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第二章 惑星(ほし)にひとりで
1 絶叫
しおりを挟む少年は、ドームに残された宇宙艇を駆り、男をさがして惑星じゅうを飛び回った。
だが、あのちょっと可愛いロールパン風の飛行艇がどこへ飛んでいったのかを調べるには、思った以上に時間がかかった。宇宙艇にも飛行艇にも、この惑星そのものが使うステルス機能と同じものがそなわっている。男がそれを稼働させつつ逃げたのは明らかだった。
それでもどうにか見つかったのは、飛行艇よりもはるかに大きく、機能の充実した宇宙艇であればこそである。
ちなみにあの男によれば、この宇宙艇はかつてどこか遠くの宙域へ飛んで行ったことがあるそうだ。
ただ、男はこのことについてあまり話したがらなかった。つまり誰が、なぜ、またどこへ行ったのかなどの詳しいことを少年は知らない。
宇宙艇のレーダーシステムが飛行艇の反応らしきものをようやく検知したのは、飛び立ってから三時間ほどが過ぎたころのことだった。発見が遅れたのは例のステルス機能に加え、その反応があまりにも弱くなっていたためだろう。
少年は愕然とした。その場所が、男から「決して立ち入るな」とよく言われていた地域であることは一目瞭然だったからだ。もうそれだけで、がくがくと足が震えてくるのを止められなくなった。
「どこっ? パパはどこなの!? 早くみつけて、急いでっ……!」
AIに命じる言葉の後半は、もう半べそをかいたようになっている。
胸が痛い。本当にキリキリと痛いのだ。
どうして男は、あんな場所に行ってしまったのか。まだ、体調だってちゃんと戻ったわけではなかったのに。
やがて無情なAIの声がした。
《発見しました。下方、三百ヤルド。十時の方向──》
(パパ……!)
密集した細長い岩塊を縫うようにして宇宙艇が着陸するのを待ちかねて、少年はハッチのすぐ内側で、ずっと小刻みに足踏みをしていた。
早く、早く、早く。
心臓がうるさいぐらいにわめきたてる。
ようやく着陸するやいなや、少年はほとんどそこから転がり出た。
「パパ! パパっ……!」
岩塊の森の底に、飛行艇は焼け焦げた残骸となってバラバラに散らばっていた。もはやどこがどの部分だったのかさえ定かでない。それでも少年は、必死でその中を走りまわり、ようやくコクピットらしき場所を探し当てた。
黒焦げになってひしゃげた外殻の隙間を探して、どうにかこうにか中へ這いこむ。めちゃめちゃに壊れた機器やシートらしきものなどを蹴りつけてみたり押しのけてみたりしながら、ひたすらに目的の場所へ掘り進んだ。
激しい爆発のために歪んでしまったらしい扉の一部をはぎ取り、叩き壊しながら進むうちに、少年の手は真っ赤に染まった。いつのまにか、両手の爪がすっかりはがれてしまっていた。
が、そんなことはどうでも良かった。
だれかが赤ん坊みたいに叫び散らしている。うるさいなと思ったら、それは自分の声だった。ほかに聞こえるのは嵐みたいな自分の呼吸と、激しく鳴り響く心臓の音。それがひたすらにうるさかった。
永遠にも思える時間の果て、やっとのことで最後のパネルを蹴破る。
しかし、そこに男の姿を認めて、少年はその場に膝から崩れ落ちた。
「パ……パ?」
男の体はいくつもの「欠片」に分かれ、無残にその場に飛散していた。激しい爆発の影響なのだろう。どの部位も、とっくに血の色は失せている。墜落の瞬間に押しつぶされでもしたのだろう。人らしい形などひとつも残っていなかった。
「パパ……。パパああああ──っ!」
喉から血がほとばしるのではないかと思った。
絶叫とともに、少年の意識は白くはじけた。
少年はその場にへたりこんだまま、しばらく動けなくなっていた。本当は、そのままそこで永遠に、子供みたいに号泣していたかった。だが、そんなことは許されない。それでは大事なこの人が本当に喪われてしまうだけだ。
少年はあらん限りの力を奮い起こして、どうにかこうにか立ち上がった。震える手で男の体をできるかぎり拾い集める。涙がとめどもなく顎へ伝い、手元を濡らした。
とにかくへたりこまないこと。気を失わないこと。しゃがみこんだらおしまいだと分かっていた。
だから少年は無理やりにでも感情に蓋をして、目の前のことだけを考えながら黙々と手を動かし続けた。
幸い宇宙艇の中には、飛行艇にはない《胎》と呼ばれるシステムが設置されている。
これまでにも少年は男から、何かのことで彼が大怪我などして人事不省に陥った場合には、まずAIに相談するようにと教えられてきた。ただし、自分では決してこれを使うなとも、口を酸っぱくして言われていた。
少年は男の体を大事に抱えて宇宙艇に戻ると、AIの指示のまま《胎》の丸いテーブルの上にそうっと置いた。そうしてそこが大きな筒に変わり、緑色の光る液体に満たされて行くのをぼんやりと見つめた。
《すみやかに身体機能回復作業に入ります。ただし、これは飽くまでも応急の処置にすぎません》
AIが機械的な声で淡々と説明する。
《ドームへ帰還致します。到着後、すぐにメインシステムへアジュール様を移動させてください》
そこではじめて、少年の体からへたへたと力が抜けた。
まるい筒状の《胎》の表面に両の手のひらと額をぺたりとつけて、少年はただもうぼんやりと座りこみ、そこに浮かんだ肉塊にしか見えないものをじいっと見つめるばかりだった。
(パパ……)
どうか、お願い。
お願いだから、この人を連れていかないで。
僕から取り上げないで。
「知育訓練室」で習った「地球」の歴史の中には、とある不思議な想像上の存在があった。かつての人類には「宗教」と呼ばれるものがあったというのだ。
宗教というのは、基本的には人ならざる全能の力をもつなんらかの存在を信じ、その言うところに従って道徳的に生きようとする、生活規範のようなものだという。あまりにも厳しい現世のくらしに疲れた人々に、来世への希望を与え、ともに今を平和に暮らしていくためのものだ。
その教義は不道徳や犯罪を抑制し、傷ついた人々の心のよりどころとなる。信仰の中心に据えられるのは、それを司る全能の存在だ。宗教によって様々な名前はあるけれど、それはしばしば「神」と呼ばれた。
少年は神など知らない。
自分がこの世で知っているのは、この男ただひとりだ。
でもそんな少年ですら、その時ばかりは神に祈った。この宇宙にいるかもしれない、ありとあらゆる全能の何かに祈った。
涙と、汗と、血の一滴までも絞り出すようにして。
パパを助けて。
どうか、お願い。
そのためだったら、なんでもする。
どんなことでも約束するから。
どうか、僕をひとりにしないで──と。
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