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第二章 惑星(ほし)にひとりで
5 母星
しおりを挟む(いったい、何だ……?)
男は、違和感を覚えている。
このところ、少年の様子がどうもおかしいのだ。
いや、どこがどうおかしいのかと訊かれれば、うまく答える自信はない。ただどこか、いつもと様子が違うのだ。
話しかければ答えるし、普通に笑顔も見せる。勉強や仕事などもいつもどおり、彼なりに頑張ってこなしてもいる。それなのに、どうかするとぼうっとして、こちらの話を聞いていなかったり、普段ならしないようなミスをうっかりとしてしまったりする。
ぼんやりしている時は完全に心ここにあらずの状態だ。男が何度か名を呼んで、やっとびくっと体を竦め「えっ? なに、パパ。今なにか言った?」と慌てたように取り繕う。そんなことが何度も繰り返されている。
(いったい、何があったんだ?)
疑問をそのままぶつけてみても、少年は「別に何でもないよ」と笑うばかりだ。
だが、明らかにその態度はおかしかった。いつもならぺろりと平らげる食事だって、このところは「もういらないや」とちょっと笑って残すことが増えている。本来であればまだまだ育ち盛りである少年のことだ。残すどころか「もっと、おかわり」と要求していておかしくないはずのところを。
だが、あの手この手で男が聞き出そうとしてみても、少年はなかなか陥落してくれなかった。
そうこうするうち、次の「逢瀬」の日が近づいてくる。どうやらこの際、そこできちんと訊いてみるのがいいように思われた。
少年をこの手に抱きしめ、しっかりと捕まえたうえで訊ねてみよう。
男はそう思いながら、《胎》での治療に専念することにした。
◆
少年は少年で、その日をじっと待っていた。
訊くのはやめたほうがいい。それは何となく分かっていた。恐らくあのデータに残っていた美しい人のことは、男に訊ねるべきではない。訊ねれば、きっと何かが壊れてしまう。そんな予感がしてならなかった。
(ああ……いやだ)
《胎》の前での勉強も食事も、男にする仕事の相談も、今までなら嬉しくてたまらなかったのに。男に心配を掛けまいと無理に笑顔を作ることは、少年の性格にはまるで向いていなかった。
少年は気疲れし、次第に《胎》の近くでの活動を減らすようになっていった。時には「今日の勉強はあっちの部屋でしてくるね」などと言い訳をして、「知育訓練室」へ逃げだした。「あっちの方が、集中できる科目があるから」というのがその言い訳だった。
が、皮肉にもそこへ行ったからといって、ちっとも勉強ははかどらなかった。頭の中をぐるぐる回るのは、あのとても美しい人のことばかり。そうして気が付けばまた、あの画像データに指を滑らせてしまっている。
自分と同じ名を持つその人は、とても綺麗で、大人に見えた。
そばにいる男の表情も、自分に見せるものとはだいぶ違う。どう見ても、父親として少年を教育し、導くときの顔ではなかった。
画像の中の男の様子は、どこかがひどく艶めいていた。あの青年の腰に回した手も、彼を見つめるその視線も。それらは明らかに「こいつは俺のものだ」と主張していた。画像の中で男が見せるそんな一挙手一投足が、少年の心の襞を鋭い爪でひっかき続けた。
あの人も、きっと「フラン」なのだ。
自分とは異なる存在。
そして多分その人は、あの男と対等の存在だったのではないか。
(じゃあ……僕は?)
僕は、あなたの何なのだろう。
僕はどうしてここにいるのか。
そして、どうして今、その「フラン」はここに居ないのか。
どうしてその人と同じ名をつけて、あなたは僕を育ててきたのか──。
考えれば考えるほど、少年の胸はせつなく痛んだ。
男がかの人と同じ名をつけて自分を育ててきた理由なんて、ほとんど明白だと思われた。けれど少年は、敢えてそれにはっきりと結論を下すことを避けた。つまり、逃げた。
別にやる気も起こらなかったけれど、男にそう言って出て来た手前、少年は「知育訓練室」で、仕方なくあれこれと教育プログラムを開いて眺めるより仕方がなかった。このところ、男がしていた仕事のかなりの部分も担当しているため、あまり勉強の時間がとれていない。そのことは、勉強の進捗にそのまま影響してしまっていた。
これまでなら男から「ここの単元の進みが遅いな」などと言われて調整することも多かったのだけれど、今はそういうアドバイスもない。すでに、科目によってはかどり具合はかなり偏ったものになってしまっている。
ためしにと全体の進度を表示させてみると、特に地球の歴史関連がおろそかになっているのが分かった。少年は特に何を意図するでもなく、歴史プログラムのところに指を滑らせた。
過去の「地球」の歴史。膨大な記録が蓄積されているそこは、勉強する中でも最も大変な部分だった。すべてを記憶することまで求められてはいないけれども、少なくともおおまかな流れを掴んでおく必要はある。「過去の失敗からきちんと学んでおかなくては、未来にまた同じ失敗を繰り返すからだ」というのが、あの男の主張だった。
人類がどのように文明を発展させ、やがて衰退していったか。自分で自分の首を絞めるようにして母星を汚し、資源を食いつくし、人間同士で殺し合い。そうして、果ては星を捨てて逃げ出す羽目になった、根本的な理由はなにか。
基本的に学ぶことは楽しかったけれど、その部分だけはどうしても暗い内容が多くなり、少年は敬遠しがちだった。
「民族」や「宗教」による争いに巻き込まれ、女性や老人や幼い子供たちが無差別に虐殺されたり、利己的な搾取によって動物たちが絶滅したり。そういうものを読んでいると、とても気が塞ぐのだ。
だからこれまで、特にその部分の勉強を避けていたのは事実だった。
「ん……?」
だが今日は、とある単語になんとなく目がいった。
(『ノア計画』……?)
それは、地球の歴史の最終部分に現れた単語だった。
その部分のデータを開き、なんとなしに読み始めて、少年はやがて愕然とした。
目の前の画面に表示されている「アジュール」と「フラン」の文字を凝視する。
身内が次第に震えはじめるのを、どうしても抑えきれない。
(待ってよ……。これって──)
まさか。
信じられない。
ここに書いてあることがもし本当なのだとすれば……自分は。
そして、自分に「パパ」と呼ばせて来たあの男は──。
少年は慌ててAIを呼び出すと、そのデータの内容について、さらに詳細な説明を求め、真剣な目をしてその説明を聞き始めた。
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