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第一章 ひめごと
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しおりを挟む自分たちの使命は、非常にはっきりしたものだった。
「人形」は蒔かれた場所で人類を生み出し、彼らを守り育てなくてはならない。彼らが生きていけるだけの環境を整えながら、次世代を生むための教育もほどこしてやる。過去の過ちから学ばせて、今度こそは失敗しないように。
人類というのは本来であれば、遺伝的に近すぎる個体同士で番になれば子供に不具合が生じるものらしい。
しかし、自分たちから生まれてくる子供たちはほとんど無限の遺伝的バリエーションを持つ。だから同時に生まれた子供同士で後に番になったとしても、特になんの問題もない。
(だけど……)
しかしそれは、逆に言えば要するに、自分たちはだれの親でもないということでもある。
「人間」と呼ばれる彼らとは、厳密にはなんの遺伝的なつながりもないということだ。
親でもなければ、子でもない。本質的な意味での血のつながりはないからだ。
けれど。
(だったら……ぼくらは?)
自分たちは、いったい何だというのだろう。
与えられたこの命には、どんな意味があるというのか。
ドームの周りを囲んでいる緑の森。その下で、あおあおとした濃い匂いを放っている茂み。頭上に輝く陽光がちらちらと木漏れ日になって落ちてくる。その間を、幸せそうな甲高い小鳥の声や、眠気を誘う虫の羽音が縫い取っていく。涼しいそよ風に揺らされて、さわさわと葉擦れの音がする。
しかし。
これらすべては、まがいものだ。そう言い切るには確かに語弊もあるけれど、これらがここに自然発生してきた生き物たちでないことは事実だから。もともと生息していた惑星から、人工的に種や卵などを運ばれてきただけのことなのだ。
地下に広がったこの世界は、すべてあのドームの中にいる素晴らしいAIの為せるわざ。いずれこの地に生まれてくる本物の人間の子供たちのため、命のゆりかごとして備えられた偽りの楽園。
それが証拠に、あたまの上に広がる地上は砂漠の世界。一年のほとんどをごうごうと砂の嵐の吹く荒涼たる世界なのだから。
たとえ成人していたとしたって、ただの人間がおいそれと生き抜けるような環境ではない。
遠い遠い昔。
「地球」と呼ばれていたという、人類を育んだ母なる星。
その星から見捨てられ──いや、見捨てたのは実際は人間の側だったのかもしれないが──人類は自分たちの子孫をどうにかして生きのびさせようと、この「NOAH計画」を発動させた。
自分たち「ドール」を造り、その体にあらん限りの人類の遺伝情報を載せ、卵の状態であらゆる方向へと巨大な宇宙艇を飛ばしたのだ。
「ドール」はふたり。
ひとりは、《アジュール》。
ひとりは、《フラン》。
人類の住めそうな星にたどりつくと、宇宙艇はそこでその星の環境に応じた「楽園」を造る。ここではそれは、地下に造られることになった。実際、そういう星は多いだろうと思われる。もともと地球の環境とよく似た惑星を選ぶとはいえ、厳しい状況の星のほうがはるかに多いのも事実だからだ。
やがて環境整備が落ち着くと、AIはあの《胎》を使って《アジュール》と《フラン》を生み出した。
一定の大きさになり、二足で歩けるようになると、自分たちは自動的に《胎》から出された。そうなるまでに、ほんの百時間ほどしか必要ではなかっただろう。なにしろ自分たちの成長速度は人間のそれとは比べものにならないほどに早いのだから。
体だけでなく、それは脳のほうも同じだった。
最低限の身の回りの仕事を覚えると、ふたりはすぐさま「知育訓練室」での教育を受けはじめた。そうしてその地下の「楽園」で、できることから仕事をはじめた。
動物や虫や木々の生育の度合いを調べ、小さな子供が歩けば危険と思われる場所の整備をする。草を刈ったり、不要な枝を払ったり、木の実を集めたり。
成長するにしたがって、外界の調査や未来のための下準備として諸々の仕事を始めることになった。
そうこうするうち、ふたりはどんどん成長する。
ドームの中では二十四時間を一日とする。それでほぼ七百日ほどした頃には、人間でいう十四、五歳ほどの体格になった。
そうしてそれは、二人に新たな使命の扉を開くという意味でもあった。
◆
その夜は、思いのほか早くやってきた。
今から考えると、アジュールは自分に与える知識をこっそりと制限していた節がある。あのAIをどう説得してそういう真似をしていたのか、今となっては分からないけれど。
ともかくも、少なくともその点の知識に関してだけは、アジュールと自分には大きな差ができてしまっていた。
それは、フランがドームでの夕食後、入浴も終えて寝室へ行こうとしていたときだった。いつものように夜着に着替えて廊下を歩いていたら、アジュールがひょいと自分の部屋から顔を出した。
「なあ。今夜はこっちにしろよ」
「え? なんで」
ごく自然にそう返したら、アジュールはちょっと変な顔になった。
なんだか不思議だ。とても小さな頃には一緒に眠っていたこともあるけれど、背の高さが四フィルト(約百二十センチ)を越えたころからは別々の部屋で眠るようになっている。
なんで今さら、一緒に寝なくてはならないのだろう。
兄はわずかに目を細め、フランの体を頭からつま先までジロジロと眺めた。値踏みするようなその視線に、首の後ろがざわりとする。
「もったいぶらなくてもいいんじゃないか? もうそろそろ、お前の体の負担もそれほど大きくなくなってるだろ」
「負担……?」
「ああ。準備だってちゃんとしてやる。心配するな」
「って、え? なに、どういうこと?」
完全にきょとんとしているフランの寝間着の袖を、アジュールは無言で引いた。
「いいから。来いよ」
「え、あの……アジュール?」
そうしてそのまま、フランは戸惑いながらもアジュールの部屋へと引きずり込まれた。
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