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第五章 滄海の過去
4 甘い疼き
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「……お、慕い……しているのです。あなたを──」
玻璃は無言だった。
だが、その目が一段と優しくなったのがはっきりわかった。
そのまま顎を引き寄せられ、ごく優しく口づけられる。
ユーリは素直に目を閉じた。
「ん……ん」
久しぶりのキスだった。
優しくついばまれ、やがて唇を割り広げられて舌を絡みあわされる。
くちゅくちゅと淫猥な水音がする。それが耳を犯して、ユーリの体をさらに熱くしていく。
(ああ……だめだ)
そのまま大きな渦に呑まれてしまいそうで、恐ろしかった。
ユーリは必死で玻璃の胸を押し戻した。
それだけのことですっかり息があがり、目尻に涙さえ滲んでしまっている。
「おまち、ください……。ま、まだ……」
「ああ……そうだな。済まない。そなたの話がまだだったな」
そう言いつつも、玻璃の大きな手はユーリの腰を抱いたままだ。
「だが、嬉しい。よくおっしゃって下さった。それでつい舞い上がってしまった……。許されよ」
もう片方の手がユーリの背中を、髪を、さも愛おしげに撫でている。
(ああ……)
このまま、何も考えずに。
このままこの腕の中で、もっともっとこの熱を高めてもらえたら。
なにも考えられなくなるぐらいに、みんなこの人のものにしてもらえたら──。
体は確実に、そして正直にそちらの欲望を訴えている。
だが、ユーリは敢えてその熱を押し殺した。
「ずるい、です……」
「ん?」
「だって……。私ばかり」
自分ばかり言わされて。
だったら、あなたはどうなんだ。
いつもいつも、言葉で何か言う前に、喰らいつくようにして唇を奪ってばかりで。
ユーリがちょっと睨んだら、玻璃が軽く吐息をついた。笑ったのだ。
「ああ……そうだな。これは失礼をした。なにしろ、もう何年もこんな甘い台詞を吐いておらぬもので」
「……そうなのですか」
「ああ。ロマン殿からはまだお聞きでないか」
何を言われているのか分からず、ユーリはちょっと首をかしげた。
玻璃はにっこりとまた笑うと、ユーリの手を取って立ち上がった。
「では、参ろうか」
「えっ? ど、どこへ?」
「夜の方が都合がいい。随従は、黒鳶とロマン殿さえいればよかろう」
「いやっ、あの……」
慌てるユーリの手をそのまま引いて、玻璃が大股に部屋の外へ向かう。
「えっ? 殿下……?」
扉のすぐ外には、ロマンと黒鳶が立っていた。扉には防音設備が施されているそうなので、別に聞き耳を立てていたわけではないだろう。
ロマンは驚いた顔だったが、黒鳶のほうは玻璃が何か言う前からすっと頭をさげ、勝手知ったる様子でついてくる。
ロマンとユーリだけが頭の中で疑問符をいっぱいにかけ巡らせて、おっかなびっくりついて行く。
例によって、周囲の人々はこちらの姿に気付いていない。黒鳶がとっくに、あの装置を起動させているのだろう。
連れていかれたのは、あの《えあ・かー》とかいう乗り物の格納庫だった。玻璃はユーリを促して無造作に後部に乗り込むと、前の座席に座った黒鳶に目配せをした。
黒鳶が命じると、例の女性の声をもった《えーあい》が穏やかな声で応じ、ほとんど音もなく車が動き出した。
◆
巨大な珊瑚のような建造物の間は、何本もの透明な管がつないでいる。《えあ・かー》はそこをすいすいと通り抜け、いくつかの建造物を通り過ぎた。
建物そのものの光にぼんやりと照らされて、深海はしずかに揺蕩っている。あまり見慣れぬ形をした魚や大きなイカなどが、ふらりふらりと動いているのが見えた。
ちらちらと《天井》側から降る雪のようなものは、見た目どおりに「海の雪」と呼ばれるらしい。
なんだか夢のような景色だった。
やがて半刻ばかりして、車は静かにとある場所に到着したようだった。
「ここは、いったい……?」
そこは、とても静かな場所だった。
ぼかりと広い円形の空間である。周囲は緑に包まれていて、様々な季節の花が咲き乱れていた。その間を細い小道が通っていて、脇に設置されたぼんやりとした温かな光が周囲をうっすらと照らしている。
広場の中央には、四角く平たい石のテーブルのようなものが据えられていた。表面がきれいに磨き上げられた石である。その上に、色とりどりの花束がいくつも置かれている。
驚いたのは、その《空》だった。
これまでの空は、地上を模したつくりになっていて、昼なら昼の、夜なら夜の空を科学技術によって演出されていた。とはいえ、やや透明になっているためか、真昼の空の中をうっすらと巨大な鯨の白い影が通り過ぎたりしていたけれども。
だが、今はそうではなかった。
壁にはそうした細工がされておらず、透明な壁の向こうは完全に海の中になっている。深海に棲む生きものたちが、時折ふらりふらりと目の前を横切っていく。
呆然としてその不思議な光景に見とれていたら、玻璃がすぐ隣に立ってユーリの肩に手を置いた。もう片方の手が、海のさらに奥を指さした。
「あちらに、我らの《ニライカナイ》がある」
「ニライ、カナイ……」
「滄海の民が、命を喪うと赴く場所だ。基本的には火葬なのだが、残った遺骨を細かく砕き、あちらの海溝へ沈めにゆく。世界で最も深い海だ」
「…………」
「今は、かつて一度だけ俺に添うてくれた人もそこにいる。胎にいた赤子とともに」
ユーリはハッとして顔を上げた。
玻璃は無言だった。
だが、その目が一段と優しくなったのがはっきりわかった。
そのまま顎を引き寄せられ、ごく優しく口づけられる。
ユーリは素直に目を閉じた。
「ん……ん」
久しぶりのキスだった。
優しくついばまれ、やがて唇を割り広げられて舌を絡みあわされる。
くちゅくちゅと淫猥な水音がする。それが耳を犯して、ユーリの体をさらに熱くしていく。
(ああ……だめだ)
そのまま大きな渦に呑まれてしまいそうで、恐ろしかった。
ユーリは必死で玻璃の胸を押し戻した。
それだけのことですっかり息があがり、目尻に涙さえ滲んでしまっている。
「おまち、ください……。ま、まだ……」
「ああ……そうだな。済まない。そなたの話がまだだったな」
そう言いつつも、玻璃の大きな手はユーリの腰を抱いたままだ。
「だが、嬉しい。よくおっしゃって下さった。それでつい舞い上がってしまった……。許されよ」
もう片方の手がユーリの背中を、髪を、さも愛おしげに撫でている。
(ああ……)
このまま、何も考えずに。
このままこの腕の中で、もっともっとこの熱を高めてもらえたら。
なにも考えられなくなるぐらいに、みんなこの人のものにしてもらえたら──。
体は確実に、そして正直にそちらの欲望を訴えている。
だが、ユーリは敢えてその熱を押し殺した。
「ずるい、です……」
「ん?」
「だって……。私ばかり」
自分ばかり言わされて。
だったら、あなたはどうなんだ。
いつもいつも、言葉で何か言う前に、喰らいつくようにして唇を奪ってばかりで。
ユーリがちょっと睨んだら、玻璃が軽く吐息をついた。笑ったのだ。
「ああ……そうだな。これは失礼をした。なにしろ、もう何年もこんな甘い台詞を吐いておらぬもので」
「……そうなのですか」
「ああ。ロマン殿からはまだお聞きでないか」
何を言われているのか分からず、ユーリはちょっと首をかしげた。
玻璃はにっこりとまた笑うと、ユーリの手を取って立ち上がった。
「では、参ろうか」
「えっ? ど、どこへ?」
「夜の方が都合がいい。随従は、黒鳶とロマン殿さえいればよかろう」
「いやっ、あの……」
慌てるユーリの手をそのまま引いて、玻璃が大股に部屋の外へ向かう。
「えっ? 殿下……?」
扉のすぐ外には、ロマンと黒鳶が立っていた。扉には防音設備が施されているそうなので、別に聞き耳を立てていたわけではないだろう。
ロマンは驚いた顔だったが、黒鳶のほうは玻璃が何か言う前からすっと頭をさげ、勝手知ったる様子でついてくる。
ロマンとユーリだけが頭の中で疑問符をいっぱいにかけ巡らせて、おっかなびっくりついて行く。
例によって、周囲の人々はこちらの姿に気付いていない。黒鳶がとっくに、あの装置を起動させているのだろう。
連れていかれたのは、あの《えあ・かー》とかいう乗り物の格納庫だった。玻璃はユーリを促して無造作に後部に乗り込むと、前の座席に座った黒鳶に目配せをした。
黒鳶が命じると、例の女性の声をもった《えーあい》が穏やかな声で応じ、ほとんど音もなく車が動き出した。
◆
巨大な珊瑚のような建造物の間は、何本もの透明な管がつないでいる。《えあ・かー》はそこをすいすいと通り抜け、いくつかの建造物を通り過ぎた。
建物そのものの光にぼんやりと照らされて、深海はしずかに揺蕩っている。あまり見慣れぬ形をした魚や大きなイカなどが、ふらりふらりと動いているのが見えた。
ちらちらと《天井》側から降る雪のようなものは、見た目どおりに「海の雪」と呼ばれるらしい。
なんだか夢のような景色だった。
やがて半刻ばかりして、車は静かにとある場所に到着したようだった。
「ここは、いったい……?」
そこは、とても静かな場所だった。
ぼかりと広い円形の空間である。周囲は緑に包まれていて、様々な季節の花が咲き乱れていた。その間を細い小道が通っていて、脇に設置されたぼんやりとした温かな光が周囲をうっすらと照らしている。
広場の中央には、四角く平たい石のテーブルのようなものが据えられていた。表面がきれいに磨き上げられた石である。その上に、色とりどりの花束がいくつも置かれている。
驚いたのは、その《空》だった。
これまでの空は、地上を模したつくりになっていて、昼なら昼の、夜なら夜の空を科学技術によって演出されていた。とはいえ、やや透明になっているためか、真昼の空の中をうっすらと巨大な鯨の白い影が通り過ぎたりしていたけれども。
だが、今はそうではなかった。
壁にはそうした細工がされておらず、透明な壁の向こうは完全に海の中になっている。深海に棲む生きものたちが、時折ふらりふらりと目の前を横切っていく。
呆然としてその不思議な光景に見とれていたら、玻璃がすぐ隣に立ってユーリの肩に手を置いた。もう片方の手が、海のさらに奥を指さした。
「あちらに、我らの《ニライカナイ》がある」
「ニライ、カナイ……」
「滄海の民が、命を喪うと赴く場所だ。基本的には火葬なのだが、残った遺骨を細かく砕き、あちらの海溝へ沈めにゆく。世界で最も深い海だ」
「…………」
「今は、かつて一度だけ俺に添うてくれた人もそこにいる。胎にいた赤子とともに」
ユーリはハッとして顔を上げた。
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