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終章
エピローグ(3)
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「い、いんてす……さま」
けほ、とひとつ咳が出た。
声は詰まって、それ以上なにも言えなくなる。
「恐らくこのまま、私は即位することになるだろう。第六皇子はまだ幼い。国内がもう少し落ち着くまでは、しばらく私が帝位を温めるほかないだろうが──」
(いやいやいや)
弟皇子に帝位を譲る気満々なのだろうか、この人は??
という考えは、シディの素直すぎる表情によってインテス様にはまるわかりだったようだ。
「不満かい? 弟が帝位を継ぐのは」
「え?」
「もちろん私は、私に子があるならその子に継がせるのも吝かではないが。それ以上のことはないとも思っているしね」
「え──」
自分でもわかった。
いま、自分の目がまんまるになっているであろうことが。
「前にも言ったが、私はそなたとの間に子が欲しい」
「…………」
そういえばそんなことを言われたような。
確か魔道を使えば、同性同士の間にも子どもが儲けられる、とかなんとか。
「ほっ……本気だったんですか」
「当たり前だ。あれから何年経ったと思ってるんだい? 私の気持ちは変わってないよ。むしろ年を追うごとに強まってきてね。もう我慢するのもひと苦労なぐらいさ」
聞いているだけで、なんだか体じゅうがもぞもぞしてきた。耳が異様に熱く感じる。
「ふたりきりで幸せでいるのも楽しいけれどね。私はシディによく似た可愛い我が子を抱いてもみたい。このところ、とみにそう思うようになってね。……おっと」
言ってインテス様は、やや困った顔で少し咳をした。
「またもや話をはぐらかされるところだった」
「え」
いや、そんなことをしたつもりは一度たりともないが。
「さあ、シディ。もういい加減答えを教えてくれないか。私はこの国の帝位を預るに際して、みなに向かってそなたとの婚約を発表したいのだけど」
「…………」
熱い。もう体じゅうが。
このまま燃え上がってしまいそうなほどに。
「この際だから、国法も変えてしまおう。同性の結婚を正式に認める法を施行させる。子を成すための魔道も、民らが利用できるよう正式に認めることにする。どうかな?」
「いんてす、さま……!」
なんだか頭がくらくらしてきた。一気に流し込まれる情報が多すぎる。
だが、もちろんイヤだからではない。
微笑んではいながらも、インテス様はこの人らしくもない不安そうな光を瞳の奥に湛えている。
(インテス様……)
こんなふうにこの人を不安にさせるなんて絶対にイヤだ。
シディは両の拳をぎゅっと握り、目を閉じて大きく息を吸い込んだ。
「……当たり前です」
「え?」
「オレがっ、お断りするわけありません! ……オ、オレみたいなので本当にいいのかどうか、それはまだ心配ですけど──」
「シディ」
少しうつむいてしまった顔を、シディは自分を励ましてぐっとあげた。
「でもっ。ほかの人があなたと結婚したらオレ、絶対イヤです。……け、結婚するんだったら、オレと」
それでも最後のひと言はぽそっと小声になってしまった。
「……オレと、結婚して……ください。インテス様」
「シディ!」
「うわっ!」
あっという間にもの凄い力で抱きしめられた。と思ったら、突然周囲が明るく騒がしくなった。
《わーい! おめでとう黒い仔! やったね~!》
《まったく、何年やきもきさせるのかと思ったぞ》
《ほんとほんと。短命なくせに奥手にもほどがあるんだよ、君たちは》
《こら。それは余計なひと言だろ。祝いのときは祝うだけだ。とにかくおめでとうよー》
《ふん! 決断力の問題だっつーのよ。ほんっと、もだもだもだもだよー》
「せ……せせせ、精霊さまたちっ!?」
ぎょっとなって見回したら、青、緑、金色、茶色、赤のまばゆい光たちがくるくる周囲を飛び回っていた。まるでお祭り騒ぎだ。
《やあやあ。よかったね~黒い仔》
「いやあの、まさかずーっと見てらっしゃったんですか?」
《そうだよ~?》
《だって君たち、心配なんだもの》
《白と黒の半身たちを心配するのは、精霊たる我らの特権ゆえな》
特権というか、それは単なる覗き趣味と言わないか?
呆気にとられているシディとは対照的に、インテス様はいち早く気を取り直したようだった。
「これはなんという誉れ。精霊さまがたの祝福に勝るものなどありましょうや。まことに有難う存じます」
《おうおう、祝福しまくってやんぜ~!》
《君はお手柔らかにね、イグニス。君があまり興奮して燃え盛ると、人の街は大変なことになるんだから》
《わかってーよー! お前が煽んなきゃ大丈夫だっつーの!》
風のヴェントス様に窘められてふて腐れるイグニス様がけっこう可愛い。
《大事なちびワンコが泣くよーなことするかっつーのよっ》
「ありがとうございます、イグニス様。それに、アクア様も、ヴェントス様もソロ様もメタリクム様も。みなさん本当にありがとうございます」
《うん、おめでとう!》
《うむ、めでたい!》
《祝いじゃ、祝いじゃ~!》
ドン、パパーンと激しい音がして何ごとかと思ったら、イグニス様とメタリクム様がなにか協力して光り輝く星の爆発みたいなものを空に放っているのだった。
「わああ、きれい……」
「花火か。話には聞いたことがあるが、この目で見るのは私も初めてだよ」
ふたりで手を取りあって、しばし海上の花火の饗宴を見上げる。夕陽はもうすっかり落ちきって、空にはすでに星々がひょっこりと顔を出している。
ほんの少し、花火の音が静かになったところでシディはインテス様の手を強めに握った。
「……あの、インテス様」
「ん?」
「オレをあそこから見つけ出してくださって、……あ、愛して……くださって。本当にありがとうございました」
「ああ、うん。でもそれは礼には及ばない。私がそなたを探したくてたまらなくてやったことに過ぎないのだから」
「わかっています。でも、いつかちゃんとお礼が言いたかった」
「……そうか」
こちらを見ているインテス様の瞳に、ぱあん、とまた空に上がった花火の光が映ってきらめいた。
「……あ、ああああ」
「んん?」
かあっとまた全身の血が逆流する。
するけれど、これは絶対に言いたい。
だから。
「愛、して……ます。インテス様。だ、だいすきっ……!」
途端、インテス様の顔が光り輝いたかと思った。
晴ればれと、心底嬉しそうな笑顔。
いつも笑みを絶やさないこの人だけれど、普段のそれとはまったく質の異なる笑顔。
シディはもう知っている。この人のこの笑顔は恐らく、自分にしか向けられないものであることを。
「シディ──」
最後まで言わせなかった。
シディはぴょんとインテス様に飛びついて、自分からその唇を塞いだから。
一瞬びっくりしたように目を見開いたインテス様だったが、すぐにふわりと唇が応えてくださる。
それどころか、あっという間に翻弄されて息があがった。
(ああ──)
愛してる。
愛してる。
この世でたったひとり、自分の半身になってくれた人。
きっとあなたを幸せにする。
いや、あなたと一緒に幸せになるんだ。
《おめでとう》
《おめでとう》
夜空に、精霊たちの祝福の歌がこだまする。
そこにまた、ひときわ輝く大きな光の花が咲いた。
完
けほ、とひとつ咳が出た。
声は詰まって、それ以上なにも言えなくなる。
「恐らくこのまま、私は即位することになるだろう。第六皇子はまだ幼い。国内がもう少し落ち着くまでは、しばらく私が帝位を温めるほかないだろうが──」
(いやいやいや)
弟皇子に帝位を譲る気満々なのだろうか、この人は??
という考えは、シディの素直すぎる表情によってインテス様にはまるわかりだったようだ。
「不満かい? 弟が帝位を継ぐのは」
「え?」
「もちろん私は、私に子があるならその子に継がせるのも吝かではないが。それ以上のことはないとも思っているしね」
「え──」
自分でもわかった。
いま、自分の目がまんまるになっているであろうことが。
「前にも言ったが、私はそなたとの間に子が欲しい」
「…………」
そういえばそんなことを言われたような。
確か魔道を使えば、同性同士の間にも子どもが儲けられる、とかなんとか。
「ほっ……本気だったんですか」
「当たり前だ。あれから何年経ったと思ってるんだい? 私の気持ちは変わってないよ。むしろ年を追うごとに強まってきてね。もう我慢するのもひと苦労なぐらいさ」
聞いているだけで、なんだか体じゅうがもぞもぞしてきた。耳が異様に熱く感じる。
「ふたりきりで幸せでいるのも楽しいけれどね。私はシディによく似た可愛い我が子を抱いてもみたい。このところ、とみにそう思うようになってね。……おっと」
言ってインテス様は、やや困った顔で少し咳をした。
「またもや話をはぐらかされるところだった」
「え」
いや、そんなことをしたつもりは一度たりともないが。
「さあ、シディ。もういい加減答えを教えてくれないか。私はこの国の帝位を預るに際して、みなに向かってそなたとの婚約を発表したいのだけど」
「…………」
熱い。もう体じゅうが。
このまま燃え上がってしまいそうなほどに。
「この際だから、国法も変えてしまおう。同性の結婚を正式に認める法を施行させる。子を成すための魔道も、民らが利用できるよう正式に認めることにする。どうかな?」
「いんてす、さま……!」
なんだか頭がくらくらしてきた。一気に流し込まれる情報が多すぎる。
だが、もちろんイヤだからではない。
微笑んではいながらも、インテス様はこの人らしくもない不安そうな光を瞳の奥に湛えている。
(インテス様……)
こんなふうにこの人を不安にさせるなんて絶対にイヤだ。
シディは両の拳をぎゅっと握り、目を閉じて大きく息を吸い込んだ。
「……当たり前です」
「え?」
「オレがっ、お断りするわけありません! ……オ、オレみたいなので本当にいいのかどうか、それはまだ心配ですけど──」
「シディ」
少しうつむいてしまった顔を、シディは自分を励ましてぐっとあげた。
「でもっ。ほかの人があなたと結婚したらオレ、絶対イヤです。……け、結婚するんだったら、オレと」
それでも最後のひと言はぽそっと小声になってしまった。
「……オレと、結婚して……ください。インテス様」
「シディ!」
「うわっ!」
あっという間にもの凄い力で抱きしめられた。と思ったら、突然周囲が明るく騒がしくなった。
《わーい! おめでとう黒い仔! やったね~!》
《まったく、何年やきもきさせるのかと思ったぞ》
《ほんとほんと。短命なくせに奥手にもほどがあるんだよ、君たちは》
《こら。それは余計なひと言だろ。祝いのときは祝うだけだ。とにかくおめでとうよー》
《ふん! 決断力の問題だっつーのよ。ほんっと、もだもだもだもだよー》
「せ……せせせ、精霊さまたちっ!?」
ぎょっとなって見回したら、青、緑、金色、茶色、赤のまばゆい光たちがくるくる周囲を飛び回っていた。まるでお祭り騒ぎだ。
《やあやあ。よかったね~黒い仔》
「いやあの、まさかずーっと見てらっしゃったんですか?」
《そうだよ~?》
《だって君たち、心配なんだもの》
《白と黒の半身たちを心配するのは、精霊たる我らの特権ゆえな》
特権というか、それは単なる覗き趣味と言わないか?
呆気にとられているシディとは対照的に、インテス様はいち早く気を取り直したようだった。
「これはなんという誉れ。精霊さまがたの祝福に勝るものなどありましょうや。まことに有難う存じます」
《おうおう、祝福しまくってやんぜ~!》
《君はお手柔らかにね、イグニス。君があまり興奮して燃え盛ると、人の街は大変なことになるんだから》
《わかってーよー! お前が煽んなきゃ大丈夫だっつーの!》
風のヴェントス様に窘められてふて腐れるイグニス様がけっこう可愛い。
《大事なちびワンコが泣くよーなことするかっつーのよっ》
「ありがとうございます、イグニス様。それに、アクア様も、ヴェントス様もソロ様もメタリクム様も。みなさん本当にありがとうございます」
《うん、おめでとう!》
《うむ、めでたい!》
《祝いじゃ、祝いじゃ~!》
ドン、パパーンと激しい音がして何ごとかと思ったら、イグニス様とメタリクム様がなにか協力して光り輝く星の爆発みたいなものを空に放っているのだった。
「わああ、きれい……」
「花火か。話には聞いたことがあるが、この目で見るのは私も初めてだよ」
ふたりで手を取りあって、しばし海上の花火の饗宴を見上げる。夕陽はもうすっかり落ちきって、空にはすでに星々がひょっこりと顔を出している。
ほんの少し、花火の音が静かになったところでシディはインテス様の手を強めに握った。
「……あの、インテス様」
「ん?」
「オレをあそこから見つけ出してくださって、……あ、愛して……くださって。本当にありがとうございました」
「ああ、うん。でもそれは礼には及ばない。私がそなたを探したくてたまらなくてやったことに過ぎないのだから」
「わかっています。でも、いつかちゃんとお礼が言いたかった」
「……そうか」
こちらを見ているインテス様の瞳に、ぱあん、とまた空に上がった花火の光が映ってきらめいた。
「……あ、ああああ」
「んん?」
かあっとまた全身の血が逆流する。
するけれど、これは絶対に言いたい。
だから。
「愛、して……ます。インテス様。だ、だいすきっ……!」
途端、インテス様の顔が光り輝いたかと思った。
晴ればれと、心底嬉しそうな笑顔。
いつも笑みを絶やさないこの人だけれど、普段のそれとはまったく質の異なる笑顔。
シディはもう知っている。この人のこの笑顔は恐らく、自分にしか向けられないものであることを。
「シディ──」
最後まで言わせなかった。
シディはぴょんとインテス様に飛びついて、自分からその唇を塞いだから。
一瞬びっくりしたように目を見開いたインテス様だったが、すぐにふわりと唇が応えてくださる。
それどころか、あっという間に翻弄されて息があがった。
(ああ──)
愛してる。
愛してる。
この世でたったひとり、自分の半身になってくれた人。
きっとあなたを幸せにする。
いや、あなたと一緒に幸せになるんだ。
《おめでとう》
《おめでとう》
夜空に、精霊たちの祝福の歌がこだまする。
そこにまた、ひときわ輝く大きな光の花が咲いた。
完
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