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第四章 勇者の村
18 将軍ダイダロス
しおりを挟む魔王が入室するのとほぼ同時に、ダイダロスはこちらに向かって軍人式らしき礼をした。胸元に拳をつけ、腰を折るスタイルだ。
「おはよう存じます、陛下。魔王国の太陽、国王陛下にあらせられましては、ご機嫌まことに麗しゅう拝察申し上げます」
「ん。苦しゅうない。樂にするがよいぞ、ダイダロス」
「はっ」
魔王は薄く笑ってダイダロスに片手をあげたのみで、リョウマを伴って執務机のほうではなく、その前にある応接セットのソファへどかりと腰をおろした。ダイダロスはこちらへ少し近づいただけで、やや目を伏せて魔王の言葉を待つ様子である。
「朝から呼びつけて済まなかった。まあ、楽にしてくれ」
そう言って魔王が目の前の席を勧めたが、ダイダロスは「いえ、自分はこちらで」と固辞した。魔王も「ふむ」と言ったのみで、それ以上勧めることはなかった。
「話と申すのは他のことではない。こちらにいる我が王配、リョウマに関することだ」
ダイダロスのライオンの耳がぴくりと動く。
「王配……殿下にございますか」
「ああ。まだ公式に発表はしておらぬがな」
今度はダイダロスの金色の目がきらりと光ってこちらを注視してきた。リョウマはびくっとなって、心持ち魔王に体を寄せてしまう。なんだか居たたまれない。
戦場で何度も相対した相手だ。今はあのときの凄まじい殺気はおさめているが、それでも恐ろしく強い光を放つ、圧力のある双眸である。「四天王」と呼ばれるからには同等のレベルの将軍が魔王軍にはあと三名いるのだが、その中でも彼が最も配下の尊敬を集め、戦場においても信頼されていると聞いている。
将軍は魔王の面前でも帯剣を許されており、リョウマにも見覚えのある大剣がダイダロスの腰にどっしりと差されているのが見えた。あれでとびかかられたら、《鎧装》をしていない自分などひとたまりもないだろう。
ダイダロスはやや怪訝そうな様子で、慎重にじっくりとリョウマを観察する様子だった。と、何を思ったか魔王が「ふはっ」と相好と姿勢を崩した。気がつけばいつのまにか、そっとリョウマの肩を抱き寄せている。
「で、ダイダロス。気づかぬか」
「は?」
「この者に見覚えがないか、と訊いておる」
「…………」
ダイダロスの目が少し見開かれた。予想外のことで驚いたのだろう。その目があらためて、もっと詳しく精査するようにこちらを凝視しはじめてリョウマは困惑した。
「え……えっと。その」
「シッ。そなたはまだ何も言うな」
ぴっと目の前に魔王の手が挙げられて、口を閉ざす。ダイダロスは不思議そうに、そんな魔王とリョウマを見比べた。
「……申し訳ありませぬ。若い人間の男子である、ということ以外、自分にはわかりかねまする」
さすが慎重なもの言いだ。魔王はすっと目を細めた。やや不満げな表情で。
「ここは魔都だ。魔都には《魔素》が充満している。そこでこのように健勝に過ごせている人間なのだ。ただ者でないことはわかるであろうに」
「それは──」
言われてダイダロスがハッとしたのがわかった。
「まさか、陛下。その者は──」
と言ううちにも、ぎらぎらと双眸の奥に炎が燃えあがりはじめたのがはっきりとわかる。武人の全身から覚えのある殺気が吹き出してきて、すさまじい圧力でリョウマに襲い掛かってきた。
(うわっ……)
《鎧装》をしていてすらかなりの圧迫感があった、本物の殺気。生身の状態の自分では、そのまま皮膚が焼き焦がされてしまいそうなほどの衝撃を覚える。
「ううっ……」
「やめよ、ダイダロス」
制する魔王の声はひどく静かだった。だが毅然としていた。普段に比べて恐ろしく低くなり、かつ不穏な色をも湛えていた。
ダイダロスが一瞬凍り付いたように動きを止め、次には「はっ! 申し訳もありませぬ」とその殺気を引っ込め、その場に即座に片膝をついた。
それでようやく、リョウマは息をつくことができた。
文字通り、そのままで人を殺せるほどの殺気である。さすがは将軍ダイダロスだ。
一方の魔王はあっさりと先ほどの表情をあらためて、また悠然と足を組みなおし、リョウマをさらにしっかりと抱き寄せた。
「あらためて紹介しよう。この者の名は『真田リョウマ』。あの《勇者の村》の《レンジャー》のリーダー、《レッド》である」
「なっ? なんと……!」
「やめよと申している」
ずしんと腹に響くような低音で魔王が言ったときには、ダイダロスは自分の腰に差した大剣の柄に手をかけ、身を起こしかかっていた。
(ううっ……)
思わずリョウマの喉が鳴った。
いやな汗が、つつうと背中を落ちていく。
魔王に制止されていなければ、今はもうそこはあの大剣に切り離されて、頭部が宙を舞っていたにちがいなかった。
「ここをどこだと心得る。まずは落ち着け。話にならぬぞ」
「……は、ははっ」
ダイダロスは全身を緊張させると、今度こそさらに頭を低くして、その場に片膝をついて畏まった。
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