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第10膳
夏の涼味のわらび餅!石焼き芋とよく似たリズムで売りにきますよ
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先日伊緒さんが保護した茶トラの子ニャーは、「コロ」と名付けられた。
これはぼくが子どもの頃にこのお家にいた、同じく茶トラネコの名前を襲名した形になる。
つまりは「二代目・コロ」なのだけど、この子ニャーがまたとんでもなくやんちゃだった。
「にー!」と鳴いてはだだっ、と走っていってカーテンのひらひらにかじりつく。
「ににー!」と鳴いてはがしがしがし、と網戸のいちばん上までクライミングする。
そしてコロが何かいたずらするたびに、
「こらあ!このニャン太郎はーっ!」
と伊緒さんが嬉しそうにてけてけとすっ飛んできて、子猫に懇切な訓告を行うのだ。
コロももはや心得たもので、伊緒さんに怒られるとお座りのポーズで、
「に」
と小首をかしげておとなしく聞いている。
じつに平和だ。
日々是好日。
子猫というのはいつもフルパワーで遊びまわって、ある瞬間に突然電池が切れたかのように、ことんと眠りに落ちてしまう。
今日もさんざんあばれまわったあげく、ほとんどうつ伏せというふしぎなポーズのまま、行き倒れのように眠りこけている。
伊緒さんは寝ているコロをやさしくなでたり、ピンクのお鼻とへの字口の接点を観察したりしていたが、ふと外から聞こえてくる音に耳をそばだてた。
「晃くん、なんだろこの音。どこかで聞いたような……」
まさか……この曲は……"石焼き芋"……!?
ぼくも耳を澄ますとたしかに、
~♪はにゃわー・わ・わん
と、「~♪いしやーき・い・も」のリズムで何やらスピーカーから歌が流れているのが聞こえてくる。
しかし、ばかな……!
いまは真夏の昼下がりだぞ……!!
みたいな顔で、伊緒さんがはわはわと緊迫している。
でもでも、関西では真夏に焼き芋って普通なんだべか。
でもでも……。おじさん、暑いんでないかい?
そんなことを思っているであろう彼女の心配をよそに、ぼくは久しぶりに聞くその音にすっかり嬉しくなってしまった。
ああ、なつかしい!"アレ"がやってきたんだな!
「伊緒さん、ちょっとのぞきにいきませんか。外はあっついから、帽子でもかぶってくださいね」
かくして白いワンピースに大きな麦わら帽子という、夏休みのこどもみたいな姿の伊緒さんと炎天のもとへと踏み出した。
伊緒さんが動き出すと子ニャーもぱちっと目を覚まし、にーにーにー!と騒ぎ出したので彼女が一緒に連れていく。
もこもこした黄色い子猫をしっかり抱きかかえて、帽子の影で陽射しからかばってあげる様子は、なんだかほほえましいかぎりだ。
お家の前の長い下り坂は、太陽の熱で陽炎のように揺らめいている。
そしてその向こうから、一台の軽トラがさっきの歌を流しながら、ゆっくりゆっくり坂をのぼってやってくる。
ここまで来ると、歌詞の中身もはっきりぼくたちの耳に届くようになった。
~♪わらびー・も・ち
わらび・もち
つべたーい つべたーい
わらびもち
「ええ!わらびもちの移動販売?」
伊緒さんがびっくりして、ゆらめく軽トラを凝視している。
そう、関西ではわらびもちの移動販売がとってもポピュラーで、このような住宅地にも時折やってくるのだった。
昔はリヤカーとか自転車とかだったのがいまでは軽トラになっているが、それでも関西の夏の風物詩のひとつには違いない。
「つべたいつべたい、わらびもちやでえ。いとはん、おひとつどないですか」
ぼくたちの前までやってきた軽トラから、おじさんが朗らかに声をかけてくる。
"いとはん"は大阪の古い商家言葉で、"お嬢さん"の少しくだけた言い方だ。
これもずいぶんと久しぶりに耳にして、さらに嬉しくなったぼくはひとパック買うことにした。
軽トラの荷台にはクーラーボックスみたいなものがしつらえられ、中には氷水と一緒にぷかぷかとわらびもちが浮いている。
おじさんは金網でざっとわらびもちをすくい、ちゃきちゃきっと水気をきってパックに移す。
ぷるんぷるん、とゆれる透明なわらびもちは、まるで清水を丸いゼリーにしたかのように涼やかだ。
初めて見る光景に、伊緒さんが目を輝かせている。
その腕に抱かれた子ニャーも、なにごとかと目を丸くしている。
「はい、おおきに。いとはんとニャンにサービスな」
おじさんはネコ好きなのか、伊緒さんに抱かれたコロをみて目を細め、ちょっと多めに盛ってくれた。
わらびー・も・ち、の歌とともにゆっくりと去るおじさんに手を振り、戻ってさっそくいただくことにする。
ガラスの器にわらびもちをあけ、姿がきれいなので添付のきなこはそのままかけず、別皿に用意した。
かつてわらびもちとは、その名の通り山菜で有名なわらびの根からとれたでんぷんでつくられたという。
その歴史は古いと考えられており、平安時代の醍醐天皇が好物だったという言い伝えがある。
本物のわらび粉を使った古式のわらびもちは、真っ黒な色をしていてとんでもなくぷるんぷるんなのだそうだ。
まだ食べたことはないけれど、ぼくは畏敬の念を込めてそれを「真・わらびもち」と呼んでいる。
現代の透明なわらびもちは、さつまいもやタピオカなんかのでんぷんでつくられているが、涼しげなその姿はそれはそれで風情のあるものだ。
「冷ゃっこくて、もちもちして、ほんのり甘くてすごくおいしい!」
伊緒さんはわらびもちをたいへん気に入って、喜んで食べてくれた。
実際にジェル状の素材が身体の熱を吸収して、涼味を感じるのだという説もあるらしい。
「そうだ!晩ごはんは鶏肉を"くずたたき"にしましょう!口当たりもいいし、夏らしいものね!」
おお、わらびもちがメニューのヒントになったみたいだ。さすが伊緒さん。
と、感心していると、それまで伊緒さんのひざの上からテーブルに前足だけかけておとなしくしていた子ニャーが、わらびもちにちょっかいをかけはじめた。
ぷるぷると思わせぶりに揺れるので、ネコの本能を刺激するのだろう。
ついにわらびもち目掛けてネコぱんちを繰り出そうとしたその時、
「こらあっ、コロ!だめでしょや!」
と、伊緒さんにつまみ上げられてしまった。
にんげんのたべもので、あそんではいけません。
こんなものたべたら、のどにつっかえてしまいますよ。
いつもの通り、一語一語懇切丁寧に言い含めている。
「にー……」
子ニャーはうなだれて、神妙なフリをしつつもちゃんとそれを聞いている。
なんて平和なんだろう。
ゆっくりと、真夏の午後は過ぎていく。
これはぼくが子どもの頃にこのお家にいた、同じく茶トラネコの名前を襲名した形になる。
つまりは「二代目・コロ」なのだけど、この子ニャーがまたとんでもなくやんちゃだった。
「にー!」と鳴いてはだだっ、と走っていってカーテンのひらひらにかじりつく。
「ににー!」と鳴いてはがしがしがし、と網戸のいちばん上までクライミングする。
そしてコロが何かいたずらするたびに、
「こらあ!このニャン太郎はーっ!」
と伊緒さんが嬉しそうにてけてけとすっ飛んできて、子猫に懇切な訓告を行うのだ。
コロももはや心得たもので、伊緒さんに怒られるとお座りのポーズで、
「に」
と小首をかしげておとなしく聞いている。
じつに平和だ。
日々是好日。
子猫というのはいつもフルパワーで遊びまわって、ある瞬間に突然電池が切れたかのように、ことんと眠りに落ちてしまう。
今日もさんざんあばれまわったあげく、ほとんどうつ伏せというふしぎなポーズのまま、行き倒れのように眠りこけている。
伊緒さんは寝ているコロをやさしくなでたり、ピンクのお鼻とへの字口の接点を観察したりしていたが、ふと外から聞こえてくる音に耳をそばだてた。
「晃くん、なんだろこの音。どこかで聞いたような……」
まさか……この曲は……"石焼き芋"……!?
ぼくも耳を澄ますとたしかに、
~♪はにゃわー・わ・わん
と、「~♪いしやーき・い・も」のリズムで何やらスピーカーから歌が流れているのが聞こえてくる。
しかし、ばかな……!
いまは真夏の昼下がりだぞ……!!
みたいな顔で、伊緒さんがはわはわと緊迫している。
でもでも、関西では真夏に焼き芋って普通なんだべか。
でもでも……。おじさん、暑いんでないかい?
そんなことを思っているであろう彼女の心配をよそに、ぼくは久しぶりに聞くその音にすっかり嬉しくなってしまった。
ああ、なつかしい!"アレ"がやってきたんだな!
「伊緒さん、ちょっとのぞきにいきませんか。外はあっついから、帽子でもかぶってくださいね」
かくして白いワンピースに大きな麦わら帽子という、夏休みのこどもみたいな姿の伊緒さんと炎天のもとへと踏み出した。
伊緒さんが動き出すと子ニャーもぱちっと目を覚まし、にーにーにー!と騒ぎ出したので彼女が一緒に連れていく。
もこもこした黄色い子猫をしっかり抱きかかえて、帽子の影で陽射しからかばってあげる様子は、なんだかほほえましいかぎりだ。
お家の前の長い下り坂は、太陽の熱で陽炎のように揺らめいている。
そしてその向こうから、一台の軽トラがさっきの歌を流しながら、ゆっくりゆっくり坂をのぼってやってくる。
ここまで来ると、歌詞の中身もはっきりぼくたちの耳に届くようになった。
~♪わらびー・も・ち
わらび・もち
つべたーい つべたーい
わらびもち
「ええ!わらびもちの移動販売?」
伊緒さんがびっくりして、ゆらめく軽トラを凝視している。
そう、関西ではわらびもちの移動販売がとってもポピュラーで、このような住宅地にも時折やってくるのだった。
昔はリヤカーとか自転車とかだったのがいまでは軽トラになっているが、それでも関西の夏の風物詩のひとつには違いない。
「つべたいつべたい、わらびもちやでえ。いとはん、おひとつどないですか」
ぼくたちの前までやってきた軽トラから、おじさんが朗らかに声をかけてくる。
"いとはん"は大阪の古い商家言葉で、"お嬢さん"の少しくだけた言い方だ。
これもずいぶんと久しぶりに耳にして、さらに嬉しくなったぼくはひとパック買うことにした。
軽トラの荷台にはクーラーボックスみたいなものがしつらえられ、中には氷水と一緒にぷかぷかとわらびもちが浮いている。
おじさんは金網でざっとわらびもちをすくい、ちゃきちゃきっと水気をきってパックに移す。
ぷるんぷるん、とゆれる透明なわらびもちは、まるで清水を丸いゼリーにしたかのように涼やかだ。
初めて見る光景に、伊緒さんが目を輝かせている。
その腕に抱かれた子ニャーも、なにごとかと目を丸くしている。
「はい、おおきに。いとはんとニャンにサービスな」
おじさんはネコ好きなのか、伊緒さんに抱かれたコロをみて目を細め、ちょっと多めに盛ってくれた。
わらびー・も・ち、の歌とともにゆっくりと去るおじさんに手を振り、戻ってさっそくいただくことにする。
ガラスの器にわらびもちをあけ、姿がきれいなので添付のきなこはそのままかけず、別皿に用意した。
かつてわらびもちとは、その名の通り山菜で有名なわらびの根からとれたでんぷんでつくられたという。
その歴史は古いと考えられており、平安時代の醍醐天皇が好物だったという言い伝えがある。
本物のわらび粉を使った古式のわらびもちは、真っ黒な色をしていてとんでもなくぷるんぷるんなのだそうだ。
まだ食べたことはないけれど、ぼくは畏敬の念を込めてそれを「真・わらびもち」と呼んでいる。
現代の透明なわらびもちは、さつまいもやタピオカなんかのでんぷんでつくられているが、涼しげなその姿はそれはそれで風情のあるものだ。
「冷ゃっこくて、もちもちして、ほんのり甘くてすごくおいしい!」
伊緒さんはわらびもちをたいへん気に入って、喜んで食べてくれた。
実際にジェル状の素材が身体の熱を吸収して、涼味を感じるのだという説もあるらしい。
「そうだ!晩ごはんは鶏肉を"くずたたき"にしましょう!口当たりもいいし、夏らしいものね!」
おお、わらびもちがメニューのヒントになったみたいだ。さすが伊緒さん。
と、感心していると、それまで伊緒さんのひざの上からテーブルに前足だけかけておとなしくしていた子ニャーが、わらびもちにちょっかいをかけはじめた。
ぷるぷると思わせぶりに揺れるので、ネコの本能を刺激するのだろう。
ついにわらびもち目掛けてネコぱんちを繰り出そうとしたその時、
「こらあっ、コロ!だめでしょや!」
と、伊緒さんにつまみ上げられてしまった。
にんげんのたべもので、あそんではいけません。
こんなものたべたら、のどにつっかえてしまいますよ。
いつもの通り、一語一語懇切丁寧に言い含めている。
「にー……」
子ニャーはうなだれて、神妙なフリをしつつもちゃんとそれを聞いている。
なんて平和なんだろう。
ゆっくりと、真夏の午後は過ぎていく。
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