにらみ合うように構えをとる。
ふと見ると道の角に隠れるようにして、いつの間にか輿が止まっているのが認められた。幾重にも翳(さしば)が差しかけられていてこちらからは良く見えないが、あそこにミカドがおわすのだろう。
はじめ、の掛け声で一番手の両者は正面から組み合った。
鍛え上げられた肉体同士が衝突する音が会場に響き渡り、女官たちが息をのむ様子が伝わってくる。
力と力が真っ向からぶつかるような仕合運びはまさしく正統派のスマイだ。
東方がひときわ深く相手を引き寄せ、内股に脚を差し入れるように跳ね上げて豪快な投げを打った。どよめきと拍手が巻き起こる。第一の組合せは東方の勝利だ。だが勝ち抜き戦という取り決めのため、休む間もなく西方の二番手と立ち合わなくてはならない。
二番目の組み合わせでも先ほど同様、真っ向から組み合う形で仕合が展開した。
しかし直前の仕合で相当に体力を消耗しているのだろう。東方の一番手は力尽きたように地面に投げ出された。
スマイの仕合で組み合ったまま両者が投げを狙っている場合、全身に力が込められるうえ、ほとんど無呼吸状態となる。したがって一仕合終わるとぜいぜいと荒い呼吸をするほどに疲労しきってしまうのだ。
続いて東方二番手が進み出る。これもやはり連続して仕合う方が体力を消耗しているのが明らかなように、西方二番手を力で押し切るような投げで仕留めた。
次に出てきた西方の三番手は、両の拳を前に突き出すような構えをとり、組み合うことを許さなかった。
貴志麻呂のように拳足の技を遣う者らしい。東方が隙を見て組みに行こうとするが、その出鼻に蹴りや突きを浴びせられるため思うような体勢に持ち込めない。
果敢に突進を仕掛けたところを、西方が冷静に体を捌き、脚をすくうようにして転倒させ見事な勝ちをおさめた。
珍しい技前に観客からわっと拍手が巻き起こる。心なしかミカドの座乗する輿のあたりも楽しげに揺れ動いているようだ。
東方三番手も、西方拳足の技の遣い手に圧倒される形で土を付けられた。胴に強烈な突きをまともに受け、息の詰まったところをやはり脚を刈られてしまったのだ。
貴志麻呂とはまた雰囲気の異なる拳風だが、相当に強いことは確かだ。この人と戦って勝てるだろうか、カザトはついそんなことを考えてしまう。
いよいよ東方は四番手、オオヒコの出番だ。
名を呼び上げられたオオヒコは、カザトに向かって軽く頷いてみせた。心配しなくていい、任せてください。まるでそう言っているかのような頼もしい足取りで仕合場へと歩を進めてゆく。
西方三番手と向かい合ったオオヒコは、身を低くして開いた両手を顔の前に立てる独特の構えをとった。
貴志麻呂との仕合の後、随分と拳足の技の遣い手との戦い方を工夫したのだろう。やみくもに組みに行かず、相手の出方を充分に見極める作戦だ。
じりじりと間合いが詰まり、両者の距離が手を伸ばせば互いの拳が触れ合うほどにまで縮まった。
その瞬間、西方が牽制するかのように突きを放つ。オオヒコは慌てず前腕でいなすようにその突きを捌いた。
続けて二撃、三撃と素早い突きが連続で放たれるが、オオヒコは全て同じ要領で受け流し、西方の攻撃を完封している。うまい戦い方だ。カザトは食い入るように彼の仕合ぶりを見つめている。
西方はこの流れを変えようと一旦間合いを切り、一際強力な突きを浴びせてきた。
オオヒコは余裕を持って前腕で捌く。しかし、突きを受け流されて体勢を崩したと見せかけ、その反動で今度は強烈な蹴りを放ってきた。狙うのはオオヒコの側頭部だ。
危ない、とカザトが息をのんだ瞬間、オオヒコは寸前で蹴りを受け止め、一本立ちとなった足を鋭く刈って西方を宙に舞わせた。
相手のお株を奪うかのような華麗な技に、再び会場に歓声が湧き起る。
次は西方も四番手だ。オオヒコに勝るとも劣らない巨体の男が立ちはだかった。今度は互いに真っ向からぶつかり合う形だ。
がっぷり四つに組み合った二人からは筋肉のきしむ音が聞こえてくるかのようだ。じりっ、じりっと少しずつ押されているのはオオヒコの方だ。
だが、声にならない声とともに踏みとどまったオオヒコは渾身の力を込めて相手を押し返しにかかった。
力と力、剛と剛が正面からぶつかり火花を散らす。負けじと西方が更なる力を振り絞って押しにかかった瞬間、オオヒコは身体を斜めに捌き、相手を抱えたまま反り身になって後方に投げを打った。
西方の遣い手は為す術もなく背中から叩きつけられ、ずしん、と地面の揺れる音が聞こえるようだった。
見事な技の冴えに拍手喝采が巻き起こる。カザトも観客と一緒になって夢中で手を叩いた。豪快な決め技の披露に観客も興奮を抑えきれないようだ。
そしてついに、西方は最後の一人となった。
五番手である大隅のヒギトは静かにオオヒコと対峙した。
カザトよりも長身とはいえ、巨体のオオヒコと向き合うとその細身の体がより一層、小さなものに見える。
一瞬、ヒギトがカザトに強い視線を向けたように感じた。
差配役のはじめ、の掛け声とともに、ヒギトは猛然とオオヒコに組み付いた。真正面から勝負を仕掛けようというのだ。予想外の出だしに差配の貴志麻呂も思わず身を乗り出して見つめている。
組み合った二人はそのまま微動だにしない。
カザトの側からはオオヒコの巨体に隠れてヒギトの様子を見ることはできないが、両者の足が深く地面を捉えてつま先にまで神経が張り巡らされていることから、力で拮抗していることがみてとれる。
苦しくなったのか、やや強引にオオヒコが投げを仕掛けた。きれいに脚がからまり、ヒギトの身体が宙に浮く。
だが、ヒギトは投げられながらも空中でふわりと身体を反転させてオオヒコの懐深くに着地し、そのまま背負うような格好で逆に投げを放った。
足元の地面に吸い込まれるかのように、オオヒコの巨体が垂直に落下する。
一瞬の攻防に、何が起こったのか分からず観客は声も出せずに立ち尽くしている。差配役たちも呆気にとられて言葉もない様子だ。
ヒギトは倒れたオオヒコを一瞥すると、顔色一つ変えることもなく黙って踵を返した。
我に返った差配役の一人が、慌てて西方の勝ち名乗りを上げ、遅れて観客から拍手が巻き起こった。
カザトは背中を冷たい空気が這い上ってくるかのような寒気を覚え、身体が細かく震えだすのをはっきりと感じていた。
いつものように集まった、という様子を取り繕ってはいるが、皆が皆今日の天覧仕合に緊張を隠せない面持ちだ。
それにおびただしい数の武装した衛士が仕合場を取り巻き、警戒の眼を光らせているのも異様な雰囲気を助長している。
やはりミカドの輿が見えても、あくまでも偶然通りかかったうえでの御観覧という体裁のため、気付かぬふりをして仕合を続けるようにとの命も正式に下っていた。
いつもと違うのはそれだけではない。
非公式とは名ばかりで半ば公然の催しのため、普段はスマイの仕合を見ることのない官人の妻妾や、宮中の女官たちも大勢押しかけており、彼女らの色とりどりの衣が会場に華を添えている。
仕合の差配には衛門府と左右衛士府、左右兵衛府の役人があたり、貴志麻呂の顔も認められた。さらには左右大衣のサシヒレとソバカリまで臨席している。
「大ごとになってしまいましたな。カザトどの」
そう言って苦笑しているのはオオヒコだ。彼も東方の遣い手として選ばれ、カザトの隣に陣取っているのだ。
他の面々もカザトが一度は手合わせをしたことのある顔なじみだった。いずれも一騎当千の猛者ぞろいで、さすが貴志麻呂の人選に誤りはない。
カザトが何気なく観衆を見渡すと、最前列に貴志麻呂の姉の姿を見つけた。
眼が合うと彼女は軽く手を振って、小さな握りこぶしを突きだす真似をした。唇が「がんばれ」の形に動いている。
ふとその横を見やると、なんと大伴旅人が何食わぬ顔で立っているではないか。
秦家の従者のふりをしたつもりだろうか、粗末な衣をまとって変装までする念の入れようだ。こちらはカザトに向けて、くいっと盃を傾ける仕草をしてみせた。
あまりのことにカザトは思わず笑ってしまう。一息に緊張がほどけていく。
「西方がおいでなさったようですな」
オオヒコの声に対面を見やると、西方の組とおぼしき男たちが五人そろってこちらに向かってくるのが見えた。
いずれもカザトの知らない顔ばかりだが、体つきといい、面構えといい、東方に負けない手練れぞろいなのが見て取れる。
他の四人に一歩遅れるように、少し俯き加減に歩を進める長身総髪の若者がいた。
大隅のヒギトだ。
カザトの思ったとおり、彼もこの仕合に選ばれたのだ。
東西の差配役に導かれて、横一列に並んだそれぞれの組の遣い手たちが向かい合った。
「各々方、眼を突かぬこと、金的を狙わぬこと、どちらかがまいったと言えばただちに攻撃をやめること。また、地面に投げつけられれば勝負ありとする。鍛錬の成果を存分に発揮し、力の限り立ち合われよ」
東方差配役の貴志麻呂が簡単に仕合の決まりごとを説明し、両組は距離をとって対峙した。
これから男たちが戦いを繰り広げる空間が、不気味なまでの圧力となって迫ってくるように感じられる。
カザトの正面にはちょうど大隅のヒギトが立っている。最端に並ぶカザトとヒギトは、ともに勝ち抜き戦の大将格だ。どちらかの四番手が最後まで勝ち抜かない限り、二人は戦うことになる。
差配役によって第一の仕合をする者の名が呼び上げられた。
観客から歓声が湧き起こり、進み出た両者がにらみ合うように構えをとる。
ふと見ると道の角に隠れるようにして、いつの間にか輿が止まっているのが認められた。幾重にも翳(さしば)が差しかけられていてこちらからは良く見えないが、あそこにミカドがおわすのだろう。
はじめ、の掛け声で一番手の両者は正面から組み合った。
鍛え上げられた肉体同士が衝突する音が会場に響き渡り、女官たちが息をのむ様子が伝わってくる。
力と力が真っ向からぶつかるような仕合運びはまさしく正統派のスマイだ。
東方がひときわ深く相手を引き寄せ、内股に脚を差し入れるように跳ね上げて豪快な投げを打った。どよめきと拍手が巻き起こる。第一の組合せは東方の勝利だ。だが勝ち抜き戦という取り決めのため、休む間もなく西方の二番手と立ち合わなくてはならない。
二番目の組み合わせでも先ほど同様、真っ向から組み合う形で仕合が展開した。
しかし直前の仕合で相当に体力を消耗しているのだろう。東方の一番手は力尽きたように地面に投げ出された。
スマイの仕合で組み合ったまま両者が投げを狙っている場合、全身に力が込められるうえ、ほとんど無呼吸状態となる。したがって一仕合終わるとぜいぜいと荒い呼吸をするほどに疲労しきってしまうのだ。
続いて東方二番手が進み出る。これもやはり連続して仕合う方が体力を消耗しているのが明らかなように、西方二番手を力で押し切るような投げで仕留めた。
次に出てきた西方の三番手は、両の拳を前に突き出すような構えをとり、組み合うことを許さなかった。
貴志麻呂のように拳足の技を遣う者らしい。東方が隙を見て組みに行こうとするが、その出鼻に蹴りや突きを浴びせられるため思うような体勢に持ち込めない。
果敢に突進を仕掛けたところを、西方が冷静に体を捌き、脚をすくうようにして転倒させ見事な勝ちをおさめた。
珍しい技前に観客からわっと拍手が巻き起こる。心なしかミカドの座乗する輿のあたりも楽しげに揺れ動いているようだ。
東方三番手も、西方拳足の技の遣い手に圧倒される形で土を付けられた。胴に強烈な突きをまともに受け、息の詰まったところをやはり脚を刈られてしまったのだ。
貴志麻呂とはまた雰囲気の異なる拳風だが、相当に強いことは確かだ。この人と戦って勝てるだろうか、カザトはついそんなことを考えてしまう。
いよいよ東方は四番手、オオヒコの出番だ。
名を呼び上げられたオオヒコは、カザトに向かって軽く頷いてみせた。心配しなくていい、任せてください。まるでそう言っているかのような頼もしい足取りで仕合場へと歩を進めてゆく。
西方三番手と向かい合ったオオヒコは、身を低くして開いた両手を顔の前に立てる独特の構えをとった。
貴志麻呂との仕合の後、随分と拳足の技の遣い手との戦い方を工夫したのだろう。やみくもに組みに行かず、相手の出方を充分に見極める作戦だ。
じりじりと間合いが詰まり、両者の距離が手を伸ばせば互いの拳が触れ合うほどにまで縮まった。
その瞬間、西方が牽制するかのように突きを放つ。オオヒコは慌てず前腕でいなすようにその突きを捌いた。
続けて二撃、三撃と素早い突きが連続で放たれるが、オオヒコは全て同じ要領で受け流し、西方の攻撃を完封している。うまい戦い方だ。カザトは食い入るように彼の仕合ぶりを見つめている。
西方はこの流れを変えようと一旦間合いを切り、一際強力な突きを浴びせてきた。
オオヒコは余裕を持って前腕で捌く。しかし、突きを受け流されて体勢を崩したと見せかけ、その反動で今度は強烈な蹴りを放ってきた。狙うのはオオヒコの側頭部だ。
危ない、とカザトが息をのんだ瞬間、オオヒコは寸前で蹴りを受け止め、一本立ちとなった足を鋭く刈って西方を宙に舞わせた。
相手のお株を奪うかのような華麗な技に、再び会場に歓声が湧き起る。
次は西方も四番手だ。オオヒコに勝るとも劣らない巨体の男が立ちはだかった。今度は互いに真っ向からぶつかり合う形だ。
がっぷり四つに組み合った二人からは筋肉のきしむ音が聞こえてくるかのようだ。じりっ、じりっと少しずつ押されているのはオオヒコの方だ。
だが、声にならない声とともに踏みとどまったオオヒコは渾身の力を込めて相手を押し返しにかかった。
力と力、剛と剛が正面からぶつかり火花を散らす。負けじと西方が更なる力を振り絞って押しにかかった瞬間、オオヒコは身体を斜めに捌き、相手を抱えたまま反り身になって後方に投げを打った。
西方の遣い手は為す術もなく背中から叩きつけられ、ずしん、と地面の揺れる音が聞こえるようだった。
見事な技の冴えに拍手喝采が巻き起こる。カザトも観客と一緒になって夢中で手を叩いた。豪快な決め技の披露に観客も興奮を抑えきれないようだ。
そしてついに、西方は最後の一人となった。
五番手である大隅のヒギトは静かにオオヒコと対峙した。
カザトよりも長身とはいえ、巨体のオオヒコと向き合うとその細身の体がより一層、小さなものに見える。
一瞬、ヒギトがカザトに強い視線を向けたように感じた。
差配役のはじめ、の掛け声とともに、ヒギトは猛然とオオヒコに組み付いた。真正面から勝負を仕掛けようというのだ。予想外の出だしに差配の貴志麻呂も思わず身を乗り出して見つめている。
組み合った二人はそのまま微動だにしない。
カザトの側からはオオヒコの巨体に隠れてヒギトの様子を見ることはできないが、両者の足が深く地面を捉えてつま先にまで神経が張り巡らされていることから、力で拮抗していることがみてとれる。
苦しくなったのか、やや強引にオオヒコが投げを仕掛けた。きれいに脚がからまり、ヒギトの身体が宙に浮く。
だが、ヒギトは投げられながらも空中でふわりと身体を反転させてオオヒコの懐深くに着地し、そのまま背負うような格好で逆に投げを放った。
足元の地面に吸い込まれるかのように、オオヒコの巨体が垂直に落下する。
一瞬の攻防に、何が起こったのか分からず観客は声も出せずに立ち尽くしている。差配役たちも呆気にとられて言葉もない様子だ。
ヒギトは倒れたオオヒコを一瞥すると、顔色一つ変えることもなく黙って踵を返した。
我に返った差配役の一人が、慌てて西方の勝ち名乗りを上げ、遅れて観客から拍手が巻き起こった。
カザトは背中を冷たい空気が這い上ってくるかのような寒気を覚え、身体が細かく震えだすのをはっきりと感じていた。
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