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第九章 胎動
9 復活
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部屋の中央。さきほどまで幼い竜が羽ばたいていた場所に、みたところ八歳程度の少年が立っていた。
信じられない光景を目にして、その場の全員がしばし凍り付いたように沈黙していた。
少年は肩のあたりまで伸びた癖のない銀髪に、薄青い肌、そしてさきほどの幼ドラゴンと同じ、金を溶かした爬虫類の瞳を持っていた。耳の上は三角に尖り、その上には少しねじれた小さな角が生えている。文句なし、掛け値なしの美少年だ。
一糸まとわぬ姿の少年に最初に気づいて動いたのはダンパだった。即座に自分のマントを外し、「失礼いたしまする」と一声かけてマントを差し出すと、少年は「ん」と無造作にそれを受け取り、自分の体に巻き付けた。ダンパは彼に一礼し、すぐに身を引いて部屋の隅に戻る。
リョウマはその間もずっと、その場にへたっと尻餅をついたまま、呆然と少年を見上げていた。もちろん、その姿に見覚えがあった。
「……え、エル……?」
震える指で彼を指し、なんとか声を絞り出す。だが掠れきった声は、ほとんど言葉になっていなかった。
長い銀色の睫毛に覆われた金色の瞳がゆっくりとこちらを見る。それから自分の両手と体を見下ろし、周囲をひとめぐり見渡してから、薄く微笑んだ。
「……ああ。待たせたな、リョウマ」
透き通っていて甲高いそれは、紛れもない少年の声だった。だがしかし、その態度も言葉も存在感も、あの魔王《エルケニヒ》でしかありえなかった。
「エル……!」
リョウマはほとんど膝だけで少年にいざり寄ると、恐る恐る両手を広げた。途端、少年の細い腕がガバッとリョウマを抱きしめてきた。ものすごい力だった。
「リョウマ。まことに済まぬ。長らく心配をかけたな」
「エ……エル……っ」
ぶわっとあふれ出したもので、あとは言葉にならなかった。
「うわ、ああ……うわああああっ……!」
周囲の目も憚らずにわんわん泣き出したリョウマの背中を、小さな手がぽすぽす叩いてくれる。それで余計に止まらなくなってしまった。
少年はリョウマをあやしつつも周囲の者や指輪の映像の中のみなにそれぞれ言葉を掛けていたようだったが、リョウマ自身はほとんど聞いていなかった。力いっぱい小さな少年の体を抱きしめて、ひたすら大声で泣きつづけた。
「すまぬが、まだ魔力が完全に回復しておらぬ。しばらくはこの姿で過ごすゆえ、この場にいる者以外はすべて謁見不可としてもらおう。映像抜きの通信は可だがな。それと、トリーフォン」
「はっ」
呼ばれてトリーフォンがきりりと頭を下げる。気のせいか、今までの数倍はきびきびした動きだった。
「地球の大バカどもには『魔王健在』の事実を鬱陶しいほどに喧伝しておけ。すぐに地球に戻ることもな。無論その前に、謀反の兆しのあった者にはその証拠を押さえておくことも忘れずにな」
「承知つかまつりました」
つまり魔王が帰還すればすぐに、謀反人の断罪が始まる、ということなのだろう。
「ザイード」
「はっ」
今度はザイードがびしっと敬礼を返す。
「当該空間に漂流している余の残留物掃海の任務だが、もう少し続行せよ。そこから魔力をさらに少し回復させたい」
「了解いたしました」
《ってことは、魔王》
「なんだ、黄色い小娘よ」
指輪の映像の中のサクヤに向かって、少年は嫌味な笑みをじろりと送った。完全に見下した目だ。案の定、サクヤは「かちーん」ときた顔になった。
《きっ、黄色いコムス……ま、いいわ。あんた要するに、その漂流物から自分の魔力を回収してたってこと?》
「まあ、そうだな。幸い、最も多くの魔力を注ぎ込んでいたのはほかならぬこのリョウマ自身だったゆえ、卵の状態までは比較的早く回復できた。結果的に、それでかなり助かったのだ。礼を申すぞ、リョウマ」
とんとんとリョウマの背中を叩いて意味深なことを言う。
(……んん?)
まだ涙と鼻水だらけの顔のまま、聞こえてきた奇妙な言い回しに、「はて」とリョウマは考え込んだ。
周囲の皆はといえば、ダンパ以外の者は全員「ああ……」と言わんばかりの微妙な納得顔になっている。《ブルー》のケントだけは、なぜか非常にイヤそうな顔だ。
「え? おい? どーゆーイミだよ。俺にお前の魔力、って──」
「よいよい。では、我らは部屋に戻ろうぞ。少し疲れた。余は眠る」
「え? って、ちょっとエル──」
と言いかけて、ぎょっとした。少年はぴょんと飛び上がったかと思うと、あっという間にもとの幼いドラゴンの姿に変身してしまったからだ。さらにはそのままリョウマの腕に飛び込むと、目を閉じてすやすやと眠ってしまった。
その場に居合わせた一同は、ほんの少しの間ではあったが、ただ茫然とそんな「復活を遂げた陛下」を見つめていた。
信じられない光景を目にして、その場の全員がしばし凍り付いたように沈黙していた。
少年は肩のあたりまで伸びた癖のない銀髪に、薄青い肌、そしてさきほどの幼ドラゴンと同じ、金を溶かした爬虫類の瞳を持っていた。耳の上は三角に尖り、その上には少しねじれた小さな角が生えている。文句なし、掛け値なしの美少年だ。
一糸まとわぬ姿の少年に最初に気づいて動いたのはダンパだった。即座に自分のマントを外し、「失礼いたしまする」と一声かけてマントを差し出すと、少年は「ん」と無造作にそれを受け取り、自分の体に巻き付けた。ダンパは彼に一礼し、すぐに身を引いて部屋の隅に戻る。
リョウマはその間もずっと、その場にへたっと尻餅をついたまま、呆然と少年を見上げていた。もちろん、その姿に見覚えがあった。
「……え、エル……?」
震える指で彼を指し、なんとか声を絞り出す。だが掠れきった声は、ほとんど言葉になっていなかった。
長い銀色の睫毛に覆われた金色の瞳がゆっくりとこちらを見る。それから自分の両手と体を見下ろし、周囲をひとめぐり見渡してから、薄く微笑んだ。
「……ああ。待たせたな、リョウマ」
透き通っていて甲高いそれは、紛れもない少年の声だった。だがしかし、その態度も言葉も存在感も、あの魔王《エルケニヒ》でしかありえなかった。
「エル……!」
リョウマはほとんど膝だけで少年にいざり寄ると、恐る恐る両手を広げた。途端、少年の細い腕がガバッとリョウマを抱きしめてきた。ものすごい力だった。
「リョウマ。まことに済まぬ。長らく心配をかけたな」
「エ……エル……っ」
ぶわっとあふれ出したもので、あとは言葉にならなかった。
「うわ、ああ……うわああああっ……!」
周囲の目も憚らずにわんわん泣き出したリョウマの背中を、小さな手がぽすぽす叩いてくれる。それで余計に止まらなくなってしまった。
少年はリョウマをあやしつつも周囲の者や指輪の映像の中のみなにそれぞれ言葉を掛けていたようだったが、リョウマ自身はほとんど聞いていなかった。力いっぱい小さな少年の体を抱きしめて、ひたすら大声で泣きつづけた。
「すまぬが、まだ魔力が完全に回復しておらぬ。しばらくはこの姿で過ごすゆえ、この場にいる者以外はすべて謁見不可としてもらおう。映像抜きの通信は可だがな。それと、トリーフォン」
「はっ」
呼ばれてトリーフォンがきりりと頭を下げる。気のせいか、今までの数倍はきびきびした動きだった。
「地球の大バカどもには『魔王健在』の事実を鬱陶しいほどに喧伝しておけ。すぐに地球に戻ることもな。無論その前に、謀反の兆しのあった者にはその証拠を押さえておくことも忘れずにな」
「承知つかまつりました」
つまり魔王が帰還すればすぐに、謀反人の断罪が始まる、ということなのだろう。
「ザイード」
「はっ」
今度はザイードがびしっと敬礼を返す。
「当該空間に漂流している余の残留物掃海の任務だが、もう少し続行せよ。そこから魔力をさらに少し回復させたい」
「了解いたしました」
《ってことは、魔王》
「なんだ、黄色い小娘よ」
指輪の映像の中のサクヤに向かって、少年は嫌味な笑みをじろりと送った。完全に見下した目だ。案の定、サクヤは「かちーん」ときた顔になった。
《きっ、黄色いコムス……ま、いいわ。あんた要するに、その漂流物から自分の魔力を回収してたってこと?》
「まあ、そうだな。幸い、最も多くの魔力を注ぎ込んでいたのはほかならぬこのリョウマ自身だったゆえ、卵の状態までは比較的早く回復できた。結果的に、それでかなり助かったのだ。礼を申すぞ、リョウマ」
とんとんとリョウマの背中を叩いて意味深なことを言う。
(……んん?)
まだ涙と鼻水だらけの顔のまま、聞こえてきた奇妙な言い回しに、「はて」とリョウマは考え込んだ。
周囲の皆はといえば、ダンパ以外の者は全員「ああ……」と言わんばかりの微妙な納得顔になっている。《ブルー》のケントだけは、なぜか非常にイヤそうな顔だ。
「え? おい? どーゆーイミだよ。俺にお前の魔力、って──」
「よいよい。では、我らは部屋に戻ろうぞ。少し疲れた。余は眠る」
「え? って、ちょっとエル──」
と言いかけて、ぎょっとした。少年はぴょんと飛び上がったかと思うと、あっという間にもとの幼いドラゴンの姿に変身してしまったからだ。さらにはそのままリョウマの腕に飛び込むと、目を閉じてすやすやと眠ってしまった。
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