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第一章 彼方より来たりし者
9 海皇と皇帝
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《お話は聞いていた。少しよろしいだろうか、群青どの》
ユーリの嵌めた腕輪から、聞き慣れた深い声が流れ出た。
周囲のみなが、ざわっと色めき立つ。
ユーリ自身も完全に寝耳に水のことだった。
「ち、父上……?」
帝国アルネリオの皇帝、エラストだった。
黒鳶が素早くユーリの傍らに立つと、すぐに通訳を始めてくれた。父の話す言語がアルネリオのものだからである。ちなみにアルネリオ側にも、すでに通訳者がいるようだ。これも玻璃の手配なのだろうか。
「父上。どうして……?」
《ひさしぶりだな、ユーリ。変わりはないか》
「は、はい。でも一体──」
《婚儀の前、玻璃殿がこの腕輪を私に下さったのだ。『なにかあれば、これを通じてご子息と連絡をとってくださいませ』と。素晴らしいお気遣いであった》
「そうなのですか?」
まったくの初耳だ。ユーリは自分の腕輪を愕然と凝視した。
《殿下はそちらでの儀式が終わればお前にも知らせるとおっしゃっていたのだが。このたびはそのお暇がなかったと見える。無理もないことであろう》
「…………」
そうだったのか。
一から十まで、あの方はなんとお気遣いの濃やかな方なのだろう。
《使ったのはこれが初めてだが、なかなか便利なものであるな。此度はさっそく役にも立った。若いながら、そなたの側近はなかなかに気が利くようだ。何よりである》
「え、ロマンが……?」
ぱっと隣を見れば、ロマンがやや申し訳なさそうな顔で俯いていた。
どうやらユーリが彼を制するために手を出したとき、さりげなくその手首に触れて、こっそりと腕輪のスイッチを入れていたということらしい。こちらでの議論の次第をエラストに知らせようとしたわけだ。操作方法は、黒鳶あたりが指南していたのだろう。
「勝手なことを、まことに申し訳ありませぬ。しかし、このままではなし崩しにユーリ殿下を宇宙へという話になってしまうかと。エラスト陛下にもお話を通すべきかと存じまして」
「なっ……なんということをッ!」
「このっ……痴れ者めが!」
大臣のうちの数名がまた激昂して立ち上がらんとするのを、再び青鈍が目で制して座らせた。ごく短時間のことだったが、ユーリにも少しずつこの場での力関係が見えてきている。
兵部卿・青鈍には、宮中での相当な発言力があるらしい。
青鈍は基本的には物静かで、落ち着いた普通の年配者に見える。例の映像を見たときにも風がそよと動いたほどにも動じなかった。体もさほど大きくはない。だがその目の奥に研ぎ澄まされた覚悟のようなものを秘めているらしいのが、ユーリにでさえはっきりとわかった。いかにも武人らしい静けさと、猛々しさとを併せ持つ御仁である。
他の者らは、彼に対してはなかなか面と向かって抗弁しにくそうな様子に見えた。それは無理もないと見えた。
ついでながら、この場でユーリを敵視するような物言いをしているのは、おもに第二皇子・瑠璃と右大臣側の人々であるようだ。
左大臣側に近い人々は、さほど大きな声では発言しないし、青鈍の言に明確に頷いている者もいる。
ちなみに左大臣と右大臣では、左大臣の方が位が上であるそうだ。人品骨柄の優れた者がいる場合のみ、その上に太政大臣という職が据えられるそうだが、現在、それは海皇代理でもある玻璃が兼任する形になっているとのことだった。
(そういえば……)
ユーリはそこで、玻璃が婚儀のあとで黒鳶を通じて要人のだれかを紹介しようという話があったことを思い出した。
とするとこの中に、その人物がいるということだろうか……?
それはいったい、誰なのだろう。
忙しく考えるうちにも、ロマンは抗弁を続けている。
「だって、そうではありませぬか。ユーリ殿下は玻璃殿下の配偶者であられると同時に、アルネリオの王子でもあらせられるのです。帝国アルネリオの意思を無視して勝手にお命に関わる決定をなさるなど、それこそ道理に反すること。国と国との関係すら壊す大事ではありませんか!」
「そなたの申す通りであるな、少年よ」
泰然とした声で先を引き取ったのは群青陛下だった。
「エラスト殿。此度はこちらも慮外の出来事つづきで、大切なご子息に関することであるにも関わらず、ご連絡もいたさずに申し訳もありませなんだ。お許しくだされ」
《ご無理もなきこと。どうかそこはお気になさらず》
エラストも皇帝らしく鷹揚に返事をした。
「まことにお恥ずかしき限り。幾重にもお詫びを申し上げる。なれど、我らがあなた様のご意向を無視してご子息のお命に関わる何かを決めるなどということはありませぬぞ。そこは何卒、ご理解をいただけましょうや」
《無論のことです》
ゆったりと微笑みさえ浮かべた声だった。
さすがの貫禄である。アルネリオの皇帝としての面目躍如といったところか。
《私が貴国と、群青殿を信じぬということなどありませぬよ。いまや我らは、ユーリを通じて親戚ともなった間柄ではありませぬか》
が、あたたかな父の申し出に対して、場にいる多くの者の反応は冷ややかだった。
特に瑠璃はかたく唇を引き結び、ぎりっと音がたつかと思うほどの鋭い視線でユーリを睨みつけたままである。その目はそのまま「貴様、まさか行かぬと言うつもりではあるまいな」と、ずっとユーリを責めたてていた。
ユーリの背中を冷たい汗が滑り落ちた。
ユーリの嵌めた腕輪から、聞き慣れた深い声が流れ出た。
周囲のみなが、ざわっと色めき立つ。
ユーリ自身も完全に寝耳に水のことだった。
「ち、父上……?」
帝国アルネリオの皇帝、エラストだった。
黒鳶が素早くユーリの傍らに立つと、すぐに通訳を始めてくれた。父の話す言語がアルネリオのものだからである。ちなみにアルネリオ側にも、すでに通訳者がいるようだ。これも玻璃の手配なのだろうか。
「父上。どうして……?」
《ひさしぶりだな、ユーリ。変わりはないか》
「は、はい。でも一体──」
《婚儀の前、玻璃殿がこの腕輪を私に下さったのだ。『なにかあれば、これを通じてご子息と連絡をとってくださいませ』と。素晴らしいお気遣いであった》
「そうなのですか?」
まったくの初耳だ。ユーリは自分の腕輪を愕然と凝視した。
《殿下はそちらでの儀式が終わればお前にも知らせるとおっしゃっていたのだが。このたびはそのお暇がなかったと見える。無理もないことであろう》
「…………」
そうだったのか。
一から十まで、あの方はなんとお気遣いの濃やかな方なのだろう。
《使ったのはこれが初めてだが、なかなか便利なものであるな。此度はさっそく役にも立った。若いながら、そなたの側近はなかなかに気が利くようだ。何よりである》
「え、ロマンが……?」
ぱっと隣を見れば、ロマンがやや申し訳なさそうな顔で俯いていた。
どうやらユーリが彼を制するために手を出したとき、さりげなくその手首に触れて、こっそりと腕輪のスイッチを入れていたということらしい。こちらでの議論の次第をエラストに知らせようとしたわけだ。操作方法は、黒鳶あたりが指南していたのだろう。
「勝手なことを、まことに申し訳ありませぬ。しかし、このままではなし崩しにユーリ殿下を宇宙へという話になってしまうかと。エラスト陛下にもお話を通すべきかと存じまして」
「なっ……なんということをッ!」
「このっ……痴れ者めが!」
大臣のうちの数名がまた激昂して立ち上がらんとするのを、再び青鈍が目で制して座らせた。ごく短時間のことだったが、ユーリにも少しずつこの場での力関係が見えてきている。
兵部卿・青鈍には、宮中での相当な発言力があるらしい。
青鈍は基本的には物静かで、落ち着いた普通の年配者に見える。例の映像を見たときにも風がそよと動いたほどにも動じなかった。体もさほど大きくはない。だがその目の奥に研ぎ澄まされた覚悟のようなものを秘めているらしいのが、ユーリにでさえはっきりとわかった。いかにも武人らしい静けさと、猛々しさとを併せ持つ御仁である。
他の者らは、彼に対してはなかなか面と向かって抗弁しにくそうな様子に見えた。それは無理もないと見えた。
ついでながら、この場でユーリを敵視するような物言いをしているのは、おもに第二皇子・瑠璃と右大臣側の人々であるようだ。
左大臣側に近い人々は、さほど大きな声では発言しないし、青鈍の言に明確に頷いている者もいる。
ちなみに左大臣と右大臣では、左大臣の方が位が上であるそうだ。人品骨柄の優れた者がいる場合のみ、その上に太政大臣という職が据えられるそうだが、現在、それは海皇代理でもある玻璃が兼任する形になっているとのことだった。
(そういえば……)
ユーリはそこで、玻璃が婚儀のあとで黒鳶を通じて要人のだれかを紹介しようという話があったことを思い出した。
とするとこの中に、その人物がいるということだろうか……?
それはいったい、誰なのだろう。
忙しく考えるうちにも、ロマンは抗弁を続けている。
「だって、そうではありませぬか。ユーリ殿下は玻璃殿下の配偶者であられると同時に、アルネリオの王子でもあらせられるのです。帝国アルネリオの意思を無視して勝手にお命に関わる決定をなさるなど、それこそ道理に反すること。国と国との関係すら壊す大事ではありませんか!」
「そなたの申す通りであるな、少年よ」
泰然とした声で先を引き取ったのは群青陛下だった。
「エラスト殿。此度はこちらも慮外の出来事つづきで、大切なご子息に関することであるにも関わらず、ご連絡もいたさずに申し訳もありませなんだ。お許しくだされ」
《ご無理もなきこと。どうかそこはお気になさらず》
エラストも皇帝らしく鷹揚に返事をした。
「まことにお恥ずかしき限り。幾重にもお詫びを申し上げる。なれど、我らがあなた様のご意向を無視してご子息のお命に関わる何かを決めるなどということはありませぬぞ。そこは何卒、ご理解をいただけましょうや」
《無論のことです》
ゆったりと微笑みさえ浮かべた声だった。
さすがの貫禄である。アルネリオの皇帝としての面目躍如といったところか。
《私が貴国と、群青殿を信じぬということなどありませぬよ。いまや我らは、ユーリを通じて親戚ともなった間柄ではありませぬか》
が、あたたかな父の申し出に対して、場にいる多くの者の反応は冷ややかだった。
特に瑠璃はかたく唇を引き結び、ぎりっと音がたつかと思うほどの鋭い視線でユーリを睨みつけたままである。その目はそのまま「貴様、まさか行かぬと言うつもりではあるまいな」と、ずっとユーリを責めたてていた。
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