紀伊 零神宮のあやかし文化財レポート

三條すずしろ

文字の大きさ
18 / 72
第4章 空海の大蛇封じと、裏高野の七口結界

霊山と黒河道

しおりを挟む
"日本国総菩提寺"とも呼ばれる紀伊の霊峰、高野山。

平安時代に空海が開いた真言密教の聖地で、標高約800 メートルの山上に120弱もの寺院がひしめく宗教都市でもある。

現在では"紀伊山地の霊場と参詣道"の一部として、世界遺産にも登録されている。

一山境内地いっさんけいだいちという言葉があるように高野山は山全体がひとつの寺と捉えられ、その存在自体が巨大な鎮壇になっているという。

弘法大師・空海が開山時に張り巡らした山そのものの結界に加え、各寺院ごとにも仏尊の加護が働いているため、全体として何重もの強力な結界で守られている。

しかし高野山へと至る7つのルート「七口」の結界の一部が弱っており、特に「黒河道くろこみち」という登山道の防御を更新せねばならないという。

わたしたちは、その結界守である"裏高野"の龍仙寺に向かうため、霊峰への登頂を期して険しい参詣道への第一歩を踏み出そうとしていた――。

というのは嘘で、わたしは今、高野山へと登る山岳鉄道に乗り込んでいる。
信じられないほどの山の中を縫ってぐんぐん高度を上げていく路線に、わたしはまたも子どものようにはしゃいでしまう。
だって面白いのだもの。

向かい合わせの4人がけボックス席にはユラさん、そして人の姿のコロちゃんとマロくん。
「山道に入るので動きやすい服装で」ということで、みんな見事に山ガールに仕上がっている。
あ、マロくんはガールではないけれど、まあとにかくそういうことだ。

もちろんお仕事なので遊びじゃないのだけれど、正直すごい楽しい。

「奥の院?そやなあ。延々石塔が並んで、信長と秀吉と家康の供養塔が仲良くしてるわ。あと、信玄と謙信も」
「最近は精進料理もおいしくなったんだよお。胡麻豆腐なんて、ぷるぷるもちもちして僕は好きだなあ」
「そうね。高野山の胡麻豆腐は皮をむいて作るから、白いのよ。あと精進はお肉もお魚も使わないけど、蒟蒻のお造りもどきなんか出てきて楽しいわ」
「せや。宿坊っていうて、お寺さんが宿してはるところもようけあるわ。確か温泉湧いてるとこもあったんちゃうかな」

わーわーと3人が色々教えてくれ、でもそれは今回の目的ではないのよね、と思うと身体がふるふるしてくる。

「待って、あかりんが悲しそうな顔してるよお」
「あっ、ごめん」
「ごめんね」
「今度はゆっくり山内回ろな。観光で」

古い寺院や仏さんに参って史跡を見て、お寺の宿で温泉浸かって精進料理頂いて、早起きして写経なんかしちゃったりして、そりゃあ楽しいに決まっている。

そんな日を楽しみにしつつ、マロくんからもらったボンタンアメを3ついっぺんに口に放りこんでやった。

ところが山を登りきったと思った終点の極楽橋から最後のひと駅、高野山駅までは急傾をゆくケーブルカーに乗り換えることを知ったわたしは、早々に機嫌を直したのだった。

とんでもない傾斜をごとん、ごとん、と引き上げられていくケーブルカーに揺られることわずかに5分。
作務衣姿の駅員さんたちに出迎えられて降り立った高野の山上は、明らかに平地とは空気感がちがう。
しゃきっと冷たいというか、やはり神聖な霊気のようなものを思わずにはいられない。

わたしたち4人はバスに乗り込み、女人堂の前を通って狭く曲がりくねった道をゆく。
運転手さん、すごい。

"高野山"と刻まれた石柱を過ぎると、下り坂の左右にみっしりと寺院の建物が見えてくる。
ほどなく警察署の前で降りたわたしたちは、ユラさんの先導で森へと至る道に進路をとった。

ふもとから山上へと至るかつてのルートは「高野七口」と呼ばれ、「町石道」「京大坂道」「黒河道」「大峰道」「小辺路」「相ノ浦道」「有田・龍神道」が知られている。

実際にはさらに細かいルートがあるらしいけれど、今回向かうのはそのうちの黒河道くろこみちで、山麓の橋本市から登る道だ。

これは本来、高野山に野菜などを納めるための「雑事ぞうじのぼり」に用いられた生活道でもあり、距離が短いかわりに急登のある健脚コースでもある。

いま向かっている裏高野の龍仙寺は山上からの方が近いため、わたしの体力に慮ってくれた面も大きいのだろう。

しばらくは舗装路が続いていたが、やがて周囲にほんのりと霧が立ってきた。
天気予報では晴れだったけど、やはり山の天気は予測しづらいみたいだ。

と、前方からお坊さんの集団が整然と歩んできた。
笠をかぶっていて顔はよく見えないがみんな若そうで、茶色というか渋みがかった黄色い法衣に身を包んでいる。

「あっ!ユラさん、お坊さんだ!お坊さんですよ!」

初めて間近で見る"ただしいお坊さん"に、わたしはすっかり取り乱した。

「そやねえ。お坊さんやねえ」

よしよし、と優しくわたしをなだめながら、ユラさんはかぶっていたキャップを脱いですれ違う僧団に合掌した。
わたしも慌ててそれにならい、お坊さんたちもにこやかに合掌で返してくれたが、そのうちの一人が「あっ」と声をあげた。

見るとお坊さんたちは、わたしのすぐ後ろをとことこ歩いていたコロちゃんとマロくんに驚愕の目を向けている。

そうだった。この子たちはこんなかわいいなりだけども、とんでもない年月を経た大精霊でもあるのだった。

若いとはいえさすがに霊山で修行する僧だけあって、瞬時に二人の神霊たる本性に気付いて拝跪し始めた。

コロちゃんとマロくんは慌ててそれを押し留め、

「いやいや、まあまあ」
「今日はプライベートですのでねえ」

などとまるで旅行地の芸能人みたいだ。

数珠を取り出して拝礼しながら見送ってくれる僧団から足早に離れつつ、

「お勤めごくろうさまですー」

などとたいへんに愛想がいい。

「いやあ、高野のお坊さんはほんとうによく修行されているねえ」
「ええ。若い頃の空海さんを思い出すわね」

二人の会話に、わたしは耳を疑った。

……はい?

クーカイさんって……どちらのクーカイさん……?
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

処理中です...