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第十章 予兆
5 尾鰭開発局
しおりを挟む《尾鰭開発局》は、ここからひとつ北側へ移動したセクションにある。
到着して一見したところでは、建物の雰囲気は先ほどの《遺伝情報管理局》とよく似ていた。出迎えた局員たちの服装も同じような感じである。
「お話は玻璃殿下からすでにお聞きしております。さ、こちらへ。まずは閲覧室からご覧いただきましょう」
ここの局長は、ゆるやかに巻いたやわらかい銀色の髪をした年配の女性だった。名を樟葉というらしい。あの波茜にも通じるような、いかにも知的な女性に見えた。
実際、かなり優秀な女性なのだろう。その証拠に、彼女はこちらアルネリオの言葉をきちんと習得してくれている。
彼女に促されて中へ通され、やっぱりゆったりと温かな設えの部屋でソファや茶菓を勧められてから、ユーリはそこで《尾鰭かたろぐ》とかいうものを大量に見せられることになった。
どんなしくみかは分からないが、空中に薄っぺらくて四角い画面が浮かび上がるようになっており、そこに本当に様々なデザインの尾鰭の画像が並んでいた。
(うわ、すごいな……)
「尾鰭」と言うからには魚をモチーフにしたものが主流かと思ってはいたが、ひと口に魚といっても何千、何万という種類がいる。色目も鰭の形状も、また鱗の光り具合も、本当にさまざまだ。
さらにこれは比較的特殊な例だが、ひらひらと長い触手をなびかせたクラゲ型のデザインのものもある。とはいえそちらは、裕福な人々がちょっとした「お遊び」であつらえる遊び着感覚のものであるらしかったが。
ともかくも。
いきなり眼前に展開された情報量の多さに、ユーリは目を白黒させるほかはなかった。
「こ、こんなに色々あるのですか? とてもすぐには決めきれないのですが……」
困り果ててそう言ったら、樟葉女史は軽く口元に手をあてて小さく笑った。アルネリオであったら間違いなくどこぞの貴族の奥方だと判断されるような、非常に品のいい笑声である。
「左様でございましょうね。皇太子殿下もそのように仰せでした。ユーリ殿下が非常にお迷いになるであろうと」
「え、そうなのですか」
「はい。それで実を申しますと、皇太子殿下が事前にいくつか、殿下にお勧めのタイプを選んでおられたのでございます」
「えっ」
「『ユーリにはこれが似合いそうだ』とおっしゃって、それはそれは嬉しそうに、お楽しそうにカタログをご覧になって」
「そ……そうですか」
そのときの玻璃の様子が目に浮かぶようで、ユーリの耳はまた熱くなった。あのように多忙の皇太子殿下であられるというのに。こんな自分ごとき者のために、貴重なお時間を割いてくださったとは。
「殿下がそちらを見ても良いとおっしゃるならばご覧いただくように、との仰せにございました。いかがでしょう。ご覧になられますか」
「はい、それは是非!」
ユーリが瞳を輝かせると、女史はふわりと優しく笑って頷き、テーブルの上で指を滑らせ、画像を新たなものに入れ替えた。
「わあ……。で、でも、これは」
ユーリは目を何度も瞬かせた。
以前も言っていたが、玻璃はどうやらユーリのことをかなり買いかぶっているらしい。眼前に展開されている尾鰭のデザインは、どれも庭園の花々のように麗しくて可愛らしい色や形をしていた。
例えるならそう、豪奢な姿をした金魚の尾鰭のように、長めでひらひらとした形状だ。色目も桃色や橙色など、鮮やかで可愛らしいものが中心である。
「ちょ……ちょっと、恥ずかしい……かも」
「左様でしょうか。わたくしは、よくお似合いだと存じますけれど」
樟葉女史にやんわりとそう言われても、ユーリはあまり画像を直視できなかった。
「い、いやいやいや。一応わたしも男子なのですし。こちらはきっと、女性向けのものなのでしょう?」
「そうとも限りませんわ。昔はよくあったことのようですけれど、好みの色目にわざわざ男女差をもちだすことは、わが国では無粋とされておりますし」
「そうなのですか」
「ええ。かつては黒や寒色は男子に、暖色や花に代表される甘い色目は女子に、という古い見方もございましたが。今ではさほど、みな気にしてはおりません。誰でも自由に、纏いたい色目を纏う。皇族の皆様がたには色々と伝統に左右される場面もございましょうけれど、こと尾鰭に関しましては新しき品でございますし。皆様、自由になさっておいでです」
「な……なるほど」
「なにより、玻璃殿下が『ユーリにはこれがよい、これが似合う』と大層楽しげにお選びになっておられたものです。わたくしも、こちらのものならどれでも殿下にお似合いだと存じますわ」
「そ、……そうですか」
赤くなりながら少し考え込む。
と、ユーリはふと思いついて側に立っているロマンに目を向けた。
「そういえば、ロマン。そなたもどれか選ばないといけないな」
「え? 私ですか」
ロマンが驚いて目を上げた。
「わ、私のことなどどうでもよいのです。側仕えの者は、地味で適当なものであればなんでも」
「そういう訳にはいかないだろう」
「いいのですっ。あ、そういえば、黒鳶どのは? どのような鰭をお持ちなのです?」
「は、自分ですか」
それまで部屋の隅に控えていた黒鳶が、ここで初めて声を発した。
「忍びの者は、基本、黒灰と決まっております。なにより泳ぐ速さや筋力など、機能性を重視いたしますゆえ、大抵は鮫のものが多いかと」
「え。サメ、ですか」
ユーリの問いに、黒鳶はひとつ頷いたのみだった。
「左様ですわね。こちらでは鱶とも呼称しますけれど」
言ったのは樟葉女史だ。
「あの、肉食の……とても怖い魚?」
少しぞっとしない気分になったのか、ロマンの声は震えていた。少年の問いは、ユーリの疑問そのものでもある。二人とも、図鑑やなにかで絵を見たことがあるぐらいで、海生生物についてあまり多くの知識はない。
「怖いかどうかはわかりませぬが。速く泳げるのは確かです」
黒鳶の応えはどこまでも控えめだった。
「なるほどね。さすがは忍びのみなさんだ」
ユーリは苦笑すると、再び目の前のデータに目を戻した。
そうしてそこから、尾鰭を選ぶための長考に入った。
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