11 / 72
幕 間
あやかし文化財レポート・その2
しおりを挟む
「りんごをむいてあげましょう」
そう言ってわたしは、わりといそいそと支度を始めた。
この東堂医院は川のほとりにあり、病室からの眺めはとてもいい。
河川敷はすでに葉桜となっているけど、やわらかな緑がなんとも心をなごませてくれる。
院長の東堂慈庵先生は、わたしが陵山古墳で鬼に襲われた後、瀬乃神宮で手当をしてくれたお爺ちゃんだ。
なんでも、「ご用達」なのだそうだ。
「こういうシーンって、マンガででったい出てくるでなあ」
ベッドの上の由良さんが地の言葉全開でそう言い、わたしは思わず吹き出してしまう。
もちろんばかにしてるのではなくて、「ざ行」を「だ行」で発音するこの土地の方言がかわいらしかったから。
「でったい」が「ぜったい」の意味だとは、いまではすぐにわかる。
「そりゃあ、なんだか絵になりますものねえ。でも普通の病室だと、りんご切るのだめみたいですよ」
「せやろなあ。まあ、慈庵先生んとこやさかい、焼肉やるくらいやったらええんちゃう」
あまりの冗談に、わたしは今度こそ声を立てて笑った。
あの後、救援に来てくれた刑部さんと東堂医院の救急スタッフのおかげで、南紀重國を祀るご当主は一命を取り留めた。
妖刀の一件は伏せられたものの、あの凶漢たちの身柄は和歌山県警へと引き渡され、現在は警察病院で治療を受けているそうだ。
簡単な聞き取りでも、皆一旦屋敷を去った後の記憶がまったくないのだという。
わたしも本当なら事情聴取の対象のはずだけれど、「トクブンの刑部ですう」と、あの調子で刑部さんが間に入ると警察の人は敬礼して引き下がってしまった。
特務文化遺産課というのがどれくらいの力を持っているのかわからないけれど、飄々として掴みどころのない刑部さんが、さらに得体のしれない人物に感じてしまう。
けれど、「六代目様」と呼ばれた由良さんの前での、堂々とした立ち居振る舞いはまるでサムライかなにかのようだった。
ともかくも、あれだけ白刃が振るわれるという異常事態で誰も命を落とさなかったのは、不幸中の幸いとしか言えない。
「あかり先生、無事でよかったですう」
治療のために搬送されていくご当主を見送り、由良さんに付き添って救急車に同乗したわたしに、刑部さんが声をかけてきた。
もちろん、この人が助けに来てくれなかったら、さらなる惨事になっていただろう。
「由良さんの中にいてるんは、"ユラ"の名を継いできた歴代のあやかし狩り。その人たちの技と魂なんよ」
刑部さんが突然そう告げたけれど、さっきの光景を目のあたりにした後ではもう驚かなかった。
「六代目様」と言っていた理由、そして豹変した人格と口調、なにより凄まじい剣技――。
それらすべてが一つにつながった。
「ぼくの中にもいてるんやけど、一人だけでもほんまにしんどいです。そやのに、由良さんは何人預かってるんか……」
車内のストレッチャーに固定されている由良さんに目をやり、刑部さんは初めて少し哀しそうな顔をした。
わたしにとって、この人たちが背負っているもののほんの一端をみた、最初の出来事だった――。
「先生、りんごむくの上手やなあ」
「そうでしょう。実家にはりんごの木があったんですよ」
とりとめもないことを言いながら、いつもの由良さんとして目を覚ましてくれたことに心から安堵していた。
しゃくしゃくとりんごを頬張りながら、
「ちょっとずつ、私のこと話していくさかいよ」
と呟いた。
わたしが返事をしようと口を開きかけたとき、病室の外からぺたんぺたんとスリッパの音が聞こえ、ほどなくもしゃもしゃの頭をした刑部さんがビニール袋を掲げて入ってきた。
「由良さあん、りんご買うてったでえ……って、カブってもうた。ほな、あかり先生。ぼくにもむいたってよう」
由良さんがチッと舌打ちをし、わたしは遠慮なく、声を上げて笑った。
そう言ってわたしは、わりといそいそと支度を始めた。
この東堂医院は川のほとりにあり、病室からの眺めはとてもいい。
河川敷はすでに葉桜となっているけど、やわらかな緑がなんとも心をなごませてくれる。
院長の東堂慈庵先生は、わたしが陵山古墳で鬼に襲われた後、瀬乃神宮で手当をしてくれたお爺ちゃんだ。
なんでも、「ご用達」なのだそうだ。
「こういうシーンって、マンガででったい出てくるでなあ」
ベッドの上の由良さんが地の言葉全開でそう言い、わたしは思わず吹き出してしまう。
もちろんばかにしてるのではなくて、「ざ行」を「だ行」で発音するこの土地の方言がかわいらしかったから。
「でったい」が「ぜったい」の意味だとは、いまではすぐにわかる。
「そりゃあ、なんだか絵になりますものねえ。でも普通の病室だと、りんご切るのだめみたいですよ」
「せやろなあ。まあ、慈庵先生んとこやさかい、焼肉やるくらいやったらええんちゃう」
あまりの冗談に、わたしは今度こそ声を立てて笑った。
あの後、救援に来てくれた刑部さんと東堂医院の救急スタッフのおかげで、南紀重國を祀るご当主は一命を取り留めた。
妖刀の一件は伏せられたものの、あの凶漢たちの身柄は和歌山県警へと引き渡され、現在は警察病院で治療を受けているそうだ。
簡単な聞き取りでも、皆一旦屋敷を去った後の記憶がまったくないのだという。
わたしも本当なら事情聴取の対象のはずだけれど、「トクブンの刑部ですう」と、あの調子で刑部さんが間に入ると警察の人は敬礼して引き下がってしまった。
特務文化遺産課というのがどれくらいの力を持っているのかわからないけれど、飄々として掴みどころのない刑部さんが、さらに得体のしれない人物に感じてしまう。
けれど、「六代目様」と呼ばれた由良さんの前での、堂々とした立ち居振る舞いはまるでサムライかなにかのようだった。
ともかくも、あれだけ白刃が振るわれるという異常事態で誰も命を落とさなかったのは、不幸中の幸いとしか言えない。
「あかり先生、無事でよかったですう」
治療のために搬送されていくご当主を見送り、由良さんに付き添って救急車に同乗したわたしに、刑部さんが声をかけてきた。
もちろん、この人が助けに来てくれなかったら、さらなる惨事になっていただろう。
「由良さんの中にいてるんは、"ユラ"の名を継いできた歴代のあやかし狩り。その人たちの技と魂なんよ」
刑部さんが突然そう告げたけれど、さっきの光景を目のあたりにした後ではもう驚かなかった。
「六代目様」と言っていた理由、そして豹変した人格と口調、なにより凄まじい剣技――。
それらすべてが一つにつながった。
「ぼくの中にもいてるんやけど、一人だけでもほんまにしんどいです。そやのに、由良さんは何人預かってるんか……」
車内のストレッチャーに固定されている由良さんに目をやり、刑部さんは初めて少し哀しそうな顔をした。
わたしにとって、この人たちが背負っているもののほんの一端をみた、最初の出来事だった――。
「先生、りんごむくの上手やなあ」
「そうでしょう。実家にはりんごの木があったんですよ」
とりとめもないことを言いながら、いつもの由良さんとして目を覚ましてくれたことに心から安堵していた。
しゃくしゃくとりんごを頬張りながら、
「ちょっとずつ、私のこと話していくさかいよ」
と呟いた。
わたしが返事をしようと口を開きかけたとき、病室の外からぺたんぺたんとスリッパの音が聞こえ、ほどなくもしゃもしゃの頭をした刑部さんがビニール袋を掲げて入ってきた。
「由良さあん、りんご買うてったでえ……って、カブってもうた。ほな、あかり先生。ぼくにもむいたってよう」
由良さんがチッと舌打ちをし、わたしは遠慮なく、声を上げて笑った。
0
あなたにおすすめの小説
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる