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第八章 過去と未来と
11 曲水の庭
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さて。その後は玻璃の予告通り、アルネリオと同様に、こちらの都の大通りを周回するパレードが催された。あちらでは馬車だったが、こちらでは車体に絹地のリボンなどをあしらった屋根のない空中車両(エア・カー)が用いられている。
運転手などはおらず、完全に《えーあい》とやらいう人工知能が自動運転をするらしい。ユーリは玻璃と二人だけで車に乗ってパレードに出発した。ロマンは後ろからついてくる車の中におり、黒鳶はその傍にいる。が、姿は隠している。
こちら側では尾鰭を持たない人々が中心になるため、どうしても一般の人々が多くなっている。畢竟、ユーリはこれまで以上に大変な好奇の目にさらされる羽目になった。
小さな赤子を抱きかかえ、物珍しそうに外国から来た王子を見つめる市井の女や男たち。小さな子供もいれば、高齢の男女もいる。見たところアルネリオのような厳しい身分差のようなものはなく、基本的にはみな自由に、沿道に集まっているらしかった。ざっと見た限り、軽く数万人の人々が集まっているようだった。
時折り、大きな声が投げかけられる。
ただ、彼らの言語を知らないユーリには何を言われているのかは分からなかった。玻璃はごく鷹揚な笑みを浮かべ、あちらへこちらへと視線を動かしながら時おり手など振っている。
「玻璃殿。いまのは、なんと?」
「ああ。『皇太子殿下、ご結婚おめでとうございます』と。大体はそんなようなことだ。そなたの名も聞こえるぞ。『皇太子配殿下おめでとうございます』とな」
「え、私も……?」
「当然だろう。そなたは今や、俺の大切な『配殿下』なのだから」
「え、ええっと……」
そうなのだった。これまで皇室の男子の配偶者として男性があがったことはないため、重臣たちは頭をよせあってその呼称を考えたとのことだった。女子ならば「皇太子妃殿下」であるところ、男子に「妃」ではおかしい。
ではどうするか、ということで、「皇太子の配偶者」という意味を含めて「皇太子配殿下」に落ち着いたという流れらしい。
「ともかく。そなたはただゆったり笑って手を振り、応じてやってくれればよい」
「はい」
隣から優しく微笑みかけられて、少し落ち着く。ずっとそんなことの繰り返しだ。
ひと通り空気のあるエリアを巡回すると、パレードの列は次に水のエリアに突入した。もちろんその前にどの《エア・カー》も、上部が透明な屋根に覆われて少し変形したようだった。
水のエリアでのパレードは、さらにまた壮観だった。
尾鰭を持たない人々よりは裕福だったり地位がある者が中心になるということだったが、まわりじゅうをあの尾鰭をつけた様々な老若男女に囲まれて祝いの声に包まれていると、なんだか祝われているのが自分ではないような気分になってくる。
みな、色とりどりの美しい尾鰭を持ち、気のせいかもしれないが空気中で暮らす人々よりも全体に見た目の美しい者が多いような気がした。いや、まあ気のせいなのだろう。
と、玻璃が皆に手を振りながらふと言った。
「ここではある程度、水圧が管理されている。外は深海ゆえ、自然の水圧のままではまずい。生身の我らは圧死してしまうゆえな」
「えっ。そ、そうなのですか?」
「そうだとも。先日そなたに初めて会ったときも、途中までは水陸両用の飛行艇を利用したのだ」
「な、なるほど……」
目をまるくしているユーリを見返って、玻璃はくはは、と声を立てた。
「でなければ、さすがの俺でもぺちゃんこだ」
「ぺ、ぺちゃ……?」
「そなたとて、さすがにぺちゃんこの夫は持ちたくあるまい」
「いや、あの……」
正直、陸地に住む人間であるユーリにとって、「水圧」というのがどういうものなのかはうまく想像できなかった。玻璃が「要するに頭の上に大量の水が乗っていると、重みでつぶれてしまうであろう? それと似たようなことよ」と説明してくれて、なんとなくわかったという程度である。
だが、玻璃がそうやってわざと冗談を言い、ユーリの緊張をほぐそうとしてくれているのだけはよくわかった。
やはりこの方は、根本的にお優しいのだ。
車はそのまますみやかにまた空気のあるエリアに戻り、皇太子の在所である東宮に到着した。今度は夜を徹しての結婚の祝賀・祝宴の儀が始まるのである。
その前に、ユーリは一度部屋に戻って着替えなくてはならなかった。
先ほどまでの堅苦しい儀式用の装束から、ややゆったりとした、より華やかな衣装に変わる。こちらもまた、美しい衣装だった。
全体に薄青の織り地の衣で、それよりは少し濃い青の絹糸で細かな刺繍がほどこされている。見たところ鴛鴦が仲睦まじく向き合った意匠であり、派手さはないながらも品のある品物だった。これもまた、玻璃が選んでくれたらしい。
冠はもう外しても構わないとのことだったので、ユーリは有難く言われた通りにさせてもらった。
侍従の先導にしたがって、ロマン、黒鳶とともに祝宴のための大広間に向かうと、長めの渡殿の途中で玻璃が待っていた。
玻璃はやや髪を崩して、やはり無冠になっている。見事な体躯を包むのは、髪と瞳の色によく映える濃い紫の装束だった。庭から吹いてくるさやかな風に、ゆらゆらと長い髪が揺れている。
大広間に面する庭は曲水とよばれるもので、水を引き込み、季節をいろどる紅梅や白梅などをあちらこちらに配置した大変美しいものだった。
その背景と玻璃が、まるで一幅の絵のように溶け合って麗しかった。
「玻璃どの……」
その完璧な絵の中に自分が入り込むことに臆して、ついユーリは足を止める。だが、玻璃のほうでさっさと絵から抜け出てきた。綺麗に嵌まった絵が崩れるのが、勿体ないと思えるほどだった。
玻璃は無造作にユーリの手を握り、「さあ、参ろう」とにこりと笑う。
温かな手に導かれるまま、ユーリは玻璃とともに板敷きの回廊を渡っていった。
運転手などはおらず、完全に《えーあい》とやらいう人工知能が自動運転をするらしい。ユーリは玻璃と二人だけで車に乗ってパレードに出発した。ロマンは後ろからついてくる車の中におり、黒鳶はその傍にいる。が、姿は隠している。
こちら側では尾鰭を持たない人々が中心になるため、どうしても一般の人々が多くなっている。畢竟、ユーリはこれまで以上に大変な好奇の目にさらされる羽目になった。
小さな赤子を抱きかかえ、物珍しそうに外国から来た王子を見つめる市井の女や男たち。小さな子供もいれば、高齢の男女もいる。見たところアルネリオのような厳しい身分差のようなものはなく、基本的にはみな自由に、沿道に集まっているらしかった。ざっと見た限り、軽く数万人の人々が集まっているようだった。
時折り、大きな声が投げかけられる。
ただ、彼らの言語を知らないユーリには何を言われているのかは分からなかった。玻璃はごく鷹揚な笑みを浮かべ、あちらへこちらへと視線を動かしながら時おり手など振っている。
「玻璃殿。いまのは、なんと?」
「ああ。『皇太子殿下、ご結婚おめでとうございます』と。大体はそんなようなことだ。そなたの名も聞こえるぞ。『皇太子配殿下おめでとうございます』とな」
「え、私も……?」
「当然だろう。そなたは今や、俺の大切な『配殿下』なのだから」
「え、ええっと……」
そうなのだった。これまで皇室の男子の配偶者として男性があがったことはないため、重臣たちは頭をよせあってその呼称を考えたとのことだった。女子ならば「皇太子妃殿下」であるところ、男子に「妃」ではおかしい。
ではどうするか、ということで、「皇太子の配偶者」という意味を含めて「皇太子配殿下」に落ち着いたという流れらしい。
「ともかく。そなたはただゆったり笑って手を振り、応じてやってくれればよい」
「はい」
隣から優しく微笑みかけられて、少し落ち着く。ずっとそんなことの繰り返しだ。
ひと通り空気のあるエリアを巡回すると、パレードの列は次に水のエリアに突入した。もちろんその前にどの《エア・カー》も、上部が透明な屋根に覆われて少し変形したようだった。
水のエリアでのパレードは、さらにまた壮観だった。
尾鰭を持たない人々よりは裕福だったり地位がある者が中心になるということだったが、まわりじゅうをあの尾鰭をつけた様々な老若男女に囲まれて祝いの声に包まれていると、なんだか祝われているのが自分ではないような気分になってくる。
みな、色とりどりの美しい尾鰭を持ち、気のせいかもしれないが空気中で暮らす人々よりも全体に見た目の美しい者が多いような気がした。いや、まあ気のせいなのだろう。
と、玻璃が皆に手を振りながらふと言った。
「ここではある程度、水圧が管理されている。外は深海ゆえ、自然の水圧のままではまずい。生身の我らは圧死してしまうゆえな」
「えっ。そ、そうなのですか?」
「そうだとも。先日そなたに初めて会ったときも、途中までは水陸両用の飛行艇を利用したのだ」
「な、なるほど……」
目をまるくしているユーリを見返って、玻璃はくはは、と声を立てた。
「でなければ、さすがの俺でもぺちゃんこだ」
「ぺ、ぺちゃ……?」
「そなたとて、さすがにぺちゃんこの夫は持ちたくあるまい」
「いや、あの……」
正直、陸地に住む人間であるユーリにとって、「水圧」というのがどういうものなのかはうまく想像できなかった。玻璃が「要するに頭の上に大量の水が乗っていると、重みでつぶれてしまうであろう? それと似たようなことよ」と説明してくれて、なんとなくわかったという程度である。
だが、玻璃がそうやってわざと冗談を言い、ユーリの緊張をほぐそうとしてくれているのだけはよくわかった。
やはりこの方は、根本的にお優しいのだ。
車はそのまますみやかにまた空気のあるエリアに戻り、皇太子の在所である東宮に到着した。今度は夜を徹しての結婚の祝賀・祝宴の儀が始まるのである。
その前に、ユーリは一度部屋に戻って着替えなくてはならなかった。
先ほどまでの堅苦しい儀式用の装束から、ややゆったりとした、より華やかな衣装に変わる。こちらもまた、美しい衣装だった。
全体に薄青の織り地の衣で、それよりは少し濃い青の絹糸で細かな刺繍がほどこされている。見たところ鴛鴦が仲睦まじく向き合った意匠であり、派手さはないながらも品のある品物だった。これもまた、玻璃が選んでくれたらしい。
冠はもう外しても構わないとのことだったので、ユーリは有難く言われた通りにさせてもらった。
侍従の先導にしたがって、ロマン、黒鳶とともに祝宴のための大広間に向かうと、長めの渡殿の途中で玻璃が待っていた。
玻璃はやや髪を崩して、やはり無冠になっている。見事な体躯を包むのは、髪と瞳の色によく映える濃い紫の装束だった。庭から吹いてくるさやかな風に、ゆらゆらと長い髪が揺れている。
大広間に面する庭は曲水とよばれるもので、水を引き込み、季節をいろどる紅梅や白梅などをあちらこちらに配置した大変美しいものだった。
その背景と玻璃が、まるで一幅の絵のように溶け合って麗しかった。
「玻璃どの……」
その完璧な絵の中に自分が入り込むことに臆して、ついユーリは足を止める。だが、玻璃のほうでさっさと絵から抜け出てきた。綺麗に嵌まった絵が崩れるのが、勿体ないと思えるほどだった。
玻璃は無造作にユーリの手を握り、「さあ、参ろう」とにこりと笑う。
温かな手に導かれるまま、ユーリは玻璃とともに板敷きの回廊を渡っていった。
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