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第六章 迫りくるもの
5 隠されていた事実
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額に、こめかみに、頬に、魔王のキスが落ちてくる。
リョウマは焦った。
「いやいやいや! 待てって! そーゆーので待ってたんじゃねーわ、俺は!」
間近にある魔王の顔をぐいーと手でおしやって、リョウマは魔王を睨みつけた。
魔王はしれっとした顔でくすくす笑っている。
「『そういうの』とは、具体的にどういうののことだろうか。よくわからぬゆえ、実地で教えてくれると大変ありがたい」
「ったく。いっつもおめーはそーやって人を煙に巻きやがってよー」
「だんだん私のことがよくわかってきたじゃないか。嬉しいぞ、リョウマ」
「なんでもかんでも嬉しがるんじゃねー! いいから吐けオラ!」
「ん? なにをだ」
相変わらず魔王はにこにこしている。癖の悪い手と唇が、一向に行為の前戯をやめようとしないので、しまいにリョウマは「いい加減にしやがれー!」と叫び、ぺしーんと魔王の頭頂部をはたいた。
さすがの魔王もこのいきなりの暴挙に一瞬きょとんとなり、目を見開いた。その胸にどすんと人差し指を突き立て、キスできるほどの距離まで顔を近づけて目の底を覗き込みながら言い放つ。
「ごまかすなっつーんだよ。てめ、なんか隠してんだろ? みんなして口裏まで合わせてよー。いいから吐けっつーんだよこのエロ大魔王! なんかあったんだろ、そうなんだろ? 言っちまえよ、楽になんぞ?」
あれだけ色々考えていたというのに、結局こんな風にどストレートな訊き方しかできない。わかってはいたが、なんの捻りもない自分の性格が恨めしくなる。
魔王は微笑みこそ消さなかったが、リョウマを抱いたまましばし沈黙した。爬虫類そのものの瞳の中にごくわずかな葛藤を見出して、なんとなくほっとしている自分を発見する。こいつは自分に対して嘘をつきたいわけでも、隠し事をしたいわけでもないのだろう。きっと、本心では。
リョウマはいつのまにか抱き上げられていた魔王の膝の上からするっと降りると、少し離れた場所に胡坐をかき、また後頭部をばりばり掻いた。
「あのなあ。俺だって一応《レンジャー》なわけよ。そりゃ人間は魔族よりかは弱いけど、俺らだけはそうじゃねえだろ。少なくとも《レンジャー》は、ふつうの魔族よりはよっぽど強えし、できることだってたくさんある。なんか、あんたらが困ってることがあんなら、協力できることがあるかもしんねえじゃん。最初っからそんな風に黙ってられたんじゃ、俺らだってどーしようもねえじゃんよ」
「…………」
魔王の表情からいきなり微笑みが消えた。代わりに現れてきたのは、例の疲れたような悲しげな顔だった。
「……そなたらに、重荷を負わせるような話ではないのだ」
「そんなもん、聞いてみなきゃわかんねえだろが」
「それはそうだが。こればかりは、そなたらに協力を仰ぐといっても──」
さきほどまでの人を食った表情とはまったく正反対の難しい顔になり、魔王は顎に手を当てて考え込んでしまった。これは、かなり深刻な何かが起こっているということなのだろう。
今にも「早く言え、ボケェ!」などと叫びたいところをぐっと堪え、リョウマはじりじりしながら魔王の次の言葉を待った。
と、ついと魔王は立ち上がるとテーブルに向かい、そこにあったワインをなみなみと二つのグラスについでこちらに持ってきた。ひとつをリョウマに差し出す。そこで飲むのもなんなので、ふたりはそのままソファの方へと移動した。
ワインの味などわからないが、ともかく何かアルコールを入れないと話しにくいことなのだろう。そう思って、美味いか不味いかもわからない液体をリョウマは無理やり喉に押し込んだ。
魔王もなにか不味いものを飲んだような顔だったが、一口飲んでグラスをテーブルに戻したあと、組み合わせた手を膝の上に置いたまましばらく無言で考えている様子だった。
「……驚かないで聞いて欲しいんだが」
「うん」
すでに一応は覚悟を決めている。
だが次に魔王に告げられた言葉は、リョウマの覚悟など鼻で笑い飛ばすようなスケールの、とんでもない内容だった。
「地球に危機が迫っている。実はもう数十年前から迫っていたのだがな」
「え? って、なにが──」
「はっきりいえば、巨大な彗星がここを目指して飛来してきている。この地球を滅亡させることのできるレベルの大きさのものがだ」
「す、すいせい……???」
リョウマの目が点になった。
「スイセイ」というのが「彗星」というもので、宇宙を飛び回る巨大な天体のひとつなのだということを、魔王は初心者のリョウマにもわかりやすく説明してくれた。
宇宙にはかなりの数の彗星が存在するのだという。とはいえ宇宙は広すぎるため、それに出会うのは非常に稀なことだ。ましてや、地球のように生物が存在する惑星にぶつかるようなコースを辿って飛来する彗星は極めて稀少なのだという。
「我が国の科学者たちは、何十年も前からその存在には気づいていた。何度もコースを予測し計算し直してもきた。だが十年ほど前、ついに『このままでは確実に地球を直撃する』という結論に達したわけだ」
「じゅっ、十年前……?」
そんなもの、リョウマ自身はほんの子どもだった頃のことではないか。いや存在が知られたころには生まれてすらいなかったわけだが。
「そんな前からわかってたのに、なんもしなかったのか?」
「しなかった、というよりは『できなかった』。あまりにも遠くにあるうちはな。もちろんその後は、様々な方策を講じてはきた。彗星のコースを微妙に変化させるために、宇宙船から断続的に攻撃を繰り返してみたりな」
「へー! ってことは、魔族のみんなは宇宙に行けるってことかよ」
「まあ、そういうことだ」
彗星の軌道を変える方法は色々あるが、魔王たちは宇宙を航行できる宇宙船を建造し、それに彗星を攻撃する兵器を搭載して発射して、何度か彗星に攻撃を加えるというのを試してきたそうだ。が、それはどれもあまり功を奏していないという。彗星の規模が大きすぎて、少々の攻撃では大した影響を与えられないのだ。
ついにここ最近になって、彗星が地球を直撃することがよりはっきりとわかってきた。もちろんこの事実は、一般の国民には知らされていない。いたずらに国内にパニックを招くだけだからだ。
「そんなん……大変じゃねえかよ」
「そう。大変なのさ」
くす、と笑った魔王のそれは完全な「苦笑」だった。
リョウマは焦った。
「いやいやいや! 待てって! そーゆーので待ってたんじゃねーわ、俺は!」
間近にある魔王の顔をぐいーと手でおしやって、リョウマは魔王を睨みつけた。
魔王はしれっとした顔でくすくす笑っている。
「『そういうの』とは、具体的にどういうののことだろうか。よくわからぬゆえ、実地で教えてくれると大変ありがたい」
「ったく。いっつもおめーはそーやって人を煙に巻きやがってよー」
「だんだん私のことがよくわかってきたじゃないか。嬉しいぞ、リョウマ」
「なんでもかんでも嬉しがるんじゃねー! いいから吐けオラ!」
「ん? なにをだ」
相変わらず魔王はにこにこしている。癖の悪い手と唇が、一向に行為の前戯をやめようとしないので、しまいにリョウマは「いい加減にしやがれー!」と叫び、ぺしーんと魔王の頭頂部をはたいた。
さすがの魔王もこのいきなりの暴挙に一瞬きょとんとなり、目を見開いた。その胸にどすんと人差し指を突き立て、キスできるほどの距離まで顔を近づけて目の底を覗き込みながら言い放つ。
「ごまかすなっつーんだよ。てめ、なんか隠してんだろ? みんなして口裏まで合わせてよー。いいから吐けっつーんだよこのエロ大魔王! なんかあったんだろ、そうなんだろ? 言っちまえよ、楽になんぞ?」
あれだけ色々考えていたというのに、結局こんな風にどストレートな訊き方しかできない。わかってはいたが、なんの捻りもない自分の性格が恨めしくなる。
魔王は微笑みこそ消さなかったが、リョウマを抱いたまましばし沈黙した。爬虫類そのものの瞳の中にごくわずかな葛藤を見出して、なんとなくほっとしている自分を発見する。こいつは自分に対して嘘をつきたいわけでも、隠し事をしたいわけでもないのだろう。きっと、本心では。
リョウマはいつのまにか抱き上げられていた魔王の膝の上からするっと降りると、少し離れた場所に胡坐をかき、また後頭部をばりばり掻いた。
「あのなあ。俺だって一応《レンジャー》なわけよ。そりゃ人間は魔族よりかは弱いけど、俺らだけはそうじゃねえだろ。少なくとも《レンジャー》は、ふつうの魔族よりはよっぽど強えし、できることだってたくさんある。なんか、あんたらが困ってることがあんなら、協力できることがあるかもしんねえじゃん。最初っからそんな風に黙ってられたんじゃ、俺らだってどーしようもねえじゃんよ」
「…………」
魔王の表情からいきなり微笑みが消えた。代わりに現れてきたのは、例の疲れたような悲しげな顔だった。
「……そなたらに、重荷を負わせるような話ではないのだ」
「そんなもん、聞いてみなきゃわかんねえだろが」
「それはそうだが。こればかりは、そなたらに協力を仰ぐといっても──」
さきほどまでの人を食った表情とはまったく正反対の難しい顔になり、魔王は顎に手を当てて考え込んでしまった。これは、かなり深刻な何かが起こっているということなのだろう。
今にも「早く言え、ボケェ!」などと叫びたいところをぐっと堪え、リョウマはじりじりしながら魔王の次の言葉を待った。
と、ついと魔王は立ち上がるとテーブルに向かい、そこにあったワインをなみなみと二つのグラスについでこちらに持ってきた。ひとつをリョウマに差し出す。そこで飲むのもなんなので、ふたりはそのままソファの方へと移動した。
ワインの味などわからないが、ともかく何かアルコールを入れないと話しにくいことなのだろう。そう思って、美味いか不味いかもわからない液体をリョウマは無理やり喉に押し込んだ。
魔王もなにか不味いものを飲んだような顔だったが、一口飲んでグラスをテーブルに戻したあと、組み合わせた手を膝の上に置いたまましばらく無言で考えている様子だった。
「……驚かないで聞いて欲しいんだが」
「うん」
すでに一応は覚悟を決めている。
だが次に魔王に告げられた言葉は、リョウマの覚悟など鼻で笑い飛ばすようなスケールの、とんでもない内容だった。
「地球に危機が迫っている。実はもう数十年前から迫っていたのだがな」
「え? って、なにが──」
「はっきりいえば、巨大な彗星がここを目指して飛来してきている。この地球を滅亡させることのできるレベルの大きさのものがだ」
「す、すいせい……???」
リョウマの目が点になった。
「スイセイ」というのが「彗星」というもので、宇宙を飛び回る巨大な天体のひとつなのだということを、魔王は初心者のリョウマにもわかりやすく説明してくれた。
宇宙にはかなりの数の彗星が存在するのだという。とはいえ宇宙は広すぎるため、それに出会うのは非常に稀なことだ。ましてや、地球のように生物が存在する惑星にぶつかるようなコースを辿って飛来する彗星は極めて稀少なのだという。
「我が国の科学者たちは、何十年も前からその存在には気づいていた。何度もコースを予測し計算し直してもきた。だが十年ほど前、ついに『このままでは確実に地球を直撃する』という結論に達したわけだ」
「じゅっ、十年前……?」
そんなもの、リョウマ自身はほんの子どもだった頃のことではないか。いや存在が知られたころには生まれてすらいなかったわけだが。
「そんな前からわかってたのに、なんもしなかったのか?」
「しなかった、というよりは『できなかった』。あまりにも遠くにあるうちはな。もちろんその後は、様々な方策を講じてはきた。彗星のコースを微妙に変化させるために、宇宙船から断続的に攻撃を繰り返してみたりな」
「へー! ってことは、魔族のみんなは宇宙に行けるってことかよ」
「まあ、そういうことだ」
彗星の軌道を変える方法は色々あるが、魔王たちは宇宙を航行できる宇宙船を建造し、それに彗星を攻撃する兵器を搭載して発射して、何度か彗星に攻撃を加えるというのを試してきたそうだ。が、それはどれもあまり功を奏していないという。彗星の規模が大きすぎて、少々の攻撃では大した影響を与えられないのだ。
ついにここ最近になって、彗星が地球を直撃することがよりはっきりとわかってきた。もちろんこの事実は、一般の国民には知らされていない。いたずらに国内にパニックを招くだけだからだ。
「そんなん……大変じゃねえかよ」
「そう。大変なのさ」
くす、と笑った魔王のそれは完全な「苦笑」だった。
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