白と黒のメフィスト

るなかふぇ

文字の大きさ
100 / 209
第九章 暗転

11 殿下の足跡

しおりを挟む

 翌日。シディはセネクス翁とティガリエ、ラシェルタに伴われて魔塔を出発した。
 魔塔にいれば、帝国貴族のだれぞかからの攻撃は防げる。けれども、場所を特定されているのはやはり危ない。それならいっそ外へ出て、少人数で動こうということになったのだ。そのほうが敵の目をくらますことができる。

 シディの訓練は旅先で続けることになった。魔法の師匠はセネクス翁とラシェルタ。武術はティガリエの担当だ。
「最終的にはレオ千騎長らが待つ《黒い皿》へ向かうが、それまで少しをいたそうか」とセネクス翁がにこやかにおっしゃった。

「寄り道……ですか?」
 首をかしげるシディに、翁はゆったりとうなずいた。
「せっかくゆえ、この際インテグリータス殿下の足跡をたどってみるのはいかがかと思うてな。まっすぐに向かうよりは、より敵への目くらましにもなろう。どうじゃ?」
「えっ。殿下のそくせき……?」

 殿下の足跡。つまりたどって来た道のことだ。
 それはつまり、過去に殿下が自分の《半身》を探して各地を巡っておられたときに立ち寄った場所ということらしい。
 聞けば殿下はその時に、平民の傭兵団の中からあのレオ千騎長を見いだしたのだとか。同様にして、ご自分が「これは」と思う者を雇い入れ、信用に足る人々だけで周りを固めていったというのだ。

「いっ、行きます!」
 それを聞いたシディの返事は当然、一も二もなかった。
「行きたいです、連れていってください、師匠……!」
「よし。ではすぐに支度に掛かろうぞ」





 そのようなわけで。
 いまシディは辺境の島のひとつにやってきている。
 比較的大きな島で、島民も二百名ほどはいる。みな衣服は素朴なもので、藁を編んだ屋根をかぶった簡素な小屋に住んでいた。
 季節はすでに静かに冬へと移行しつつあるが、分厚い上着が必要なほどの寒さではない。

 セネクス翁は多めの金貨を村長に渡して、小さな小屋のひとつを借りうけた。ここに住んでいる家族は、自分たちが滞在する間だけ親戚の家に世話になるらしい。

「魔力を溜める技術はずいぶん身についたようじゃな。では次は、それをより精緻に操れるようになることを目指そうぞ」

 翁のそんなひと言で、日中は村はずれで修練を積むことになった。時間を決め、昼餉をはさんで魔術と武術の両方を交互に行う。
 魔術の修練の間はティガリエが、そして武術のときにはラシェルタが、それぞれ警護に立ってくれた。
 とはいえ、最初からうまくいくはずもない。魔術も武術も、まだ初心者に毛がはえた程度のシディにとっては難しすぎる。何度やっても思うように魔術を編み上げられないし、ティガリエの剣を受け止めるだけでも大汗をかく始末だ。

「オブシディアン様。魔力を編みあげる際にはより明瞭で具体的な形を思い描くとよろしいかと」
「は、はいっ」
「《黒き皿》を包み込むものとして、オブシディアン様なら何を思い描きまするか」
「え、ええっと……」

 そう突っ込まれると、あまりうまく答えられない。が、どんな場合でもラシェルタが気分を害したり腹を立てたりすることはなかった。爬虫類の人の表情はわかりづらいけれども、この人はなかなかの人格者であるらしい。シディがどんなに飲み込みが悪くても、いつも通りのものやわらかな態度も崩さず、忍耐強く教えてくれた。

「なるべく身近なものがよろしいかと。よくご覧になるものや、実際に使ったことがあるものなど」
「えーと」

 シディはちょっと考え込んだ。
 魔力を溜めるものとしては《壺》を思い描いた。そこから魔力を取り出して、粘土をこねるようにして柔らかくほぐし、今度は細い細い糸にして再び編み上げる。皿を包み込んで外側からぎゅうっと強い力を加えて搾《しぼ》り上げる──

「えっと……。果物を搾る、荒布はどうでしょう?」
「よろしいかと思います」
 ラシェルタがわずかに目を細めた。たぶん笑ってくれたのだ。
「では。それをなるべく明瞭に思い描いてから、もう一度」
「はいっ」

 ティガリエもまた、ラシェルタに負けず劣らずの忍耐強い教え手だった。すでに毎日やっている基礎体力をつける訓練からはじまって、剣のないときとあるときに分けて様々な護身術を伝授してもらう。

「体重移動は重要ですぞ、オブシディアン様。体の中心に一本の芯がある、それを意識して動くのです」
「は、はいっ」
 言われてすぐにその通りにできたら苦労はないが、とにかくできるようになるまで体を動かし続けるだけだ。
「相手の動きからは決して目を離さぬよう。特に目線です。しかし、瞬時にわざと視線をそらしてだまそうとする輩もおりますゆえ、お気をつけを」
「はいっ」
「あなた様の敏感な鼻があれば、慣れてくれば相手の《気》を読むこともたやすいはずにございます。それがあればだまされにくくなりましょう。ご心配召さるな。あなたには才がありまするぞ」

 ティガリエは本当に優しい。無骨なのに、言葉にいちいち優しさが滲んでいる。彼の言葉はこの世で半身を失って打ち砕かれた心に染み入り、稽古中だというのについ涙ぐんでしまいそうになるほどだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...