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第一章 海の皇子と陸の王子
3 接吻
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「んー、んん~っ、んんんっ!」
やっと意識が戻ってきて、ユーリは今度は必死で両手を動かした。つまり、めちゃくちゃに男の体を拳で叩いた。
その拍子に、自分の体をつつんでいた毛布のようなものがぱさりと落ちた。下穿きこそ穿いているが、自分は上半身裸だった。着ていたものはどうやら脱がされているらしい。
ともかくも。ユーリは必死にもがきまくった。男の胸を叩き、長い髪をひっぱって逃れようと頑張る。
だが、男の体はびくともしない。
大きくて分厚い唇が自分のそれを割りひろげ、ぐちゅりと舌まで絡められる。
自分が男に接吻なんてされようとは。目が覚めたとたんにこんなことになるとは思いもよらず、ただただ、これが現実とは思えなかった。
いや、自分の名誉のために一応宣言しておくが、女となら何度もしたことがある。別にもてるわけではない。ないが、これでも自分は王族だ。
そろそろいい年でもあるし、父や兄たちは自分にも早く結婚をして欲しそうなのである。それで近頃は再三「どこそこの貴族の娘にいいのがいるらしいぞ」「あの大臣の姪に、美しく心映えもよい娘がおるそうだぞ」などといった話をもちかけてくる。
兄二人はとっくに身を固めており、正妻ばかりか愛人、愛妾といったものもふんだんに持っている。まあ、あの父を見習ってということでもあるらしいが、重臣の中には「即位の前から左様なことをなさるのは」と渋い顔をする向きもあるらしい。
ともかくそんな事情もあって、自分もまあそれなりに女を知ってはいるわけだ。
わけだが、これは想定外に過ぎた。
そもそも、役割が真逆である。
「ちょっ……ま、まて! 何をするんだ、貴様っ!」
ようやく自分の唇を相手のそれからひっぺがして、王子は叫んだ。
が、あっという間に再び唇を塞がれて引き倒される。
「痛っつ……!」
ごん、としこたま後頭部を岩にぶつけて、目から火花がでる。目尻につい涙が滲んでしまって閉口する。これではまるで、子供扱いだ。
今度は足まで使って男の体を離そうと全身でもがきまくるが、上半身だけでがっちりと抑え込まれてしまって身動きが取れない。
「むぐっ……ちょ、ちょっとまっ……待てと言うのにっ!」
と、触れられた場所からするすると温かななにかが体へ吸い込まれてくるのに気づいて、ユーリは体の動きを止めた。
喉の奥に残っていた苦みや胸の痛みが、不思議なほどに鎮まっていく。苦しかった息が少しずつ穏やかに変わっていく。
それでやっと、海中で起こったあれこれを思い出すことができた。
(まさか……こやつが?)
ユーリが大人しくなったのをいいことに、男は好き勝手にこちらの唇を蹂躙し始めた。
なんという激しい接吻。もはや食われているに等しい。
ほとんど息もできないのに、不思議と嫌悪感や苦しさはなかった。
なぜなのだろう。この男の唇には、なんとなく「癒し」とでもいうべきものがあるのだ。
ユーリは確信した。海中で今にも命を落としかけたあの時、自分の命を救いあげてくれたのは間違いなくこの男だ。この男が、何故か水の底から上がってきて自分をつかまえ、息をさせて救い上げた。その後、恐らくはここへ運び、濡れていた衣類を脱がせ、乾かすなどして手当てを施してくれたのだろう。
そんなことを考えるうち、どんどん脳内がじんじんしてくる。この男のキスは、ほとんど魔力の塊のようだった。言ってみれば悪魔的。
女とするのとはまるで違う。なんと蠱惑的な口づけなのか。分厚い舌がユーリの口腔を好き放題に蹂躙する。歯列の裏をなぞられ、顎裏をぬろりと舐められると、自分の意思とは裏腹に、背筋にぞくっと電撃が走った。
と、男の手がユーリの上半身にするっと滑った。脇腹を撫で上げ、指先がひどく優しい動きで肌を味わっている。
(な……にを、やってるんだ! この男は)
これではまるで、自分が女みたいではないか。
さらに、次の瞬間。
「ひあっ……!?」
薄い下穿きの中へごつい手のひらがするっと這い込み、腰が跳ねた。
その場所は、寒さとこの異常事態で縮み上がってしまっている。そこを摩るようにして温かな手のひらが上下していた。
「やっ……だ、やめろっ! この馬鹿!」
王子は真っ赤な顔で、無様に甲高い喚き声をあげていた。
と、男の手がぴたりと止まった。
なにやら少し胡乱げな目でこちらを見下ろしている。
なんなんだ、その目は。そういう目をしたいのはこっちの方だ!
王子は必死で男の手から逃れると、じりじりといざって距離を取ろうとした。動きにくい体をやっとのことで移動させ、どうにかこうにかほんの体ひとつ分ほど離れてから、じろりと相手を見上げる。
男はさも面白そうな目をして、にこにことこちらを見下ろしている。男前な相貌をやや緩め、ゆっくりと口角が引きあがっている。
悔しいが、なんとも魅力的な笑顔だった。
(……いやいや! 何を考えてるんだ、私は)
いきなり人にこんな行為を仕掛けてくる奴が、魅力的などであるものか。
「きっ……貴様、何者だ!? なんでいきなり、こんな真似をっ!」
できるだけ王子としての威厳を保つように努力しながら、相手をキッと睨みつけて叫ぶ。だが、相手はまるで動じなかった。きゃんきゃん吠えたてている子犬ほどにも思っていないらしい。
むしろにこにこと微笑んだまま、うんうんと頷き返してくる。
わけがわからん。
「た……助けてくれたことには、礼を言う。本国へ戻れば、十分に返礼もしよう。だがっ、この行為は無礼千万であるぞっ! こ、この私を誰だとおもっ……!?」
と言いかけて、王子はぎょっと目を剥いた。
先ほどまで、下半身は腰巻かなにかをつけているのだと思っていたが、その布に明らかな鱗のようなものが光ったのだ。
そして、そして──。
(な、なに……!?)
岩陰の向こうでぱしゃんと水飛沫があがり、男の下半身が持ち上がった。
そこにあるのは、人の両足ではなかった。
月明かりに照らされ、銀色に光る鱗の並んだ大きな尾鰭。
「ひ……、ひええええっ!?」
王子の口から、今度こそ正真正銘の情けない悲鳴があがった。
やっと意識が戻ってきて、ユーリは今度は必死で両手を動かした。つまり、めちゃくちゃに男の体を拳で叩いた。
その拍子に、自分の体をつつんでいた毛布のようなものがぱさりと落ちた。下穿きこそ穿いているが、自分は上半身裸だった。着ていたものはどうやら脱がされているらしい。
ともかくも。ユーリは必死にもがきまくった。男の胸を叩き、長い髪をひっぱって逃れようと頑張る。
だが、男の体はびくともしない。
大きくて分厚い唇が自分のそれを割りひろげ、ぐちゅりと舌まで絡められる。
自分が男に接吻なんてされようとは。目が覚めたとたんにこんなことになるとは思いもよらず、ただただ、これが現実とは思えなかった。
いや、自分の名誉のために一応宣言しておくが、女となら何度もしたことがある。別にもてるわけではない。ないが、これでも自分は王族だ。
そろそろいい年でもあるし、父や兄たちは自分にも早く結婚をして欲しそうなのである。それで近頃は再三「どこそこの貴族の娘にいいのがいるらしいぞ」「あの大臣の姪に、美しく心映えもよい娘がおるそうだぞ」などといった話をもちかけてくる。
兄二人はとっくに身を固めており、正妻ばかりか愛人、愛妾といったものもふんだんに持っている。まあ、あの父を見習ってということでもあるらしいが、重臣の中には「即位の前から左様なことをなさるのは」と渋い顔をする向きもあるらしい。
ともかくそんな事情もあって、自分もまあそれなりに女を知ってはいるわけだ。
わけだが、これは想定外に過ぎた。
そもそも、役割が真逆である。
「ちょっ……ま、まて! 何をするんだ、貴様っ!」
ようやく自分の唇を相手のそれからひっぺがして、王子は叫んだ。
が、あっという間に再び唇を塞がれて引き倒される。
「痛っつ……!」
ごん、としこたま後頭部を岩にぶつけて、目から火花がでる。目尻につい涙が滲んでしまって閉口する。これではまるで、子供扱いだ。
今度は足まで使って男の体を離そうと全身でもがきまくるが、上半身だけでがっちりと抑え込まれてしまって身動きが取れない。
「むぐっ……ちょ、ちょっとまっ……待てと言うのにっ!」
と、触れられた場所からするすると温かななにかが体へ吸い込まれてくるのに気づいて、ユーリは体の動きを止めた。
喉の奥に残っていた苦みや胸の痛みが、不思議なほどに鎮まっていく。苦しかった息が少しずつ穏やかに変わっていく。
それでやっと、海中で起こったあれこれを思い出すことができた。
(まさか……こやつが?)
ユーリが大人しくなったのをいいことに、男は好き勝手にこちらの唇を蹂躙し始めた。
なんという激しい接吻。もはや食われているに等しい。
ほとんど息もできないのに、不思議と嫌悪感や苦しさはなかった。
なぜなのだろう。この男の唇には、なんとなく「癒し」とでもいうべきものがあるのだ。
ユーリは確信した。海中で今にも命を落としかけたあの時、自分の命を救いあげてくれたのは間違いなくこの男だ。この男が、何故か水の底から上がってきて自分をつかまえ、息をさせて救い上げた。その後、恐らくはここへ運び、濡れていた衣類を脱がせ、乾かすなどして手当てを施してくれたのだろう。
そんなことを考えるうち、どんどん脳内がじんじんしてくる。この男のキスは、ほとんど魔力の塊のようだった。言ってみれば悪魔的。
女とするのとはまるで違う。なんと蠱惑的な口づけなのか。分厚い舌がユーリの口腔を好き放題に蹂躙する。歯列の裏をなぞられ、顎裏をぬろりと舐められると、自分の意思とは裏腹に、背筋にぞくっと電撃が走った。
と、男の手がユーリの上半身にするっと滑った。脇腹を撫で上げ、指先がひどく優しい動きで肌を味わっている。
(な……にを、やってるんだ! この男は)
これではまるで、自分が女みたいではないか。
さらに、次の瞬間。
「ひあっ……!?」
薄い下穿きの中へごつい手のひらがするっと這い込み、腰が跳ねた。
その場所は、寒さとこの異常事態で縮み上がってしまっている。そこを摩るようにして温かな手のひらが上下していた。
「やっ……だ、やめろっ! この馬鹿!」
王子は真っ赤な顔で、無様に甲高い喚き声をあげていた。
と、男の手がぴたりと止まった。
なにやら少し胡乱げな目でこちらを見下ろしている。
なんなんだ、その目は。そういう目をしたいのはこっちの方だ!
王子は必死で男の手から逃れると、じりじりといざって距離を取ろうとした。動きにくい体をやっとのことで移動させ、どうにかこうにかほんの体ひとつ分ほど離れてから、じろりと相手を見上げる。
男はさも面白そうな目をして、にこにことこちらを見下ろしている。男前な相貌をやや緩め、ゆっくりと口角が引きあがっている。
悔しいが、なんとも魅力的な笑顔だった。
(……いやいや! 何を考えてるんだ、私は)
いきなり人にこんな行為を仕掛けてくる奴が、魅力的などであるものか。
「きっ……貴様、何者だ!? なんでいきなり、こんな真似をっ!」
できるだけ王子としての威厳を保つように努力しながら、相手をキッと睨みつけて叫ぶ。だが、相手はまるで動じなかった。きゃんきゃん吠えたてている子犬ほどにも思っていないらしい。
むしろにこにこと微笑んだまま、うんうんと頷き返してくる。
わけがわからん。
「た……助けてくれたことには、礼を言う。本国へ戻れば、十分に返礼もしよう。だがっ、この行為は無礼千万であるぞっ! こ、この私を誰だとおもっ……!?」
と言いかけて、王子はぎょっと目を剥いた。
先ほどまで、下半身は腰巻かなにかをつけているのだと思っていたが、その布に明らかな鱗のようなものが光ったのだ。
そして、そして──。
(な、なに……!?)
岩陰の向こうでぱしゃんと水飛沫があがり、男の下半身が持ち上がった。
そこにあるのは、人の両足ではなかった。
月明かりに照らされ、銀色に光る鱗の並んだ大きな尾鰭。
「ひ……、ひええええっ!?」
王子の口から、今度こそ正真正銘の情けない悲鳴があがった。
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