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第八章 神殿の思惑
6 過去
しおりを挟む絶句した。
白の精霊と黒の精霊は邪神? よこしまであり、間違った存在であると……?
(そんな。そんなこと……っ)
思わず唇をかみしめた。
だが、それならインテス様は大丈夫なのだろうか。皇帝は神殿と仲が良くないという話ではあったけれど、第五皇子であるインテス様のことはさほど大事にしていないと聞いている。特に、皇太子やほかの皇子の母親、つまり妃たちからは、あの輝くばかりの容姿と才能をもつ皇子は疎ましいだけの存在に違いない。
皇帝もかれらも最高位神官サクライエに同調はしないまでも、インテス様の味方についてくれるとは思われなかった。
いわばインテス様は「敵地」に近い場所にひとりで戻られたと言ってもいい。だからこそ、レオが「俺も行く」と申し出たのではないだろうか?
「ご心配なさいますな。少なくともいま、インテス殿下の身になにかあることは帝国にとってまずいことのはずですゆえ」
「そ……そうですがっ」
世界全体にあの《黒い皿》が広がり、闇の勢力が力を増している現在、《救国の半身》の力はどうしても必要だ。そのインテス様をどうにかしてしまおうと思うほど、皇帝も妃たちも神殿もバカではないだろうとは思う。しかし。
(オレが……せめてオレが、隣にいてさしあげられれば)
きっとこの《半身》としての力をもって、インテス殿下をお守りすることができるに違いないのに。
そこまで思い至って、シディは寝台から飛び降りた。
「オブシディアン様。いけませぬ。まだ──」
「こうしてはいられませんっ。オレも、インテス様のところへ行かないと」
「なりませぬ」
予想していた以上に強い声が返ってきて、シディはぴくりと動きを止めた。ティガリエの太い腕が、シディを胸のあたりで押しとどめている。
「これはインテス殿下からのご命令です。オブシディアン様はこちらで、しっかりと体力を回復させよと」
「で、でもっ」
いても立ってもいられないのに。
「まずはお食事をなさいませ。ろくに召し上がっておられぬ上、少し発熱もなさっていたのですぞ。すぐにお動きになるのはいけませぬ」
「そんな──」
そんなこと、どうだっていいのに。
「ご心配には及びませぬ。そのためにレオが参りました。いざとなればどんな血路を開くことになろうと殿下をここへお戻しする。……あれはそう自分に約束して参りましたゆえ」
「……ええっ」
レオが、そんなことを?
それはますますじっとしていられない気分になるではないか。
「ご存じの通り、帝都には殿下を疎ましく思い、あわよくばお命を狙おうとする者すらおりまする。しかし今、《救国の半身》を害する愚か者はおりませんでしょう」
「それだけじゃないかもしれないでしょう? 殿下を脅迫したりとか……人質とか、とられてっ」
「……あの方にとって最大の『人質』になり得るのはどなたでしょうや」
「えっ」
びっくりして、思わず大きなトラの顔を見返してしまった。野生のトラの瞳とは違い、ティガリエの目には知的で誠実な光が宿っている。それがいま、まっすぐにシディを見返していた。
「あなた様にございますぞ、オブシディアン様。あなた様をもしも質に取られたならば、殿下とて身動きが取れなくなりましょう」
「え、ええ……?」
「だからこそ、殿下はあなた様をここへ預けておいでになった。ここなら強力な魔導士がいくらでもおり、あなた様をお守りできる。皇室や神殿の手出しはほぼ不可能だからです」
「…………」
それほど?
ちっとも知らされてはいなかったけれど、それほどインテス様と神殿の間にも緊張が存在するのか。正妃や側妃たちからの憎悪についてはすで知っていたが、そんな危険もあったなんて。
「あの、ティガ。神殿と精霊信仰について、もうちょっと詳しく教えてもらってもいいですか」
「もちろんです。自分に分かる範囲でしたら」
そう言って、ティガリエは語ってくれた。
神殿はすでに聞いたように、風のヴェントゥス、火のイグニス、土のソロ、金のメタリクム、水のアクアの五柱を信奉している。その五つこそが至上の精霊神であり、たとえば異民族が信仰するそのほかの神々を異端として退け、見下してもいる。
そして、本来存在するはずの白の精霊と黒の精霊については邪神として退けているのだ。
「大昔、いまの神殿と魔塔が分断された原因とも言うべき、大きな事件があったと聞き及んでおります」
「それは……?」
「数百年前。おそらく千年も昔かもしれませぬ。あなた様とインテス様の何代か前の《救国の半身》がこの世に生まれた時のことにございます──」
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