ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸(おか)の王子に恋をする~

るなかふぇ

文字の大きさ
113 / 195
第一章 彼方より来たりし者

7 脅迫

しおりを挟む

 「その者」から滄海への連絡が入ったのは、皇太子・玻璃の失踪から十日もあとのことだった。

 実際、そこに至るまで、滄海の上層部では二つの事件を関連付けて考えるべきなのかどうかすら決めあぐねていた。玻璃の失踪時、周囲にいた者たちが相当ひどいやりかたで惨殺されていたことを考えれば非常事態であるのは明らかだったが、だからといってそれと宇宙の彼方にいる敵とが関係すると考えるのも無理があるように思われたからである。

 展開している宇宙艦隊のうち、比較的被害の少なかった艦はそのまま当初の防衛ラインを維持して微動だにしていない。一方、木星近辺にとどまっていた謎の宇宙船はそこからじりじりと間合いを詰め、今では火星の軌道上に位置を占めていた。
 まさににらみ合い。そろそろ一触即発かと思われた。
 もしもこちらの隊にひとりでもこらえ性のない将官がいたら、誤って最初の一発を相手艦にお見舞いしてしまっていたかもしれない。
 どうやら今回の連絡は、それを見越してのものらしかった。

《久しぶりだな。今回は、ちょっと面白いものが手に入ったのでその紹介だ》

 冷酷そのものの声がメインブリッジに響いた時、艦隊司令官・璃寛りかんは、モニターに現れた映像を見て息を呑んだ。同席している部下たちも一様に戦慄したようだった。

「殿下……!」
「玻璃殿下!」
「ま、まさか──」

 士官らの驚きも無理はなかった。
 画面の中央には、巨大な樹の幹のような形をした緑に光る筒がある。筒そのものは透明らしいが、中は何かの液体で満たされているようだ。
 その中に、この場で知らぬものはないだろう尊い方のお姿が浮かんでいた。液体の中で大きく広がった銀の髪。雄々しくたくましい巨躯に、品位のあるご尊顔。
 皇太子・玻璃殿下だった。

 衣服はほとんどお召しになっておらず、下着の下穿きだけのお姿だ。
 両目は閉じて、今は眠っておられるように見える。
 璃寛は思わず体の横で拳を握った。

「殿下ッ……! 貴様、殿下になにをした!」

 歯をむき出し、獣がうなるかのように叫ぶと、あたかもそれを相殺するように氷のごとき声が応じた。

《特にはなにも。少し話をした程度だ。……まだ、な。ただ、ここから貴様らが選択を誤ればどうなるか。それは大いに想像しておくがいい》

 続く映像を見るうちに、璃寛のこめかみには玉の汗が浮きだした。
 それは明らかな脅迫だった。
 同じ映像はそのまま、すぐに海底皇国・滄海の宇宙軍本部へ転送された。三軍を統括する司令官たる兵部卿・青鈍あおにびは、敵の要求その他をまとめて海皇・群青ぐんじょうへと奏上した。





 ユーリがその映像を見せられたのは、その御前会議の場であった。本来は出席するべきものではないが、場合が場合であるため、事前に群青に無理をいって参加させてもらっていたのだ。
 ごく上層部の集まりのため、群青のいる水槽の前にはいつもの御簾みすは下ろされていない。

「ひ……!」
 喉奥で声にならない悲鳴を発し、ユーリは思わず口元を覆った。
「あっ、ユーリ様……!」
 ぐらりと体が傾いたのを感じた瞬間、横からすぐに黒鳶とロマンが支えてくれた。
「どうか、お気を確かに。一時、ご退室なさいますか」
 黒鳶の低い問いに、ユーリは必死で首を横に振った。
「いや。いい、ここにいる。すまない……」
 ロマンが心配そうな顔で覗き込んでくるのになんとか微笑んで頷き返す。
 場の皆は慄然とした顔でモニターを凝視していた。泰然とした態度を崩さないものの、それは群青とても同じだった。
 人々の面前で空中にうかんだモニターの中では、正体不明の男の声が続いている。

《ご覧の通り、そちらにとって大事な者をお預かりした。こちらへの攻撃や陰謀そのほかが露見し次第、こいつの体を寸刻みにしてお返しすることにするので、そのように心得よ》

 こみ上げてくる吐き気を必死にこらえながら、ユーリは画像を食い入るように見つめていた。口元をおさえる手さえも、ぶるぶる震えて自分の思うようにはならない。

(玻璃殿……!)

 と、画面の中の男は「ところで」と話題を変えた。
 その手に握られているのが、自分もつけているあの腕輪であることはすぐに分かった。男の指が青色のボタンを操作して、とある映像を浮かび上がらせる。

《こいつが誰か、教えてくれると有難い。この男はどうやっても答えるつもりがないようでな》

「おお……?」

 御前会議に参加している老臣の一人が思わず声を上げたようだった。
 分厚い透明な壁の向こうで、水中にいる群青が優しい瞳をやや翳らせ、そっとこちらを見たのがわかった。
 それと同時に、隣にいたロマンが息を呑む。

(えっ……?)

 暗がりに浮かび上がった映像は、あのときの自分のものだった。桃色や橙色をしたちょっと恥ずかしいデザインの尾鰭をつけて、不格好に泳ぎ回っている自分の姿。
 場にいる皆の目が、一斉にユーリを射抜いた。
 冷たい男の声がさらに響く。

《こいつは誰だ。そちらにいるなら、早急にこちらに寄越せ》

(えっ……?)

 知らず、身がすくんだ。隣のロマンも同じである。
 様々な疑惑の視線が自分に集中しているのに気づいて、ユーリは慌ててぶんぶんと首を横にふった。
 身に覚えは何もない。その映像を玻璃に贈ったのは《尾鰭開発局》の局員だし、それを求めたのは玻璃自身だ。

《別にこの男の身柄と交換だとは言っていないぞ。だが、場合によっては何かしらの譲歩はしてやるかもな》

 ちっ、とその場の誰かの舌打ちが聞こえた。もちろん相手に届かないことを知ってのことだ。この映像は璃寛によって録画されたもので、相手とつながっているわけではない。

《急げよ。……この男の片腕を斬り落とされたくなければ、な》

 言いながら、男は人の形をした片手をかざした。と、するするとそれが変形して鋭い五本の刃物にかわった。

《ああ、先に言っておく。努々ゆめゆめ、身代わりを立てようなどとは考えるなよ? さすれば斬り落とされるのは、こいつの首になるからな》

 そうして、映像はぷつりと切れた。
 場には重苦しい沈黙が降りた。
 が、やがて大臣おとどの一人が遂に押し殺した声を発した。

「な……何者なのだ、こやつは」
「人ではないのか」
「そうであろうな。あの不気味な腕を見るに──」
「だとしたら、一体どういう存在なのだ。すぐに調べさせよ」
「いや、今はそれよりも、彼奴きやつがいったいどうして配殿下を、というのが問題であろう」
「そうだな。目的がまるで分らぬ」

 場にいる皆の疑問は、そのままユーリの疑問だった。
 ざわざわとさざなみが立つように人々の低い声が広がる中、群青は黙って水槽の中からユーリを見つめている。その瞳に、ユーリを咎めるようなものは何もない。だがそれでも、ユーリは自分が責められているような気になるのを止められなかった。

「陛下、どのようにいたしましょうか。このまま奴の申す通り、配殿下を……?」
 ひととおりのざわめきが鎮まり、大臣の一人がそう言いかけた時だった。
「とっ、とんでもない……!」

 場の静けさを破ったのは、鋭いロマンの声だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

処理中です...