SAND PLANET《外伝》~忘れられた惑星(ほし)~

るなかふぇ

文字の大きさ
4 / 37
第一章 二人きりの惑星

3 発熱

しおりを挟む
 少年はそれからも、日に日に大きくなっていった。
 あの日、子供じみた頑固さで「もう食事なんてしない」と言い放ちはしたものの、実際にそんなことができる道理がなかったのだ。もちろん、男が決して許さなかったというのが一番の理由だったが。
 今では少年の背丈も、男の胸のあたりまで届いている。小さなころは立ったままで見下ろされるだけで少し威圧感を覚えたものだが、今ではそういうこともない。
 自分が生まれて来てからそろそろ七百日になろうとしているのだということは、男から聞いて知っていた。

 「一緒に風呂には入らない、ベッドでも寝ない」と宣言されてから、すでに三百日ほどが経過している。そうしてそれは、よほどの理由でもない限り、きちんと実行されてきていた。
 「よほどの理由」というのはつまり、風邪などをひいてしまって看護が必要だったとか、少年があまりにひどい悪夢を見てしまって、とてもひとりでは寝られないとかいうような場合のことだ。

 手足が伸び、知育訓練室での勉強がはかどるに従って、少年が男から任される仕事も増えてきていた。
 この惑星の全体管理はおもにドーム内のAIが行っている。男は普段から、それをサポートする仕事をおこなっていた。
 仕事の内容は多岐にわたる。
 まず、ドームの周りの地下世界内部にある動植物の管理や観察。必要とあらばサンプルを採るなどしてAIの検査装置にかけ、なにか危険な病原菌に感染していないかなどを調査する。万が一、病に冒されている個体が見つかれば、必要な薬品を散布するなどの作業になる。
 また地上では、どこかの地域で水脈を分断している、ちょっと都合の悪い岩盤層が見つかると、それを破砕することもある。
 ドーム内にはやや小型の飛行艇と、大きめの宇宙艇のふたつが存在しており、惑星の調査の場合、ふつうはロールパンのような形をした飛行艇の方を使用した。

「じゃあ、ちょっと行ってくる。そこいらのパネルに触るなよ」
「うん、パパ。気を付けてね」

 飛行しているロールパン号の中に少年を残して、男は無造作に後部ハッチを開き、さっと空中に飛び出ていく。ハッチが閉じてから窓の外に目をやると、背中からあの素敵な白い翼を開いて目指す岩盤に向かって飛んでいく、勇壮な男の姿が見えた。
 空を飛べるだけではない。男の両腕は彼の意思のまま自在に変形させることもできる。用途に応じて、時には非常に硬く鋭い刃になり、時には大きなハンマーのようなものになるのだ。その腕で、男は巨大な岩でもあっという間に移動させたり、破砕したりする。つまり彼は、こういう物理的な作業に大いに向いた人なのだった。

 不思議なことに、少年がどんなに精神を集中させて頑張ってみたところで、背中にあの素晴らしい翼も生えなければ、腕が便利な道具の形に変わることもなかった。
 どうしてかは分からない。とにかく自分は、ちっともあの男の助手として十分な働きのできる体をしていないのだ。これには正直、がっかりした。
 そのくせ少年は、さほど食べない男とはまるきり違って、体が大きくなるにつれて食べる量も段違いに増えていた。燃費の悪いこと、この上もない。これでは役立たずもいいところだ。

 実はそれで、一時期ひどく落ち込んだ。
 少年の体は無駄に大きくなるばかりで、どんなに頑張ってみても翼の生える兆候などこそりともない。指先がほんのわずかに変形する予兆さえ見えない。そのうえ男は、「お前はそんなことをする必要はない」と、やり方すら教えてくれなかった。
 少年は部屋のすみにうずくまり、背中をまるめてめそめそ泣いた。そんな時、男は決まって、半べそをかいた少年の頭をぽすぽすやった。そうして「まあ、気にするな」と言うのみだった。
 「だって、もっとパパのお手伝いがしたいのに」と言って泣く少年を、男は困った顔で抱き上げて、抱きしめてくれるだけだった。そして必ずこう言った。
「今のままのお前で十分だ。決して、俺に黙って勝手に空中に飛び出したり、崖から飛びおりたりするんじゃないぞ」と。
「今のお前にできることを、きちんとやってくれればそれでいい」。
 どんなにそう言われても、少年の気持ちが明るくなることはなかった。

 ところが、今日は少し様子が違った。
 作業を終えて戻って来た男の顔色が、いつもとちょっと違ったのだ。

「パパ……? 大丈夫?」
「ん? ああ。別に大したことはない」

 少し笑ってそう言った男の顔色は、明らかにいつもよりも悪かった。
 そうしてその日、夕食をとるのもそこそこに、男は自室に引き上げた。
 少年はいつものように自分の夜着に着替えて寝床に入ったものの、今日に限ってなぜかちっとも眠くならなかった。とくとくと自分の心臓の音ばかりが聞こえる。腕のところの産毛うぶげがなんとなくチリチリして落ち着かない。どうにも変な胸騒ぎがした。
 仕方なく、少年は起きだした。足は自然と、男の寝室へと向かっていた。

 もうこんなに大きくなったのに、夜中に勝手に男のベッドに近づいたりすれば、また叱られてしまうかもしれない。それでも、どうしても男の顔を見ておきたかった。
 叱られた時の言い訳をあれこれと頭の中で展開させながら、少年は恐るおそる男の部屋の扉を叩いた。

「パパ……起きてる?」

 返事はなかった。
 何度か声を掛けてから、少年はついに扉の横の開閉パネルに手を伸ばした。

「パパ……?」

 一歩部屋に入っただけで、少年はすぐに異変に気付いた。壁の薄暗い小さな常夜灯に照らされて、部屋の隅に男のベッドが見える。男はそこに横になり、掛け布を体にぐるぐる巻きにして丸くなっていた。
 様子がおかしい。少年は男に近づき、ベッド脇に膝をついて男を覗き込むようにした。そろそろと男の体に手をのばす。

「パパ……!?」

 びっくりした。
 男の体が燃えるように熱い。かたかたと震えていて、よく聞いてみると、がちがち奥歯を鳴らしているのが分かる。歯の根も合わないほどの悪寒が襲っているらしい。ただ事ではなかった。

「寒いの? パパ、待っててね……!」

 少年はそう言うと、ぱっと部屋から飛び出した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

処理中です...