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第十三章 雌伏
16 変身解除
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見覚えのある島。そして建物。海のにおい。
そこは、あの魔塔の島だった。
いま、周囲には敵からの攻撃に備えて多くの魔法障壁が張り巡らされている。見張りの魔導士たちが何名か空中を飛びながら巡回しているが、今は敵の攻撃は行われていないようだ。
セネクス翁が真っ先にシディの背中から飛び降りた。ほとんど体重を感じさせない軽やかさは、とてもその年齢のご老人だとは思えない。ちょっぴり心配して見つめていたシディに「問題なしじゃ」とばかりに一瞥をくれ、インテス様に向き直る。
「まずは、捕虜をこちらで確保いたしまする。尋問もこちらにお任せあれ」
「うん。よろしく頼む」
「はい。すぐにお望みの証拠をとり揃えてご覧に入れましょうぞ」
みんなが捕虜を担ぎあげつつ背中から降りたところで、シディは変身を解こうとした。が、よくわからない。
(うわ……どうしよう)
変身はできるようになったが、解く方法はよくわからないのだ。気持ちばかり焦るだけで、身体のほうはずっと輝く巨大な狼のままである。
ついきょろきょろしていたら、いち早く気づいたセネクス翁が耳をぴょこぴょこさせて微笑んだ。
「ああ、シディ。今この場をもって、ついでに呼吸法も覚えるとよいぞ」
《は……はい》
「最初は目を閉じてみよ。そうして眠るときのように穏やかに、心を静めて何度か深く呼吸をする。教えてしんぜるゆえ、やってみよ」
言われた通りに大きく息を吸って、吐いてと何度かやってみているうちに、ティガリエとラシェルタが近くの魔導士たちの手を借りて、さっさと捕虜たちを魔塔の奥へと運んでいった。やがて、ようやくシディの身体が輝きを消し、するすると縮みはじめた。
なったときと同じように、解けるときもまたあっけないものだった。獰猛な獣の足が溶けるように消えていき、代わりにシディの見慣れた黒い手がもどってくる。それに伴い、二本足で立てるようになった。目線がすすっと下がって、インテス様を見上げるぐらいのいつもの身長になる。
自分の手をまじまじと見つめ、開いたり閉じたりしてみた。どうやらすっかりもとに戻ったようだ。
(ふう……)
「よしよし。なかなかよいぞ。今後はもっとすみやかに変身し、元にも戻れるようになるであろ」
「あっ、ありがとうございました、師匠……」
「うむ。なにごとも鍛錬、鍛錬」
と、インテス様がすかさず自分のマントをシディに羽織らせてくださった。必要以上にぐるぐる巻きにされているようだが、気のせいだろうか。そのままぎゅっと抱きしめられる。
「すぐに戻れるようになったのは重畳だ。だが全裸はまずいぞ、全裸は」
「はえっ? ひいいっ」
自分の体をこっそりまさぐってみてびっくりする。今のシディは殿下のおっしゃる通り、一糸まとわぬ姿になってしまっていた。変身した拍子に着ていたものはどこかにいってしまうらしい。あれだけ大きくなるのだから、布地なんてはじけ飛んでしまうのかも。
それにしても、変身した状態ならなんとも思わないのに、人の姿になった途端にこんなに恥ずかしくなるのはなぜなのだろう。
「これは必ず私がマントをしておかねば。いや、必ず着替えも準備して──」
インテス様が顎に手をあて、口の中だけでぶつぶつ言っている。聞こえていないと思っているのかもしれないが、残念ながらいまの鋭いシディの耳にはふつうに聞こえてしまっている。かあっと体が熱くなった。
(もうっ。インテス様ったら……!)
「あ、あのっ。それで、今度は魔塔にいることになるんですか? オレたち」
師匠はひょいとインテス様を見上げた。
「殿下はまだ、日和見貴族どもの囲い込みと、裁判の準備がおありであろ。こちらで数日お休みいただいたのち、また隠れ家へとご案内いたそう」
「ああ、それがいいだろうな。よろしくたのむよ、爺」
「あっ。お、オレも一緒にもどりますから!」
「それはもちろん。《半身》はなるべく共にいたほうがいいからな」
インテス様に頭をまたぽすぽすされ、にっこり笑われてようやくホッとしたとき、魔塔のほうから聞きなれた野太い声がした。
「おお! 戻りやがったか皇子」
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