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第三章 見知らぬ惑星(ほし)で
5 フランパパ
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少年は大きく目を見開いた。
「え、でも……パパは」
「パパ……?」
男の人は、ちょっと首を傾げた。
「もしかして、君は今、アジュールのことをそう呼んでるの?」
その声も瞳も、ただ優しい。こちらを責める調子はいっさいなかった。それに誘われるようにしてこくんと頷くと、男の人は「そう」と言った。さらにその目が優しくなった。
「良かった……。君はアジュールに──いや、『パパ』に大切にされてきたんだね」
少年はまたこくりと頷く。その点だけは疑いようのないことだった。
男の人は本当に安堵したような笑みを浮かべた。なんだかとても嬉しそうだった。そして何度も「よかった」と繰り返した。
「こんなに大きくなって……元気そうで。ここで、こんな風になった君に会えるなんて。ほんとに、ほんとに嬉しいよ……」
綺麗な瞳に、またきらきらと透明な雫が盛り上がってくる。
その顔はとんでもなく綺麗だった。まるでこの世の人ではないほどに。でも、彼が綺麗であればあるほど、少年の胸はしくしく痛んだ。
この人は、あの男が心から愛していた人なのだ。身代わりの自分に、同じ名前を付けて育てずにはいられなかったほどに。そのことを否が応でも目の前に突き付けられているような気がした。
とても勝てない。
自分では、決してこの人に勝てっこない──。
少年の中でぐるぐる回る感情は、どうしてもまとまることがなかった。まとまるどころか、考えなくてはならないことが逆に何十倍にも増えてしまい、とても収拾がつかなくなった。
自分は、この「フラン」と「ヴォルフ」とかいう人との間に生まれた子だというのか。それならさっきの子供たちは、自分の弟ということか?
では、パパは? あのパパは自分の何なのだろう。
パパは間違いなく、この「フラン」を愛していた。
でも、この人は多分その「ヴォルフ」とかいう人とあの惑星から逃げたのだ。
生まれた自分とあのパパをそこに残して。
(どうして……どうして?)
新しい疑問が次々に現れて感情を翻弄する。頭が爆発しそうだった。
混乱しきった少年の表情を読み取るように、男の人はしばらく黙っていたのだったが、やがてそっと訊ねられた。
「……パパのことが好き? 君の、パパのこと」
少年は即座に頷く。
しかしまた、目の奥が再びじわりと熱くなってきてしまう。
「……そう」
静かに笑って、男の人はすっと立ち上がった。そのまま日の当たる窓辺へ行くと、木枠で造られた窓の外を何となく眺めている。
しばし、不思議な沈黙が流れた。
「君が望むなら、昔の話をするよ。君がどうやって生まれてきたか。君のもう一人のパパ──アジュールが、どういう人か。僕とアジュールが、それまではどんな関係だったか……。もし、君が望むなら……だけどね」
その瞳は悲しげながら、どこまでも透明に澄んでいた。
「真実を知ることは、君にとってもっともっとつらいことになるかもしれない。それでもいいなら、僕は本当のことを君に話す。……僕は、どちらでも構わない。君の好きにしていいんだよ」
少年はカップから手を離し、両手を膝の上でぎゅっと握った。
「……うん。僕、聞きたいよ」
じっと彼を見つめ、唇を噛んでひとつ頷く。
知らないなんて、耐えられない。それはきっとつらい話に決まっているけれど。それでも今の少年には、聞かずに去るなんてことは考えられなかった。もしもこれがこの人に会う最初で最後の機会なのだとすれば、なおさらだ。
「僕に教えて。……フランパパ」
「わかった」
男の人は透き通るような、でもとても悲しそうな笑顔でにこりと笑った。
「でも、その前に君の話を聞かせてもらえる? 僕が先に話しちゃったら、君は何か変な遠慮をして、もう話せなくなってしまうかもしれないし。言いたいことは、ちゃんと吐き出してしまわなきゃ」
「…………」
「そうしないと、きっと後々つらくなっちゃうからね。それじゃダメだと思うから。どう……?」
「……うん」
そこでやっと、少年は話し始めた。
これまでのあの男との生活。自分が彼にどんな風に育てられてきたか。彼が自分を何と名付けて呼んできたか。その後、男が体調を崩したあとに事故に遭い、あの《胎》で身体を修復しなくてはならなくなったことも。
そしてそれを待つ間に、ひょんなことから自分が「フラン」という人の──つまりはこの人の──存在を知ったこと。
それがもとで、とうとうあの惑星から逃げ出してきてしまったこと──。
男の人は、さすがに少年の名前の所ではびっくりしたように目を見開いた。だが、あとは優しく相槌を打ちつつ、何も言わずに聞いてくれた。
「……そうだったの」
とうとう最後に、男の人はそう言った。
「つらかったね……。本当にごめん。君をそんな目に遭わせたのは僕だ。アジュールが、君に僕と同じ名前をつけてしまったことも」
肩を落とし、完全に項垂れてしまっている。
「本当に、ごめんなさい……」
と、その時だった。
「いや、ちょっと待て」
背後から野太い声がして、二人はびくっと身を竦めた。
見れば部屋の入口に、見上げるような大男が立って、じっとこちらを見下ろしていた。額は入り口の上辺にぶつかりそうな状態だ。よく日焼けした首や腕、それに肩にも隆々と筋肉が盛り上がり、いかつい顔はかなり獰猛そうに見えた。
フランパパが慌てたようにぱっと立ち上がる。
「あ、ヴォルフ……。帰ってたの? おかえりなさ──」
言いかけるのをほとんど無視して、大男はずいと部屋に入ってくると、無造作にフランパパの腰に手を回し、唇に軽くキスした。それはいかにも、普段からの習慣といった感じに見えた。
そのまま少年の真正面に回って、男はどかりと椅子に腰を下ろす。
まじまじとこちらを見つめるその瞳は、さっきの少年と驚くほどよく似ていた。きらりとよく光る黒灰色の双眸。短く刈った黒髪もそっくりだ。ただこの人はあの少年とは違い、顎全体にうっすらと無精髭を生やしていたけれど。
少年は一気に緊張して、また全身をこわばらせた。
が、それは一瞬だった。男は途端ににかっと笑うと、立ち上がってばしばしと少年の肩を叩いたのだ。
「お前、あん時の赤んぼか? こりゃまた、えらい大きくなったな! 元気そうじゃねえか。こりゃいいや」
大きな大きな手だった。
笑った途端、さっきまで鋭かった目がひどく優しいものになる。綺麗に並んだ白い歯がずらりと見えて、尖った犬歯がそこから覗いた。
「え、でも……パパは」
「パパ……?」
男の人は、ちょっと首を傾げた。
「もしかして、君は今、アジュールのことをそう呼んでるの?」
その声も瞳も、ただ優しい。こちらを責める調子はいっさいなかった。それに誘われるようにしてこくんと頷くと、男の人は「そう」と言った。さらにその目が優しくなった。
「良かった……。君はアジュールに──いや、『パパ』に大切にされてきたんだね」
少年はまたこくりと頷く。その点だけは疑いようのないことだった。
男の人は本当に安堵したような笑みを浮かべた。なんだかとても嬉しそうだった。そして何度も「よかった」と繰り返した。
「こんなに大きくなって……元気そうで。ここで、こんな風になった君に会えるなんて。ほんとに、ほんとに嬉しいよ……」
綺麗な瞳に、またきらきらと透明な雫が盛り上がってくる。
その顔はとんでもなく綺麗だった。まるでこの世の人ではないほどに。でも、彼が綺麗であればあるほど、少年の胸はしくしく痛んだ。
この人は、あの男が心から愛していた人なのだ。身代わりの自分に、同じ名前を付けて育てずにはいられなかったほどに。そのことを否が応でも目の前に突き付けられているような気がした。
とても勝てない。
自分では、決してこの人に勝てっこない──。
少年の中でぐるぐる回る感情は、どうしてもまとまることがなかった。まとまるどころか、考えなくてはならないことが逆に何十倍にも増えてしまい、とても収拾がつかなくなった。
自分は、この「フラン」と「ヴォルフ」とかいう人との間に生まれた子だというのか。それならさっきの子供たちは、自分の弟ということか?
では、パパは? あのパパは自分の何なのだろう。
パパは間違いなく、この「フラン」を愛していた。
でも、この人は多分その「ヴォルフ」とかいう人とあの惑星から逃げたのだ。
生まれた自分とあのパパをそこに残して。
(どうして……どうして?)
新しい疑問が次々に現れて感情を翻弄する。頭が爆発しそうだった。
混乱しきった少年の表情を読み取るように、男の人はしばらく黙っていたのだったが、やがてそっと訊ねられた。
「……パパのことが好き? 君の、パパのこと」
少年は即座に頷く。
しかしまた、目の奥が再びじわりと熱くなってきてしまう。
「……そう」
静かに笑って、男の人はすっと立ち上がった。そのまま日の当たる窓辺へ行くと、木枠で造られた窓の外を何となく眺めている。
しばし、不思議な沈黙が流れた。
「君が望むなら、昔の話をするよ。君がどうやって生まれてきたか。君のもう一人のパパ──アジュールが、どういう人か。僕とアジュールが、それまではどんな関係だったか……。もし、君が望むなら……だけどね」
その瞳は悲しげながら、どこまでも透明に澄んでいた。
「真実を知ることは、君にとってもっともっとつらいことになるかもしれない。それでもいいなら、僕は本当のことを君に話す。……僕は、どちらでも構わない。君の好きにしていいんだよ」
少年はカップから手を離し、両手を膝の上でぎゅっと握った。
「……うん。僕、聞きたいよ」
じっと彼を見つめ、唇を噛んでひとつ頷く。
知らないなんて、耐えられない。それはきっとつらい話に決まっているけれど。それでも今の少年には、聞かずに去るなんてことは考えられなかった。もしもこれがこの人に会う最初で最後の機会なのだとすれば、なおさらだ。
「僕に教えて。……フランパパ」
「わかった」
男の人は透き通るような、でもとても悲しそうな笑顔でにこりと笑った。
「でも、その前に君の話を聞かせてもらえる? 僕が先に話しちゃったら、君は何か変な遠慮をして、もう話せなくなってしまうかもしれないし。言いたいことは、ちゃんと吐き出してしまわなきゃ」
「…………」
「そうしないと、きっと後々つらくなっちゃうからね。それじゃダメだと思うから。どう……?」
「……うん」
そこでやっと、少年は話し始めた。
これまでのあの男との生活。自分が彼にどんな風に育てられてきたか。彼が自分を何と名付けて呼んできたか。その後、男が体調を崩したあとに事故に遭い、あの《胎》で身体を修復しなくてはならなくなったことも。
そしてそれを待つ間に、ひょんなことから自分が「フラン」という人の──つまりはこの人の──存在を知ったこと。
それがもとで、とうとうあの惑星から逃げ出してきてしまったこと──。
男の人は、さすがに少年の名前の所ではびっくりしたように目を見開いた。だが、あとは優しく相槌を打ちつつ、何も言わずに聞いてくれた。
「……そうだったの」
とうとう最後に、男の人はそう言った。
「つらかったね……。本当にごめん。君をそんな目に遭わせたのは僕だ。アジュールが、君に僕と同じ名前をつけてしまったことも」
肩を落とし、完全に項垂れてしまっている。
「本当に、ごめんなさい……」
と、その時だった。
「いや、ちょっと待て」
背後から野太い声がして、二人はびくっと身を竦めた。
見れば部屋の入口に、見上げるような大男が立って、じっとこちらを見下ろしていた。額は入り口の上辺にぶつかりそうな状態だ。よく日焼けした首や腕、それに肩にも隆々と筋肉が盛り上がり、いかつい顔はかなり獰猛そうに見えた。
フランパパが慌てたようにぱっと立ち上がる。
「あ、ヴォルフ……。帰ってたの? おかえりなさ──」
言いかけるのをほとんど無視して、大男はずいと部屋に入ってくると、無造作にフランパパの腰に手を回し、唇に軽くキスした。それはいかにも、普段からの習慣といった感じに見えた。
そのまま少年の真正面に回って、男はどかりと椅子に腰を下ろす。
まじまじとこちらを見つめるその瞳は、さっきの少年と驚くほどよく似ていた。きらりとよく光る黒灰色の双眸。短く刈った黒髪もそっくりだ。ただこの人はあの少年とは違い、顎全体にうっすらと無精髭を生やしていたけれど。
少年は一気に緊張して、また全身をこわばらせた。
が、それは一瞬だった。男は途端ににかっと笑うと、立ち上がってばしばしと少年の肩を叩いたのだ。
「お前、あん時の赤んぼか? こりゃまた、えらい大きくなったな! 元気そうじゃねえか。こりゃいいや」
大きな大きな手だった。
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