情事の事情

るなかふぇ

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佐竹と内藤の場合

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 フェラ。
 フェラチオ。

 それはつまり、口であいつのアレを……あれこれする、っていう行為。
「うーん……」
 俺は帰りの電車に揺られながら、一人で窓外をにらんだまま考え込んでいた。

(そう言えば、ない……よなあ) 

 佐竹とあの行為をするようになって、まだ正味、三か月ぐらい。
 あいつの留学中に一回だけ、どうにも我慢できなくなってあいつのアパートメントに突撃しちゃったことがあるから、その分を入れても四か月もないぐらいだ。
 前にも言った通り、そのうちの前半は、ほとんど自分でも何がなにやら分からないうちに果てて終わった。後始末なんかもほぼすべてあいつに任せっきり。それはまあ、今もあんまり変わらないけど。
 俺がそのことを気にしてあれこれ焦っていると、あいつは決まって、

『このぐらいはさせてくれ。どうしても、お前の方が負担が大きいんだし』

 とか言って、ほとんど取り合ってくれないのが常だ。
 フェラだって、あいつがしてくれたことはあっても、俺からしに行ったことはない。
 「俺だってするよ、させてよ」って何度か頼んでみたけど、「いいから」ってひと言で断られてばかりだ。
 まあそりゃあ、やったこともないんだから下手クソに決まってるけど。
 「別にこんなこと、上手くなる必要はない」って、あいつだったら言うんだろうな。
 それもよく分かってるけど。

(でも俺……やっぱり、佐竹にも気持ちよくなって欲しい)

 いや、気持ち良くないわけじゃないと思うけど。実際俺も、あんまり心配で何度かあいつに「ほんとに気持ちいい?」って訊いてみたことはあるし。そのときはいつも、あいつは「ああ」って嬉しそうに応えてくれた。
 でも、それは俺とは段違いにささやかなもんじゃないかって思うんだ。

(そんなの……いやだ)

 俺はちゃんと、佐竹にだって気持ちよくなって欲しいんだ。
 そうでなくたって、女の子みたいに柔らかくもなく、触って楽しいはずもない男の体。あいつはもともと、女の子が愛せないって奴でもないし。だったら何も、俺を選ばなくったって良かったわけなんだから。
 こんな風にいつまでも中途半端なセックスをしていたら、俺、いつあいつに捨てられても文句言えないし。

「う……」

 そう考えてみただけで、鼻の奥がツンとして目元が危なくなってしまい、俺は慌てて窓の外を睨みつけるようにした。

(やだ。……それだけは、嫌だ)

 俺はしばらく考えてから、人に画面を覗かれないように気をつけながら、スマホであれこれと検索をし始めた。





 その週末。
 翌日が休みで、かつバイトのない日でなければ、俺たちはあんまりセックスしない。別に軽くだったら平日だって構わないと思うんだけど、そこはやっぱり真面目な佐竹だ。
 そういうこと以外にも、剣道の有段者である佐竹はその鍛錬のこともあって、あまりこの行為に溺れすぎないようにと気を付けているらしい。
 たとえ休みの前日だとしても、翌日に剣道の仕合いが入ってるとかいうタイミングだと「今日は済まないが」と断ってくる。なんか、門外漢の俺にはよくわからないけど、前日にセックスしちゃうと、どうも気合いが抜けてしまって、仕合いに集中できなくなるらしいのだ。
 だからそういう日の俺たちは、軽くハグして「おやすみのキス」をするだけだ。
 いやもちろん、それだってとても幸せだけど。

 でも、とりあえず。
 今日はそういう特別な事情はなにもない。
 だから……多分、すると思う。
 俺は密かに心の中で拳を握って、その瞬間を待ちわびていた。

 今日は俺の方が早く帰れる日だから、食事の準備も俺がする。スマホであいつの帰宅時間を確認して、ちょうどいい時間に仕上がるように段取りを考えながら料理する。
 あいつは基本的には和食党だから、最近では俺もそっちを作ることが多くなった。前は弟の洋介のために作っていたから、やっぱり子供向けのハンバーグとか、カレーなんかが中心だったんだけど。
 そろそろ秋刀魚さんまがおいしい季節だ。だから今日のメインは焼き秋刀魚。具沢山の味噌汁に、ほうれん草の胡麻和え。
 秋刀魚の付け合わせの大根を落ち着いてゆっくりすりおろすのは、しゃかりきになっておろしちゃうと辛みが増してしまうから。まあこれも、結局全部、佐竹が教えてくれたことだけどさ。

 中学生のとき、お父さんの宗之むねゆきさんが行方不明になってから、佐竹はこの高級マンションで、ほとんど一人暮らしと変わらない生活を続けてきた。お母さんの馨子かおるこさんは、海外を飛び回る仕事でほとんど家に戻らない。
 俺と佐竹が二十歳になり、晴れて同棲することになって、馨子さんは俺たちにあっさりと「ここに住めばいいじゃない」と言った。「どうせあたしは、たまにしか戻ってこないんだから」と。
 最初はもちろん断ったんだけど、俺の親父の意見もあったり、まだ小学生の弟、洋介のことも心配だったりで、結局その申し出を受けることになったんだ。佐竹のマンションと俺の家は、歩いて十五分程度しか離れていない。

 ご飯が炊きあがって、ちょうど十分。
 予告の通り、佐竹が帰ってきた。

「ただいま」
「おかえり。すぐ、ご飯できるからな」

 キッチンを覗いた佐竹に、俺は笑顔で声を掛ける。
 いつもは鋭い目をほんのわずかに和らげて、佐竹がふっと口元を緩めた。つまり、笑った。

「……秋刀魚か。いい匂いだな」
「ん。スーパーで、あんまりつやつやしてて美味そうでさあ。つい買っちゃったよー」
「そうか」

 一緒に暮らすようになってから、佐竹は明らかに笑顔が増えた。いやまあ、普通の人から見れば「え? いま笑ったの?」って思われる程度のもんだけどさ。
 そのままひょいと伸ばした腕に、エプロンの腰を引き寄せられる。

「……ん」
 本当に、触れるだけの「ただいま」のキス。こんなのも、この頃やっと赤面せずにできるようになった。
「先に少し、シャワーを浴びてくる」
「ん。慌てなくってもいいからな。……うひゃ!」

 ちゅ、と首筋にもキスされて、さすがに飛び上がる。
 でも「なにすんだ!」と振り返った時にはもう、あいつの姿はそこになかった。

 この、不意討ち魔人め!
 このごろあいつ、こんな調子で色々と積極的なのだ。
 嬉しいか嬉しくないかって聞かれれば、そりゃ嬉しい。でもなんか、それよりなによりこそばゆくって、こっ恥ずかしさが先に立っちゃう。

 これは絶対、今夜はびっくりさせなきゃな。

 
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