剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ

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第六章 昔がたり

銃を擱く明日

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ドライゼ銃――またはツンナール銃。
プロイセンの軍用ライフルで、後に世界初のボルトアクション式後装銃と呼ばれるようになったものだ。
幕末当時には多くの外国製銃火器が輸入されていたが、東堂は特にこの銃に着目していた。

伝統的な種子島も長州兵が用いたミニエー銃も同じ前装式、つまり銃口から火薬と弾を押し込んで発射する形式のものだ。
が、このドライゼは手元近くから弾込めが可能で、遊底ボルトの操作で薬莢を排出して次弾を装填できる銃だった。

これは前装式の5倍ともいわれる連射速度と、伏せたままなど最小限の動きでの弾丸装填を可能とするものだ。

「これがあれば……! 救えた命があったのだ!」

初めて聞く東堂の怒声。
口角泡立てる気勢で北畠道龍にくってかかり、早急なドライゼの導入を主張している。

銃の性能と運用法が戦の趨勢を左右することは、先の四境戦役で誰の目にも明らかだった。
東堂はドライゼの調達と操銃訓練を一任され、プロイセンの商会と接触すべく大坂へと発っていった。

「救えた命」の意味を、俺はずっと考えていた。
それが味方の損害を抑えるということならば、敵方にはそれ以上の打撃を与えることを表している。
では敵もドライゼのような武器で応戦してきたら。
もっともっと強力な殺戮兵器が次々に戦場へと投入されたら。

東堂の言いたいことはわかる。だが、それでは争いはけして終わらぬのではないか。

それからしばらくの後。
法福寺隊は天誅組討伐、そして四境戦役での武勲を讃えられ、藩内での存在感を確固たるものとしていた。
俺にも東堂にも、内々に準士分への昇格が沙汰されていた。
若い頃であったなら、涙して喜んだであろう。
足軽や中間身分の七里飛脚が、武功によって取り立てられるのだ。
武門に生まれた者にとって、これ以上のいさおはあるまい。

だが、俺はやはり、心の芯が冷えきったような思いでいた。

「まきは侍の奥方になりたいか」

二人が暮らすあばら家の囲炉裏端で、俺は何気ないふうを装って尋ねた。

「偉くなるのん?」
「内々の御沙汰だが」
「ふうん」
「今よりはよい暮らしをさせてやれる」
「でも嬉しないんやろ」
「…………」
「兄やんはすぐ顔に出るさかい、みなわかる」
「そうか」
「ご身分に嫁いだんとちゃう。兄やんに嫁いんだやさかい、どっちゃでもええで」
「そうか」
「そうや」

俺はなんだかおかしくなってきてしまい、思わず囲炉裏の縁に足を投げ出した。
もう、これ以上戦うのはよそうと思った。

「……俺にも漁ができるだろうか」
「うちが稽古つけたるよ」

そう言ってまきが笑ったとき、表戸を叩いて訪いを告げる声が聞こえた。
東堂だ。早くも大坂から戻ったのだ。

「急ですまない、片倉。御城へ同行してくれ。殿にドライゼをご照覧頂くことになった」

細長い包みと振分荷を携えた東堂は、いつになくいた様子だった。

「今すぐにか」
「ああ。今すぐだ」

聞けば道龍住職には伝達済みであるという。
茶の用意に立ったまきに声を掛け、奥の間に裃やらの装束を取りにゆく。
ほどなく戻ると、東堂は一心に囲炉裏の熾火に何かの紙を焚べていた。
ちりちりと黒むそれはすぐさま燃え上がり、ふわりと灰が浮き上がった。
東堂は顔をしかめ、他の紙は燃えさしが飛ばぬよう捻って炭の上に置き、熱灰をかぶせてゆく。

「何を燃している」
「弾薬包の反故ほごだ。外国語だが人目につかぬよう念のため」

見るとところどころに英語らしき文字が踊り、じわじわと灰になってゆく。

「まき、行ってくる。留守を頼む」
「あい。お早ようお帰り」

東堂もまきに会釈し、足早にあばら家を離れた。
そのまま海沿いの狭隘な崖道を進んでゆく。
俺は弾薬の振分荷を、東堂はドライゼ本体をそれぞれ担いでいる。
腰には二人とも、使い慣れた長脇差が一本。
準士分になったとしたら、大小刀の二本差しになるだろう。

お互いに普段からよく喋る方ではないが、この日の東堂はやけに饒舌だった。
旧式のゲベール銃で使う丸弾と、ミニエー銃やドライゼ銃の椎の実型ライフル弾の違い。
銃身内部に螺旋状に刻まれたライフリングという条痕の機能と効果。
撃発時に底部が膨張し、高圧の爆風が射手に向かってこない弾丸の構造。

「東堂」

俺はなんの前触れもなく、奴の話を遮った。

「準士分へのお取り立ては辞退するつもりだ」

息を呑んだ東堂は、ゆっくりと俺に顔を振り向けた。
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