情事の事情

るなかふぇ

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佐竹と内藤の場合

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(で。今夜は、どうなんだろ)

 果たしてするのか、しないのか。
 明日、何か予定があってできないんなら、こいつは早めにそう言ってくる。
 ……だから多分、今夜は、ある。……んだと、思う。

「……なんなんだ」
「え」
 味噌汁椀を傾けてそんなことを考えながら、俺はつい、ちらちらと佐竹の顔をうかがっていたらしい。
「あ、いや。べ……ッゲホゴホ!」

 「別に」と言いかけていきなりむせてしまった俺に、じろりと怪訝な視線がとんでくる。
 そうだった。こいつには、俺の隠し事はほとんど意味がない。大体すぐにばれてしまう。その鋭すぎる観察眼はどうにかなんないのかと思うけど、ほんと昔っからそうなんだよな。別に、相手は俺に限ったことじゃないと思うけど。
 お茶を飲んでやっと落ち着いたけど、俺を見る佐竹の目は、さっきよりもさらに剣呑になっていた。

「何かあったか? いつも言ってるが、相談ごとがあるなら遠慮するな。なるべく早めに言ってくれ」
「あ……うん」
「言われればすぐに対処するが、対応に時間がかかる場合もある。そうこうするうち、問題が大きくなるのが最も困る」
「ん、わかってる。ちゃんと、その……あとで、言うから」
 完全にしどろもどろだ。
 佐竹がますます変な顔になる。
「今、ここでは言えないことか」
「えーと。そうじゃないけど……やっぱり、あとがいいかなって」
「……そうか」

 佐竹は、それ以上深追いしてこなかった。そのまま、いつものようにめちゃくちゃ綺麗に身と骨の分けられた秋刀魚に箸を落とし、食事を再開する。俺もなんとなく黙り込んで、ご飯を口いっぱいにかき込んだ。
 なんか、ご飯の味がしない。
 さて、どうやって切り出そうか。

 



 食事が終わると、佐竹が珈琲を淹れてくれて、テレビのニュース番組なんかを見ながら少し休憩。だけど基本的に、テレビはそんなに見ない。大学の課題なんかがあるときは、佐竹に相談してみたりしながらそれをやる。
 もちろん、バイトがあるときにはこの限りじゃない。お互い塾の講師をしているんだけど、授業は大抵九時半とか、十時ぐらいまであるからだ。

 バイトがない時には九時、あるときには十一時にお風呂タイム。
 佐竹はその前に、毎日欠かさずおこなっている剣道の鍛錬をする。これは本当に欠かさずだ。風邪をひいたりして余程体調が悪いとき以外、やらなかったことはない。
 っていうかそもそも、佐竹は基本、まず風邪をひかない。三度三度、きちんとバランスの取れた食事をとって早寝早起き、あとは日々の鍛錬と勉強と読書とバイト。そんな、まるで「武家のおじいちゃんか」みたいな生活習慣をひとつも崩さずにこなしていく奴だから、それも当然ではあるんだけど。
 せっかく一緒に暮らしているんだし、俺、実は「たまには佐竹の看病とかしてみたいな~」なんて思ってたんだけどなあ。でも毎度こんな調子なので、俺のささやかな夢は当然、叶ってない。むしろ大体の場合、俺の方がこいつの世話になる側だ。
 恋人が病気になることを願うってのもひどい話だから、今のところそれは今後の密かな野望ってことにしている。

 入浴後、大抵はお揃いのパジャマに着替えて髪を乾かしたりしてから、寝室へ。
 気が向くと一緒に入ることもあるけど、それだともう風呂の中で、すっかりそんな気分になって盛り上がっちゃうから、最近はあまりやってない。俺が一回、それでのぼせちゃったのが主な原因だけど。

 寝室はもともと、佐竹が自分の部屋として使っていた場所だ。二人で暮らすことになってから、佐竹はさっさとシングルベッドをキングサイズに替えてしまった。幸い大きめの部屋だったのでなんとかなっているけれど、これが俺の部屋だったらまず置けていないサイズである。
 あのときは、ちょっと目が点になったもんだ。
 確かに男二人、シングルで一緒に寝るのは大変だけどさ。
 あれはあれで、嫌でもぎゅうぎゅうになって佐竹にくっついていられたから、俺は不満じゃなかったんだけど。

 ベッドの上でそんなことを考えて膝を抱えていたら、佐竹も風呂から戻って来た。前に、俺とお揃いで馨子さんからプレゼントされた紺のパジャマ。俺の方はグリーンのチェック柄だ。
 きし、とわずかにそこを軋らせて、佐竹がベッドの縁に座る。

「……で。話ってなんなんだ」
「あー。うん……」

 困ったな。
 こう真正面から訊かれると、それはそれで答えにくい。
 佐竹はほんの少し俺を見ていたが、手元のリモコンで部屋のライトを落としてベッドサイドのランプだけにした。部屋の中が、暗めの優しいオレンジの光だけになる。

「何か、言いにくい話なのか。なにか問題でも──」
「あ、いや。問題があるとか、そういうんじゃないんだ。ごめん」

 言って俺は、膝に掛けていたタオルケットを持ち上げて佐竹を中へ誘う。佐竹はすぐに隣に滑り込んできた。

「始めてしまうと、ゆっくり話は出来なくなるぞ」

 言いながら、片手で俺の頬に触れてすぐ目の前から目の中を覗き込まれる。
 その目の奥に、ちゃんと俺を求める光が宿っているのが分かって、少しほっとする。
 こいつはまだ、俺を求めてくれている。
 俺は佐竹の肩に両腕を回した。

「……ん。キス、しよ……?」
「いや。だから──」

 言いかける佐竹の唇に、俺からさっさと吸いついた。
 
 
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