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第十三章 雌伏
15 意外な捕虜
しおりを挟む(そうだ。……この方のために)
胸にかかった首飾りをぎゅっと握りしめ、そう思った瞬間だった。
「あの感覚」が、再びシディの全身を駆け巡り、凄まじい力が漲りはじめた。
体が急に大きくなったことは、周囲にいる仲間たちの姿が小さく見えはじめたことでわかった。それと同時に二本足で立つことがつらくなり、自然と両手を床につく。体が大きくなったのと並行して、シディは自分たちを縛っていた魔法のいばらの蔓を食いちぎった。
いばらはいとも容易くちぎれ飛び、あっというまに粉々になって空気に溶けていく。
「ううっ。まさか、あれは……!」
神殿の魔導士たちは明らかに怯んだようだった。部屋のなかで必死にあとずさるが、すぐに壁や家具に背がついてしまって棒立ちになっている。
シディはみんなを自分の身体の後ろに庇いつつ、大声で叫んだ……つもりだった。
「グルウオオオオオオオオン!」
「ひいいっ」
声の代わりに迸り出たのは獰猛な狼の咆哮だった。魔導士の中には、色を失ってその場に尻もちをついてしまった者もいる。その拍子にひょいとフードが外れた顔に見覚えがあった。ぎょろりとした大きな目と、そのまわりにびっしりと生えた睫毛。大きな鼻の穴のあるくちばし──
(あっ……まさか)
その顔はまちがいなく、あのスピリタス教の高位神官、ダチョウの女ストルティだった。予想外だったが、なかなかの大物が来ていたらしい。
ほかのみなもなすっかり戦意をなくし、呆然とシディを見上げているばかりだ。
無理もない。自分が以前のような虹色に輝く黒狼王に変貌していることはシディにもわかっていた。どうやらこれで、変身するコツみたいなものが理解できたように思う。
(よかった。これでオレもみんなを守れる)
安堵しつつ背後のセネクス翁を見やると、巨大な自分のしっぽがみんなの顔のあたりをぱすぱす叩いているのに気がついた。急にあわててしまう。
《あっ。ご、ごめんなさい……!》
「謝るでない。佳きかな、佳きかな」
セネクス様がニコニコ笑い、インテス様もおおきなふさふさしっぽを愛おしそうに撫でたりしていやに満足げだ。対するティガリエとラシェルタはちょっと微妙な困った顔である。当然だろう。
セネクス様はようやく笑いをおさめると、ひょいと手をふった。すると、棒立ちになっていた魔導士たちがふっと意識を失ってその場に倒れた。ストルティなどはわざわざ魔法を使われるまでもなく、「きゅう」などと言っただけで真っ先に失神していたようだったが。
「よし。少々荷物が増えてしもうたが、これらも連れて戻るとしようぞ」
「はっ」
《あ。オレの背中に乗せてくださいっ》
すぐに動きだしたティガリエに向かって言うと、男はやや躊躇したようだった。それはそうだろう。彼にしてみれば、自分が仕えている相手をこき使うなどあってはならないことだから。
《いいから、ティガ。時間がない。みなさんも俺の背に乗ってください。早く》
「そうじゃの。こちらの方がいっぺんに飛べる。ティガリエ、そのように」
「……は、はは」
みんながのぼりやすいように身をかがめると、まずセネクス様が乗ってきた。その次にインテス様。シディの肘のあたりに足を掛けながら、インテス様がそっと言った。
「やはり、さすがはシディだな。変身のこつがつかめたようだ」
《あ、はい。多分……》
ふふふ、と殿下がお笑いになる。
「これはますます、私ばかりが置いてきぼりだなあ。参ったよ」
《そ、そんな》
「ともあれよろしく頼むよ。ああ、ティガリエ。手を貸そう」
「申し訳ありませぬ」
そんな感じで、キツネの老人に加え新たに捕虜となった魔導士数名をも背に乗せてから、セネクス翁はあらためて《跳躍》の魔法を発動させた。シディの大きな狼の足の下に、再びきらめく魔法陣が現れる。
「しかし。捕らえたはいいが、こやつら自白しますでしょうか、師匠」
ふと訊ねたインテス様に、セネクス翁はまたほほほ、と笑った。
「なに、ご心配には及びませぬよ。高位の魔導士が低位の者を自白させるなど、赤子の手をひねるよりも容易きことにござりますれば」
「なるほど」
次の瞬間、もう周囲の景色は変わっていた。
(ん? ここは……)
見覚えのある島。そして建物。海のにおい。
そこは、あの魔塔の島だった。
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