紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート

三條すずしろ

文字の大きさ
9 / 72
第2章 影打・南紀重國の刀と由良さんの秘密

妖刀・影打南紀重國

しおりを挟む
ふいに、庭先のほうが騒がしくなった。
何人かが庭を踏み荒らすような音が聞こえ、離れの方角でざわめいている様子だ。

「あかん、無理に封印解く気いなんか!」

ご当主が険しい表情になった瞬間、ぞわりと背中に悪寒が這い登った。
屋敷全体がぐにゃあっと歪むような感覚の後、開け放たれていた障子や襖が、タンタンタンタン!と次々ひとりでに閉じられていく。

「あいつら、南紀さん盗りよったな」

さっきの男たちが戻ってきて、強引に南紀重國の封印を解いたようだ。
力づくで、刀を奪い去る気なのだ。

さっきまで穏やかだった屋敷の空気は、明らかに異常をきたしている。
何か重く、暗く、冷たい気配が、ズズッズズッと離れから迫ってきている。

次の瞬間、タアン!と障子が開け放たれ、手に手に抜き身の刀をぶら下げた男たちが入ってきた。
奥の一人は、南紀重國が封じられた細長い木箱を担いでいる。

「由良さん、先生、あぶない!」

男たちが何かを叫びながら抜き身を振り回して殺到し、ご当主がわたしたちをかばうように、畳に突き立てられていた刀たちの向こう側へ押しやった。

凶刃が届くかと思われた間一髪、畳に刺さった刀と刀の間にパリリッと紫電のようなものが走った。
抜き身を振り下ろした2名の男が、それに触れて感電したかのように痙攣し、どうっとその場に崩折れた。
ご当主は、この刀で結界を張っていたのだった。

「こっちや!」

ご当主が足元の刀を拾い、客間の反対側から走り出て縁側を抜け、別の部屋へと転がり込んだ。
外であるはずの景色はどろりとした黒い膜のようなもので覆われており、あの日の陵山古墳で鬼に襲われたときとまったく同じだ。

「南紀さんの封印が解けて、"あわい"になってしもたようやね」

由良さんが部屋の外を伺いながら、厳しい顔でそう呟いた。

うつし世とかくり世の境界、あわい

結界に裂け目をつくらない限りここからは抜け出せず、あらゆる通信手段も届かないため助けを呼ぶこともできない――。

隣で、ご当主が腕を押さえてその場に膝をついた。
見るとシャツがぐっしょりと鮮血に染まっており、顔面が蒼白になっている。

さっきわたしたちをかばって、あの男たちに斬られのだ。

血を見たわたしは一瞬気が遠くなったけれど、

「しっかり!」

と叫んだ由良さんの声で正気に戻った。
ともかくも、止血をしなくてはならない。
ご当主は気丈に自身で布を見繕い、由良さんとわたしに手伝わせて創傷に巻き付け、苦しい息のもとこう言った。

「あと一人、南紀さんを担いだ男が残っとる。あれは、刀の魔力に魅入られて取り憑かれた人間の顔やった……。屋敷には他にも結界が張ってあるさかい、奴もわしらあも行けるとこは限られとる。ここから縁側通って土間に降りて、外へ出なあわいを抜ける裂け目はつくられへん。奴に出遭わんように行けたらええけど、もし鉢合わせたら……。戦わなあかん」

ご当主は持ってきた刀をぐっと握りしめ、しっかり由良さんとわたしを見つめた。

それに応えて、由良さんもわたしも力強く頷く。

わたしたち三人は、全身を耳にしてそろりそろりと縁側を渡っていった。
屋敷は不気味なほど静まり返り、おそろしいものが潜んでいるなどとは思えないほどだ。

傷をおしてご当主が先頭に立ち、両脇からわたしたちが付いてゆく。
当初の好々爺というイメージは一変し、黒拵えの刀を携えた姿は果断な老剣士そのものだった。

渡り廊下の突き当り、小さな木扉をすうっと開くと、そこは土間だった。
ひんやりと冷たく、濡れた土のような匂いがする。

向かって左側は土壁で、古いかまどや鍬などの農機具が置いてある。
右側は縁台のような上がりかまちになっており、座敷への間は木製の襖のようなもので立て切られていた。

そして、正面のいちばん向こう側に出入り口が見えている。

三人が顔を見合わせて頷き、一気に走り抜けようと踏み出しかけたその時――。

バアンッ!と右手の木襖を突き抜けて、何かが土間に激しく転がり落ちた。

悲鳴をあげた瞬間にわたしが見たのは、さっきご当主に斬りかかってきた二人の男たちだった。

物のように叩きつけられ、ぴくりとも動かないまま土間に折り重なっている。

そして、壊された木襖の裂け目から、獣のような息づかいとともにもう一人の男が侵入してきた。

手には飴色に変色した、白木のままの柄と鞘をもつ長刀。

影打かげうち・南紀重國――。

だが、男はすでに人の顔をしていなかった。
鬼灯の実のように赤く燃える目。狼のように耳まで避けたかと思うほど開けられた口からは、だらりと舌が垂れ下がっている。

男は拙いマリオネットでもあるかのような覚束なさで、刀の柄に手をかけた。
ガタガタと痙攣しながら、ぬらあっと刀身を抜き出していく。

いっそう強い妖気が立ち上り、血生臭いような匂いが鼻をついた。が、

「ご当主、借りるで」

そう言って由良さんがご当主の刀を手にし、凶漢の正面に立ち塞がった。

刀のことを何も知らないわたしは、その時になってようやく、由良さんが携えているのが南紀重國の半分ほどしかない長さであることに気が付いた。

リーチでいえば、絶望的に不利なのではないか。

そんな不安を見透かしたのか、由良さんはこちらを振り返ると、なんとにこっと笑みを向けてみせた。

「あかり先生、今度は必ず助ける。必ずや」

そう言うと小太刀を腰に差し、胸の前で何かの印を結び、朗々と歌うかのように声を発した。

「当代由良の名において請い願う。つるぎの御技、我に貸し与えたもう!――六代目様!!」

次の瞬間、刀を振りかぶった男が、弾かれたように由良さん目掛けて襲いかかってきた。
由良さんはやや俯いて、両手はだらりと垂らしたままだ。

斬られる――!

凶刃が彼女に届こうというその刹那、なぜか男の刃は空を斬り、その勢いでもんどり打って転がった。

由良さんは、氷の上をすべるような体捌きで、音もなく身を躱したのだった。

しかし、倒れた男を冷たく見下ろす彼女は、明らかにいつもの由良さんではなかった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...