SAND PLANET《外伝》~忘れられた惑星(ほし)~

るなかふぇ

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第二章 惑星(ほし)にひとりで

4 逢瀬

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 それから、その「逢瀬」は二人の習慣になった。
 頻度は決して多くなく、せいぜい三十日に一度ぐらいのものだったが、それでも少年はその日を楽しみに日々を送れるようになった。
 ただ、一方で弊害もあった。
 その日が近づくにつれ、少年は明らかに舞い上がり、浮き足だって、勉強や仕事に身が入らなくなったのだ。また逆に、それが終わって三日間ほどは、がっくりと肩を落として塞ぎ込んだ。何をする気も起こらない様子で、やっぱり作業に集中できないのだ。
 少年の性格を考えれば、まあ無理もない話だった。しかしこれでは、良かったのやら悪かったのやらわからない。

(……困ったな)

 《胎》の中でそんな少年の様子を観察するにつけ、男はぷくりと羊水の中に、ため息まじりの泡を吐き出した。
 一応これまでの逢瀬では、口づけ以上のスキンシップなどしていない。少年がそれをみずから望んでくれたことは意外だったし、正直嬉しくもあった。けれども男は、それ以上に困惑してもいた。
 あの夜、あれほど拒絶していたくせに。なぜまたあの少年は、急にあれほど積極的になったものか。

 逢瀬も三度目を終える頃になると、少年は明らかに身長が伸び、またぐっと成長したように見えた。これまで着ていた衣服の袖が短くなって、手首や足首がすっかり飛び出てしまっている。男は見かねて、大人用の衣類のある場所を少年に教えた。
 大人用の衣服に着替えた少年は、《胎》の前で一度くるりと回って見せ、少し誇らしげに男を見上げた。まだやや長い袖口やズボンの裾を折り上げて着ている。

「どう? パパ。似合う……?」
《ああ。だが、まだちょっと大きいな》

 男は少年を見下ろして目を細めた。
 あのフランと比べれば、まだ背丈も肩幅も足りない上に、胸も腰もずっと薄っぺらい。しかしその恰好になった少年は、もはやあの弟をひと回り小さくしたようにしか見えなかった。
 赤子のころからそう思ってはいたけれども、やはりこの少年は彼に瓜ふたつなのだ。なるほど「血は争えない」とは、こういうことを言うのだろう。

(やれやれ──)

 この姿であの「逢瀬」の時には積極的に唇を求めてこられるのだから、こちらとしてはたまったものではない。普段の自分であったなら、到底欲望を抑えきれなかったことだろう。
 が、幸いにもと言うべきか、いまの自分には下半身が存在しなかった。あれ以上の行為に及ぼうにも、肝心の部分がないのでは物理的にどうしようもない。もしかすると、少年はそれで安心して積極的にあんな真似を仕掛けてきているのだろうか。どうも、そのあたりがよくわからなかった。

「じゃ、僕ちょっと行ってくるね。今日は地下の野菜畑の世話をしなくっちゃ」
《ああ。よろしく頼む。怪我には気をつけろよ》
「うん! まかせて」

 嬉しそうに出て行く少年の背中を見送りながら、男はまた、ひそかに溜め息の泡をこぼすのだった。





「ええっと……。どこにあるかな」

 数日後。
 少年は「知育訓練室インテレクチュアル・トレーニングルーム」で、とあるデータを探していた。
 日々の勉強はあの男のいる《胎》の部屋で行うようになっているが、時々分からないことがある場合にはこの部屋を使って、様々な作業手順を確認することが多いのだ。
 空中に表示される四角い画面を何枚も表示させ、部屋いっぱいに開いている。
 今日はこの惑星の南部に存在する地溝帯近辺で時おり発生している地震波を計測してデータを集め、男とAIに相談して、今後の作業を決めなければならなかった。
 あまり頻繁にする作業ではないし、男がいる時には彼がほぼ一手に引き受けていたため、少年がこのあたりのデータを触るのはこれが初めてだった。AIから「そろそろ行わなくては」と促されなければ、少年がここを触ること自体なかっただろう。

「あ。これかな?」
 いくつか開いていた画面の中から求めるデータを見つけ出し、少年はその画面を開いた。が、並んだ地図や数字に目を走らせているうちに、ふと違和感を覚えて目をまたたかせた。
「ん? なんだろ、これ……」
 画面の隅に、意味不明の記号のついたデータのアイコンが存在している。どうやら、何かのデータが入っているようだった。
 少年はなんの気なしにそのデータに指を滑らせ、そこを開いた。
「えっ……?」

 少年の瞳が動かなくなる。
 目の前に次々に、様々な映像が浮かび上がり始めたのだ。

(なに……? これ)

 それは、明らかに男の映像だった。短い銀髪に、蒼い瞳をした精悍な青年。画像データは何枚もあり、動くものもあれば静止したものもある。
 男の画像は青年としての姿のものばかりでなく、今の少年ぐらいのものもあれば、もっと小さな姿で映っているものもあった。
 しかし、少年が驚いたのはそのことではなかった。

(だれ、なの……? これ)

 男のものよりは少し長めの、蜂蜜色をした髪。新緑の森ようなみどりの瞳。目尻の下がった、いかにも優しそうな相貌。
 少年のよく知る男の隣には、今の自分にそっくりな、しかしまったく別の人が、とても優しげな笑みを浮かべてたたずんでいた。
 少年は恐るおそる画像に指を滑らせた。
 画像は何十枚、いや何百枚も存在していた。
 ずっとずっと、男とかの青年の二人きりの画像が続く。
 二人はとても親しげだった。特に男は、多くの画像の中で青年の腰や肩に腕を回していた。中には、彼の頬や耳たぶに唇を寄せているものさえあった。
 それが何を意味しているか。さすがにもう、分からない年ではなかった。
 どきんどきんと胸が変な音をたて始め、息がしにくくなっていく。

(なんなの……? この人、いったい誰なの──)

 と。
 少年の指はとあるところでぴたりと止まった。
 そのまま、細かく震えはじめる。
 男が、森の中の泉の前でその青年とこちらを向いて笑っている。青年の方はなんとなく、どこか寂しげな微笑みを浮かべているように見えた。
 その指の先で光っている文字列。
 それは少年もよく知っている、男の筆跡によるものだった。画面に直接、指で書き込みをしたものだ。

『泉のほとり。フランと共に』──。


──【と共に】……?


 その瞬間。
 何かが、ぶつりと音を立てた。
 それは少年の中のどこかで、何かが引きちぎられる音だった。

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