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第三章 宇宙の涯(はて)で
1 偽りの海辺
しおりを挟む男はそれから、時々やって来てはユーリをあちこち連れまわした。
大体、いつもだしぬけだ。時間帯が決まっているということは特になかった。玻璃の隣で眠っている時でも、食事中でもお構いなし。
ユーリは男が何をしようと、基本的に何も逆らうことはなかった。というか、すでに逆らうこと自体に疲れていた。
大勢の人間が共同生活することを想定している宇宙船のため、船内には様々な設備があった。先日連れて行かれたのは、どうやら「レクリエーション・ルーム」と呼ばれる娯楽のための部屋だったらしい。
他にも、体を動かすための施設だとか、船内で植物を栽培する施設など、様々な部屋が作られていた。とはいえそのどれもが使われなくなって久しいことは、ひと目見ただけで明らかだったけれど。
男は別に、ユーリを案内しているつもりもなかったらしい。好き勝手に歩き回り、虫の居所が悪くてひたすら黙っていることもあれば、陽気にしゃべり続けていることもあった。要するに、気まぐれなのだ。
「そういえば。滄海から何か連絡はあったので……かな」
「ぷはっ」
相変わらず言葉が不自然になるユーリを見て、男は面白そうに吹き出した。
「特には何も。ゴリラ皇子もひょろひょろ王子も、一応無事だとは伝えてあるがな」
「ひ、ひょろ……?」
なにやらひどい。この男の悪口にはだいぶ慣れたつもりだけれども、やっぱりひどい。
「一度、こっそりとステルス機能を使って近づいて来た駆逐艦があったが、あっさり撃墜しておいた」
「ええっ?」
びっくりして飛び上がったら、すうっと目を細めて睨まれた。
「当然だろう。あいにくと、以前の技術を廃れさせてしまったお前らより、科学力はこっちの方が上なんだ。あの程度のステルスに《サム》が騙されるわけがない」
「…………」
「『今度やったら、どちらかの王子の片腕をくれてやるぞ』と脅しておいた。以降はまあ、静かなもんだ」
ユーリは思わず絶句する。
そういえば数日間、彼がこちらに顔を見せなかった時期があった。つまりそこが、ちょうど事件があった時期であるらしい。船のほぼ中央部に近い《水槽》の部屋では、外部で何が起こっているかなどほとんど感知できないのだ。
それ以降、滄海がこの船に対して何か仕掛けて来たということはないらしい。無理もなかった。なにしろこちらは、あの国の大切な皇太子殿下の命を握っているのだから。
(ああ……どうしよう)
その船に乗っていた人員はどうなったのだろう。もしかして、ユーリの知る誰かが乗っていたりはしなかっただろうか。心配のあまりに、あのロマンや兄が乗り合わせていたなどということはないだろうか。
考えれば考えるほど、胸が潰れるようにつらかった。
(はやく……はやく、なんとかしないと)
この男が玻璃と地球を諦めてくれるように、自分がなんとかして動かなければ。だが今のところ、なんの手がかりもつかめない。この男が、どうして人類をこんなに憎んでいるのかもわからないのだ。
◆
その部屋にやってきたのは、そういう奇妙な「散歩」が十回ほども繰り返されたあとのことだった。
「うわあ……」
ユーリは思わず、うっとりと景色にみとれた。
そこは、非常に広々とした空間だった。ひとことで言ってしまえば巨大なプールだ。足もとには砂浜よろしく細かな砂が敷かれており、どんな仕組みかはわからないが、漣が寄せては返すように造られている。
巨大な半球形になった壁や天井に、青い空と海の映像がうつしだされて再現されている。海の向こうにうっすらと小島が浮かんでいるのが遠望され、砂浜には貝殻やヒトデなどがあちこちに散らばり、南方に生える椰子の木の姿まであった。
聞こえてくるのは漣の音だけではない。風の音、海鳥の声。砂と水面に照りつける太陽。まるで本物の海辺にいるかのようだ。他の部屋に比べると、ここは少し気温も高く設定されているらしい。
ここにあるのは、ひたすらに平和で暢気な空気だった。
男が満足げな目をしてユーリを見返った。
「なかなか綺麗だろう。クソ虫どもが造ったまがい物にしては、だがな」
「はい……あ、いえ。うん」
「地球の景色と似せて造られているという話だったが、本当にそうなのか?」
「あ、うん。南方の島には、今でも恐らくこんな景色がよくあると思いま……思うよ」
「へえ。そうなのか」
言いながら、男は無造作に靴を脱ぎ始めた。そのままユーリを連れ、飛沫を蹴立てて水に入っていく。
(ああ……気持ちいい)
足首を洗うに波を感じて、ユーリの肩から思わず力が抜けた。両手で水を掬ってみる。だが、嗅ぎ慣れた潮の匂いはせず、それはただの真水だった。が、透明で非常に綺麗だ。水は指の間を通り抜けて、ぱちゃぱちゃと足もとに落ちていく。
「泳ぐか?」
「えっ」
不意を突かれて顔を上げた。ちょうど太陽を背にしているため、男の表情はあまりよく見えなかった。
「もとは陸にいた王子らしいが、今では泳げるんだろう?」
「あ、いえ……。僕はあんまり、泳げなくて」
「そうなのか? どこまでも不器用な王子だな」
男はおかしそうに眉を跳ね上げた。
ユーリはほんの少しむっとする。
「も、もともと玻璃殿とお会いしたのも、僕が船から落ちて溺れたのがきっかけだし──」
「へえ?」
男が話の先を促す様子なので、ユーリはごく簡単に、あの嵐の日の出来事を話して聞かせた。
「あのとき、あの方に助けられていなかったら……。僕は今、ここにこうして生きてはいなかったと思う」
「……ふうん」
男の声が微妙にトーンを変えたようだったが、ユーリは気づかなかった。
と、そのまま俯いて、足もとの水を片足で少し蹴るようにしていたら、突然ぐいと腰のあたりを掴まれた。
「うわっ……!」
ぐらりと体が傾いてバランスを失う。
気が付けば、ユーリの体は男の両腕に抱きすくめられていた。
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